第35話 最高の鍛冶職人
その日、三人は外に用意した簡易の野営地で夜を過ごした。
ホリーは焚き火に照らされて紅く燃えるヴォーパルトゥースを見つめ、そっと拳を握り、収納する。手甲剣の出し入れの訓練である。
ヴィーノは漆黒の遺跡で手に入れた『カゲハガネ』を改めて確認しながら、天空図書館にあった記述と照らし合わせている。
トレセルは毛をぴんと逆立てながら、珍しく困惑するような声を出した。
「これ、どうやって武器にすんだよ……?」
「後は鍛冶屋さんに頼めばいいんだよね?」
「うん、うーん……」
図書館で手に入れた古文書の写しを見ながらヴィーノがため息をつく。
「話はそんなに単純じゃないかも」
「どういうことだ?」
「カゲハガネは別名『影を断つ鋼』ってだけあって、硬度も性質も普通じゃない。炎を入れても温度による反応が一定じゃないし、金属組成が刻々と変わる。その一瞬一瞬の変化を見極めて、最適な一打ちを与えることのできる鍛冶職人じゃなきゃ、本当の力は引き出せない、だって」
「じゃあ……」
「……そのレベルの凄腕職人を探すしかない。
普通の鍛冶屋じゃ絶対無理だ。これはいわば《鋼を屈服させる手》を持つ人じゃないと扱えないって古文書にもある」
ヴィーノは図書館で写してきたメモを広げ、そこに記された一文を指さした。
カゲハガネを鍛えられる者は、東の都ヤトマにいると伝わる。
「ヤトマ……」
「東方最大の職人工房の街。刀、槍、鎧など、幅広い武器製造の伝統がある。
そしてヤトマには、カゲハガネのような変異金属を扱う技術も継承されてるらしい。過去に影との戦いが起こった時代、影特効装備の鍛造を引き受けたのもその街の職人だったって」
「おおっ、なら行くしかねえな!」
「うん! せっかく影倒す準備が進んでるんだし!」
トレセルとホリーが勢いよく立ち上がる。
ヴォーパルトゥースがきらりと白銀の光を放った。
ヴィーノは荷物をまとめながら、静かに言った。
「待って。さっき言った通り、ただの『腕の立つ職人』じゃダメなんだ。影装備を鍛えられるのは、優れた職人が多く住む街ヤトマでもごく一握り。下手すれば、継承されずに廃れた工房もあるかもしれない」
トレセルが肩をすくめる。
「つまり、まず探すのに骨が折れるってわけだな……」
「それだけじゃないよ」
「まだ何かあんのかよ」
ヴィーノは苦笑した。
「カゲハガネは、鍛える時に『鍛冶師の生命力』を喰うらしいんだ。だから扱う職人は、鍛冶に自分の『覚悟』を試される」
ホリーが目を丸くする。
「鍛冶師さんの『生命力』まで……?」
「うん。武器を造るだけじゃない。『影』に触れながら鍛えるから……下手な匠だと、鍛造中にカゲハガネに呑まれかねない。命をかけてもらわなきゃならないんだ」
「そんなヤバい素材なのかよ……」
トレセルの声が低くなる。
しかしホリーは一歩前に出た。表情は明るいが、瞳の奥には覚悟の光がある。
「でも、それでも……私たちの武器を鍛えてくれる人が、ヤトマにいるんだよね?」
「……いるはずだよ」
「なら行こうよ。影と戦うための力を手に入れるんだ。行って見つけて、お願いして……絶対に手に入れるよ!」
風が吹き、草が揺れる。
トレセルは鼻を鳴らし、ヴィーノは肩の力を抜いた。
「行くしかねえよな」
「うん。影、特に七災禍に打ち勝つために、ね」
三人は荷物をまとめ、遠くに見える水平線を見つめる。
「ヤトマまでは、どう行くつもり?」
ホリーが訊ねる。
「フライングドッグで行くには遠すぎるな。海路が安全だろう」
トレセルが遠くを見る。水平線の向こうには海が広がっている。
「海……ヴィーノ、船に乗った経験は?」
ヴィーノが首を振った。
