第34話 影を討つもの
漆黒の遺跡。その入口に足を踏み入れた瞬間、足元の石板が微かに光を放つ。ホリーがその上を通過すると、遺跡全体が小刻みに振動し、どこからともなく無機質な声が響いた。
「『影』の存在を検知。緊急隔離します」
「な、何?罠?」
「しまった、『対影装備』の素材を『影』達から守るシステムか……!」
「ま、待って! 私の話を聞いて!」
叫ぶホリーの声は、突然広がった、黒い半球状のフィールドの前には届かなかった。光を飲み込むように障壁は一気に広がり、トレセルとヴィーノを弾き飛ばす。
「ホリー!」
「近づけない……フィールドで遮断されてる!」
二人の声が遠ざかる。必死に手を伸ばす二人を、ホリーはただ目で捉えることしかできなかった。
「ホリー」
自分を呼ぶ声に、ホリーは振り返る。
闇の中心に、気配が見えた。漆黒の髪、血のように赤く光る瞳。手の甲からは、黒刃が鋭く伸びる。その姿は、ホリーにそっくりだった。
「……あなた、一体誰なの?」
「『罠』の作用で分離したみたいね……私は、あなたが目をそらし続けてきた、『影』の部分よ」
言い終わらぬうちに、影は一瞬消えた。ホリーが反射的に横へ跳ぶと、空気を裂く音と共に、さっきまでいた場所の床が黒刃でえぐられる。影は瞬時に背後に回り込み、再び静かに立つ。
「避けるのは上手ね。でも分かるよ。足が震えてる」
「うるさい!」
ホリーは踏み込み、蹴りを突き出す。影は軽やかに身を捻り、攻撃をかわす。まるで自分自身との戦い。動きはすべて読まれている。
続いて『彼女』は滑らかなステップで距離を詰め、刃を横薙ぎに振る。
「っ!」
具足で防ぐも、骨が軋む。軽く振っただけでこの重み……影は低くささやいた。
「私、強いでしょ。私はあなたの『力の源』よ。私を認めずにどうして真の力を出せるの?」
「力の……源……」
「ウル様から分けてもらった『獣の衝動』――それがあなたの本当の力。目をそらしてきたから封印されていただけ」
ホリーは構える。影は闇に紛れながら動き、刃の輪郭だけが光を反射し、形を歪ませる。
「あなたは自分の衝動を封じ、勇者ごっこをしている。それじゃ力は出せない。私を認め、勇者たちに牙を向きなさい」
「お断り!」
ホリーは飛び込み、影も同時に反応する。刃と脚が交錯し、光が火花のように散った。
影の攻撃は滑らかで無駄がなく、一撃一撃がホリーの癖や古傷を狙う。しかし、徐々にホリーは適応しつつあった。
「あなたがどう動くか、なんて見通し済みだよ。だって、あなたは私だからね!」
影の突きを紙一重でかわし、左足を払う。影がぐらつき、初めて焦燥の色を見せる。
「……っ」
「ビビってる? 影さん!」
ホリーは回転蹴りを連続で叩き込み、影は防御しつつ後退する。影の声は、微かに揺れながら問う。
「な、ぜ……お前はそんな……私はお前の……『力の源』……お前がどうして」
「違う!」
頭に浮かぶのはトレセルとヴィーノの顔。仲間と共に戦ってきた日々が、力を後押しする。
「私の力の源は、『仲間』! 私はこれからも、仲間と共に前に進むんだ!」
「戯言を!」
黒刃が空気を切り裂く音が響き、影は次々と斬撃を繰り出す。左右に跳び、突き、足払いまで、すべてがホリーの癖を読んだ動きだった。しかしホリーは瞬時に身を反転させ、刃を受け流しつつ自分の重心を保つ。
「たあっ!」
背後へ回り込みながら、踏み込み蹴りを叩き込み、影の攻撃を一瞬の隙に捕える。
影が一度間合いを取り、光を反射する黒刃を構えた瞬間、ホリーは自分の呼吸とリズムを整え、仲間との日々の戦闘で培った反射神経を最大限に使って、影の動きを先読みし、攻勢に転じる。
「見えた!」
ホリーの渾身の蹴りが相手の胸を正確に貫く。
「なっ……」
黒い影の身体に亀裂が走り、まるで黒いガラスが砕けるかのように『影』は砕け散った。
『な、……私……お前……だ……』
「……昔はそうだったかもね。でも今は違う。それだけのこと」
ホリーは息をつく。砕けた影が光の粒子となり、ホリーの胸へ吸い込まれてゆく。
「あ、くうっ!」
腕に熱が走り、思わず膝をつく。痛みと共に、確かな力が体内に流れ込む。影が統合され、右手の甲から白銀の刃が現れた。
手甲剣、ヴォーパル・トゥース。
「これが……私の新しい力……!」
遺跡に光が満ち、フィールドが消え去る。
「ホリー!!」
「生きてるか!? おい!」
駆け寄るトレセルとヴィーノに、ホリーはへろっと笑った。
「うん、だいじょうぶ。ほら、自分の影、ちゃんと打ち破ったよ」
右手の白銀の刃が静かに輝く。
そして奥に目を向けると、漆黒の鉱石が鎮座していた。
「あれが……『影』に有効打を与える武器を作る特殊鋼、『カゲハガネ』だ」
三人は互いに目を合わせ、頷きあう。
力と仲間、そして新たな武器。すべてを握りしめ、漆黒の遺跡の中で、ホリーは静かに笑みを浮かべた。




