第37話 完成、黒影
ツルギの工房へ戻った三人は、奪還した黒革袋を差し出した。
中身を確かめたツルギは、太い腕を震わせて大きく息を吐く。
「……間違いねぇ。俺の道具だ。よく取り返してくれた」
そう言うと、彼は袋からカゲハガネを取り出し、高々と掲げた。
「これより鍛造を始める。影を断つ刃……覚悟のいる仕事だ。集中したい。出来るまで外で待ってろ」
「お願いします!」
三人が工房を出た瞬間、扉が重く閉まり、炉の火が一気に最大へと上がる轟音が響く。
遠くに街が見える。夕暮れの都はざわめいているのに、工房の前だけはぽっかりと静寂に包まれていた。
ホリーは屋根に登って座り、足をぷらぷらさせながら言う。
「ねぇヴィーノ。私のヴォーパルトゥース、強くなってるよね?」
「うん。今のホリーに合わせて威力が伸びてる。扱いが追いつかないと危ないけど」
「やっぱりねー……修行だ、修行!」
ほんのひととき、穏やかな時間が流れた、その時だった。
影が、落ちた。
地面が一気に暗転する。まるで空が裏返ったような黒。
ホリーが思わず顔を上げる。
「あ……?」
陽を丸ごと遮る巨影が空を横切っていた。
歪曲した一本鼻、尖った黒翼、岩山のような体――巨大な『天狗』の化け物だった。
「ケタケタケタ……探したぞ。影に抗う装備など造らせてたまるか。この『天狗』のゴンドウが、まとめて捻り潰してやろう」
声は風のように歪み、空気そのものが震える。
ヴィーノがツルギの工房の扉を庇いながら、ホリーとトレセルを後ろへ下げた。
「目的は……鍛造の妨害だね」
「当然だ。影を断つ刃など、我らにとって災厄。作らせぬ。奪う。壊す。」
ゴンドウの足元から黒煙が噴き出した。
ホリーが目を見開く。
「えっ、ちょっと!? 『影』を、生み出してる……?」
黒煙は一つ、また一つと形を得て、小さな烏へ変わっていく。
濁った赤い目、刃のような嘴――影の烏。
「“烏天”……!」
ゴンドウが笑った。
「七災禍だけが特別だと思ったか? 確かに総合力は奴らが上だ。だが、能力一つなら、七災禍をも凌ぐ影もいる」
黒翼を広げ、ゴンドウは叫ぶ。
「我は『影を生む』力において七災禍を上回る」
烏天が一斉に飛び立った。
「行け、烏天!」
「来るぞ!!」
トレセルの毛が逆立つと同時に、十数羽の影烏が弾丸のような速度で突っ込んできた。
「うわっ!」
ホリーは屋根を蹴り、空へ跳ぶ。その直後、烏天が屋根を裂き、瓦が粉砕された。
ヴィーノはトレセルを剣へ変化させる。
「お願い!」
「おうともッ!」
白銀の剣を振るうと同時に数羽の烏天が真っ二つになる。
しかし、数を減らした端から新しい影が生み出されていく。
「数が……多すぎる!」
「虫と戦った時みたいだな……!」
「でもこっちの方がずっと強い!」
「当然よ。被捕食者が捕食者に勝てるものか」
ゴンドウがケタケタと笑う。
ホリーの背後からも影が迫る。ヴォーパルトゥースで斬ることにより再生は防げているものの、次々と新手が湧く。
「キリがない!!」
「そういう能力なんだよ……!」
ヴィーノは息を荒げながら説明する。
「烏天は一体一体は弱いけど、数が異常! こいつは『量』で押すタイプだ!」
「……うっとうしいにも程があるわね!!」
ホリーは影を蹴り落として屋根を滑り降りた――その瞬間。
兎の上に巨大な影が落ちた。
ゴンドウ本体が隙を突いて急降下し、天狗の剛腕が振り下ろされる。
