第38話 兎女はお姫様
「そういや、お前ら都の観光は済ませたのか」
目的の刀『黒影』を手に入れ、次なる目的地へ向かうべく準備をしていた一行に、だしぬけにツルギが訊いた。
三人は顔を見合わせる。
「そういえばしてないね」
「ああ、途中で通りはしたが、じっくりとは見てないな」
「なんだ、もったいねぇ」
ツルギは目を丸くする。
「せっかくわざわざ遠い島国まで来たんだ。どうせならちょい見物してけ。お前らの国とは色々違ってて面白いと思うぞ」
「面白いの好き!行きたい!」
ホリーが目を輝かせる。
「悪くないね」
「ああ、たまには羽を伸ばすか」
ヴィーノとトレセルは笑って頷きあう。
ということでツルギに礼を言って別れた三人は、観光としゃれこむことにしたのだった。
「わー……」
「賑やかだね」
都に到着した一行は、観光客丸出しでキョロキョロと左右を見渡す。大きな布を腰のところで締めたように見える独特な衣装。甘味処と書かれた店先の、紅い敷物を敷いた長椅子に座り、三色の丸い玉を食べる町人。
「あれおいしそう」
ヴィーノの言葉で、三人は店に入り「ダンゴ」なるヤトマの菓子を食べてみる。
もちもちとした食感に自然な甘みで、これがなかなかおいしい。ダンゴを堪能した後さらにブラブラしていると、看板には巨大な文字でこう書かれた木造の建物を見つけた。
『大衆芝居・カブキ 満月屋』
その前で、中年の男が「困った……困った……」と言いながら右往左往している。
「どうしました?」
ヴィーノが尋ねると、男は疲れ果てたような顔で答えた。
「ああ、実は、次のカブキ公演の、姫様役の役者が急病で倒れてしまって……今から代役を立てようにも、都合のつく役者が見つからず……」
それを聞いたホリーが首を傾げる。
「カブキ!姫様!じゃあ私がやる!」
「えっ、えぇ!? カブキってすごい伝統芸能なんじゃ……」とヴィーノは慌てるが、ホリーはすでに芝居小屋の中に入り、関係者と話し始めていた。
「……手伝うか」
トレセルのだらんと垂れた尻尾が、諦めを表していた。
芝居小屋の主・座長のハゲマルは、ホリーを見るなり目を輝かせた。
「おおっ、元気な娘さんじゃ! 事情は聞いておるか……助かるわい!」
「私に任せなさい! 面白いこと、なんでもするから!」
トレセルが小声で耳打ちする。
(おいホリー、カブキって『激しく暴れる』やつじゃないぞ……)
(違うの!?)
(あのなホリー、カブキというのはヤトマの格式ある伝統芸能で……)
「ホリー殿!」
「あっ、はいはい!」
ホリーは関係者に呼ばれて、跳ねるように向かっていく。
「聞いちゃいねぇ」
トレセルは小さな肩を落とした。
演目は『お姫様救出もの』で、ホリーの役は囚われの姫。
つまり、ゆったり上品に話し、優雅に歩く必要がある。
……だが。
「ホリー殿、それは走っておる! 歩くのじゃ、歩くのじゃ!」
「帯を回されるときのセリフ、元気が良すぎます!それでは楽しみにしてるように見えます! もっと優雅に哀れに、こう……『あぁれぇ~』と」
「む、無理よこんなのー!!」
ホリーは何度も頭を抱えた。
稽古場にはホリーの悲鳴と、座員たちの嘆きが響き渡る。
ヴィーノは背中で汗を流しながら見守り、
トレセルは「これは……向いてないぞ」とため息。
だがホリーはめげなかった。
「ま、まあ……せっかく受けたし、ちゃんとやるわよ!」
数日間、ホリーは滑舌の練習、ゆっくりした動き、可憐なポーズを必死に覚えた。
その度に
「ち、違う!」
「もっと静かに!」
と直され続ける。
「ホリー殿、姫役なんだからもっと優雅に!」
「……優雅ってもっとふわっと蹴りとばすってこと?」
「姫はそもそも蹴らない!」
だがホリーは意外に根性があった。セリフの伸ばし方、身のこなし、所作……稽古を重ね、日を追うごとに少しずつ姫らしくなっていく。
「おぉ……ホリー、姫に見える」とヴィーノが感心する。
「やればできる子なんだよ、私は!」
「普段とのギャップがすごいな……」と、トレセル。
ホリーは笑っていたが、一方、もはやホリーの中の『ストレスゲージ』は限界に達しつつあった。
そして本番。
満員の観客。ざわめきの中、幕が上がる。
ホリーは本番用の豪華な着物を着て、ゆっくりと歩き出した。
座長ハゲマルが袖から合図を送る。
(声は小さく、しっとりと……!)