「ない。けど、港町までは陸路で行けるし、そこからの航路は、そんなに長くないから大丈夫だよ」
「なら決まりだな。冒険は海もセットだ」
トレセルが軽く鼻を鳴らして笑う。
次の日、三人は沿岸の小さな港町に向かい、冒険の準備を整える。乾いた風が頬を打ち、遠くで波の音が聞こえる。
港には、荷を積み込む帆船が並んでいた。ヴィーノはその中の船長らしき人物に事情を説明する。
「料金は弾みます。東の都ヤトマまで頼みたいんですが。──あ、この荷扱いは慎重に頼みます」
船長は快く了承する。帆を上げ、三人は船に乗り込んだ。
海上は穏やかだった。トレセルは舷側に立ち、波の動きに目を光らせる。いつ『影』が現れるか分からない。
「海、久しぶりだな」
ホリーが気持ちよさそうに呟く。
「天候は良さそうだし、船が無事なら大丈夫だよトレセル」
「相変わらずのんきな奴」
トレセルは苦笑した。
ヴィーノが前方の海を見据えながら船長にそれとなく聞いてみる。
「ヤトマで一番腕のいい鍛冶職人って誰ですか?」
船長は少し考えて、答えた。
「うーん、誰も彼も甲乙付け難い技術を持ってはいるけど、ツルギって職人が頭一つ抜けてるって話だね」
「ツルギさん」
「ああ、これまで船に乗せた冒険者の話でも、一番評判がいい印象だよ」
「ありがとうございます」
ヴィーノは礼を言って、呟いた。
「ツルギさん、か……」
数日の航海の末、東方の都ヤトマが視界に入った。港は活気にあふれ、鍛冶屋や工房の煙が立ち上る。三人は船を下り、街を歩き始める。
「ここが……ヤトマか」
トレセルは周囲の活気に圧倒されながらも、気を引き締める。
「まずは鍛冶屋さんを探さないと」
ホリーが地図を取り出す。
「船長さんは『ツルギ』って言ってたね」
ヴィーノが指差す。
人に聞きながら小路を進むと、鍛冶屋の重い扉が見えてきた。中からは金属を叩くリズムが響く。三人は息を整え、ノックする。
「失礼します、ツルギさんはいらっしゃいますか?」
声に応えて、鍛冶屋の中から屈強な男が出てきた。黒い前掛けに、鉄の匂いが混じる。
「ああ、俺がツルギだ。……どうした?」
三人は事情を説明する。影と戦うため、特別な鋼を鍛えてほしいと。ヴィーノが『カゲハガネ』を差し出すと、ツルギの目が一瞬光った。
「……うむ、確かにカゲハガネだ」
「どうでしょう……」
ヴィーノがおずおずと尋ねる。
「ふ、このツルギ、常に鍛冶に命をかける覚悟はできている」
ホリーが期待に胸を躍らせる。
「じゃあ、お願いできる?」
「いや……すぐにはできん」
ツルギの表情が曇る。
「実は商売道具を奪われてな。犯人は港町のあちこちを荒らしているらしく、仕事ができん状態だ」
三人は顔を見合わせる。
「奪ったのは……誰なんです?」
ツルギは低く唸る。
「都に出没する『鬼』だ」
「『影』に違いない。装備を作るのを邪魔しにきたな」
トレセルがヴィーノに囁く。
「なるほど……狙われてるってわけか」
「道具を取り返せば、仕事は再開できる。まずは鬼を退治してくれないか」
ツルギの声は厳しいが、頼もしさも混じっていた。
ホリーが拳を握り締める。
「よし、わかった! 鬼を退治して、鍛冶屋さんの道具を取り戻そう!」
「……海を越えてヤトマまで来た甲斐があるな」
ヴィーノが深く頷く。
「ありがとう。件の『鬼』は都の南、『昇竜門』によく出没する。そこで待ち受ければあるいは……」
「わかりました、必ず取り返してきます」
三人は道具を奪った鬼の情報を確認し、都の入り口にある昇竜門へ向けて歩き始めた。
背後には港町の喧騒と、吹き抜ける海風。
目の前には──未知なる鬼との戦いと、影に対抗する力を手に入れるための挑戦が待っていた。