「しまっ――!」
黒が迫る。
瞬間、ヴィーノが滑り込んで白銀剣でその腕を受け止めた。
「ホリー、下がって!」
「ありがとう!」
だが、一撃の重さにヴィーノの足が石畳にめり込む。
「ケタケタ……弱いな。お前らを潰して、鍛冶屋も刀も壊してやろう」
「させるか……!」
ヴィーノは跳び、ゴンドウの腕を斬る。
だが切断される前に腕は霧となって消え、即座に再生した。
「形など意味を持たぬ。我は『影』だ」
「こいつも……!」
影の鞭のように伸びた腕がヴィーノを吹き飛ばし、壁に叩きつけた。
「がっ……」
「ヴィーノ!!」
ホリーが駆け寄ろうとするが、烏天が群れで襲いかかる。
視界を羽で塞ぎ、足に絡みつき、爪で斬りつける。
「くっ……!」
「ホリー!」
トレセルが剣から元の姿に戻って、ホリーを襲う烏天を噛み砕く。
「ホリー、道を開くぞ!」
「うん!!」
二人の連携で道を切り開くが、きりがない。
その後ろで、ゴンドウが大きく息を吸い込む。
「終ワリダ。工房ゴト吹キ飛バシテクレル――」
黒い波動が圧を生み、巨大な翼が影そのものの色へ染まる。
「影嵐……!」
放たれれば、すべてが消し飛ぶ。
その瞬間。
ガンッ!!
工房の扉が内側から蹴破られた。
灼熱の光と黒煙が同時に噴き出し、炎の中からツルギが姿を現した。鍛造の黒煙が彼の足元を覆う。
「……間に合った」
彼の腕には一本の剣。
漆黒の刃が脈打つように輝いている。
「カゲハガネの刃『黒影』……完成だ。坊主!」
黒刃が投げられ、ヴィーノの足元に突き刺さる。
血だらけの身体でヴィーノはそれを掴んだ。
「ヴィーノ!」
トレセルは剣へ戻り、白銀の刃がヴィーノの手に収まる。
白銀剣と黒影。
二本が並んだ瞬間、空気が震えた。
白銀と黒の渦がヴィーノの周囲に立ち上る。
「ふぅ……ようやく『二刀』か。待たせたね、ホリー、トレセル」
「ヴィーノ!」
「これで……勝てる!!」
ゴンドウが吠える。
「ソンナ刃――」
「遅いよ」
ヴィーノが走る。
一歩で間合いを詰め、襲い来る烏天を斬る。
烏天は悲鳴すらなく消滅した。
「ナ……!」
「まだまだッ!!」
ヴィーノが跳び、二本の刃で十字を描く。
「断ち割れッ!!」
ゴンドウの巨大な翼が一瞬で粉砕された。
「ガアアアアアッ!!」
ゴンドウが落ちる。影の波動が乱れ、身体が歪む。
そこへホリーが飛び込んで脚を斬り、トレセルが獣姿で胸へ体当たりして素早く剣に戻る。ゴンドウはたまらず体勢を崩す。
「トレセル!」
「任せろ!」
ヴィーノが着地し、二刀を交差させる。
「終わりだ!」
二天一流の十字斬がゴンドウを裂く。
白銀の刃がゴンドウの「器」を裂き、黒影がその「影」を断絶する。その破壊力は、白銀の剣単体のそれとは比べものにならなかった。
「ア……アァ……」
影の天狗は灰色の霧となり、風に散った。
「……勝った」
ホリーが座り込み、トレセルは大きく息をつきながら尻尾を振る。
「派手にやられたな……」
ツルギが歩み寄り、三人に言う。
「よく耐えた。お前たちのおかげで鍛造に集中できた」
ヴィーノは黒影を見つめ、深く息を吐いた。
「ありがとう、ツルギさん。これで……もっと強い影と戦える」
夕日が沈み、工房の影が長く伸びる。
「今日はうち泊まれ」
「やった! ありがとう、おじさん!」
ツルギが踵を返し、三人はツルギとともに工房へ戻っていった。