ホリーは頷いた。
「たす……けてぇ……」
観客から小さな拍手が鳴る。
が。
舞台袖の座員がつぶやいた。
「姫役、なんか普通すぎて地味だな……」
その言葉が、ホリーの心の奥の何かをプッツンと切った。
(……この私が、地味?普通?私に言ってるの?マジで?)
ホリーの口角が、にこぉ……と吊り上がる。
「……あーもう、我慢できなーい!!」
ホリーは着物の裾を蹴り上げ、突然バク転を連続披露しだした。
「姫様!?」
「なんじゃあれは!!」
ホリーは動きやすいよう着物をバッと脱ぎ、ヴォーパルトゥースで演舞を始め、本気のアクションで座員たちを追い回す。
「くらえーっ!」
「やめんか姫様ぁ!!」
「舞台が壊れる!!」
観客は大爆笑。
「なにこれ!」
「こんなの見たことない!」
と大歓声。
舞台裏でハゲマル座長は泡を吹いて倒れた。
座員たちが総がかりで取り押さえにかかるが、なにしろホリーは俊敏すぎる。しゃがんで避ける、跳んで避ける、床に手をついて足払い。さらには距離をとって助走をつけ、
「はぁぁぁぁっ!!」
回転ジャンプキックを炸裂させ、背景の書き割りをバキッと割った。
「ホリ……姫様!? 破壊してどうする!?」
「派手でいいでしょ!」
「派手すぎるわ!!」
舞台袖で座員十名の突撃隊が編成される。
「いけぇぇ!!」
「包囲しろ!!」
「待ってましたぁぁ!!」
ホリーが笑った。
そこからはもはや剣劇というより戦場だった。
ホリーの蹴りが座員を吹っ飛ばし、座員が飛んで背景が倒れ、派手な音が鳴る。
観客席は全員スタンディングオベーション。
「すげええ!!」
「姫強すぎ!!」
「こんなカブキ見たことねぇ!!」
ホリーは最後に舞台の中央でくるんと一回転して着地した。
袂を払って、きらんと笑う。
万雷の拍手。
「ふふん、やっぱり本気出すとこうなるわね!」
「幕を下ろせ幕を!早く!」
幕が降りると同時に、意識が戻った座長ハゲマルが号泣しながら詰め寄る。
「君はクビだ。に、二度と舞台に出ないでくれ……!!」
「えー、ダメ? 面白かったじゃない」
「面白いとかそういう問題ではない!!」
ホリーはあっさりクビになり、三人は満月屋を去ることとなった。
「お疲れ、ホリー……」
「あれはカブキじゃなかったな。もっと別の何かだ」
「むーっ、みんな私の芸術が理解できないなんて!」
三人が去ったあと、座長のもとに劇場スタッフが飛び込んでくる。
「座長!! 今日の芝居、大好評でした!!」
「は? なんで?」
「観客が口コミで、大騒ぎしてます……『新感覚アクション活劇』だと!」
「なんじゃそれは!!」
「明日の芝居のチケットも完売です!」
ハゲマルは慌てて外に飛び出し、三人を探した。だが、すでに三人の姿はどこにも見えない。
「うおおぉ! 戻ってこい、バク転姫ぇぇぇ!!」
ヤトマの都に座長の叫びがむなしく響いた。
そしてホリーは、知らぬ間にヤトマカブキに歴史を残す『伝説の公演』の『伝説の俳優』になっていたのだった。




