第3話 少年と毛玉と灰色の街道
朝焼けの中、ヴィーノと毛玉トレセルは村から続く街道沿いを黙々と歩いていた。
「なぁ、これからどうすんだ?」
トレセルが尋ねる。
「わかんない」
ヴィーノが力なく答える。
「村から出たことなんて、ほとんどなかったし」
「……そっか。ちなみに金はどのくらいある?」
「待ってね」
ヴィーノは袋をゴソゴソ探った。
「五十クロンくらい」
「……焼き菓子一枚買ったら終わりだな」
少し沈黙が流れたのち、ヴィーノがぽつりと問う。
「ねぇ、トレセル。聞いてもいい?」
「おう、どうした?」
「どうして、僕なの?」
「え?」
「どうして、僕がその……転生先とやらの身体に選ばれたの?」
「う……」
トレセルは言葉に詰まる。
転生魔法というのは、自分の魂の波長に合う体を探し出し、そこへ勝手に移動してしまう魔法だ。
転生先の都合などおかまいなし──まさに自分勝手な術。
(俺は人類に絶望して、他人のことなんてどうでもいいと思ってた。だが……)
トレセルはヴィーノの顔を見る。
そこには、ただ真っすぐな瞳があった。
「トレセル?」
「何が大賢者だ、勇者だ。俺は何もわかっちゃいなかった」
「え?どういうこと?」
「あ、いや、コホン」
トレセルはわざとらしく咳払いした。
「大いなる宿命に導かれた──というやつだな」
「かっこいい!」
少年の目がキラキラと光る。
(ああ、純朴な少年を騙してる……)
トレセルの胸が痛んだ。
「とにかく、俺にはお前に対する責任がある。お前が生きていけるよう、力を貸すぜ」
「ありがとう」
ヴィーノはにっこりと微笑んだ。
そのとき──ガサガサッ。
近くの木が揺れ、人相の悪い三、四人の男が現れた。手に手にこん棒や剣を持ち、少年を取り囲む。
「お、追い剥ぎだ……」
ヴィーノの顔が青ざめる。
「こんな時間に一人で出かけるとは、不用心だな坊主」
「おじさんたちみたいな悪い大人に捕まっちゃうぞ」
げへげへ、と下品な笑い声が広がった。
「でもよぉ、ゲヌーバの兄貴」
下っ端の一人が、リーダー格の男に声をかける。
「こいつ、見るからに何も持ってませんぜ。この腕輪くらいか」
「だからお前はダメなんだ」
ゲヌーバが舌なめずりをする。
「こんだけ可愛い顔してんだ。売り飛ばす先はいくらでもある」
「なるほど、さすが兄貴」
「顔は傷つけるなよ」
「へい」
男たちがジリジリと近づく。
「……トレセル」
「おう」
「責任、取ってよね」
(なんかその言い方、引っかかるな)
ヴィーノが銀色の腕輪を外す。
「お、自分から値打ちもんを手放すとはいい心がけだな」
少年の目が紅く光り、髪が白く染まっていく。
「行くぜ!」
ならず者たちが一斉に襲いかかる。トレセルは寸分の迷いもなく足を振るったが、届くはずの一撃は空を切り、ひとりの下っ端に抱え上げられて放り投げられた。背中が地面を叩き、息が詰まる。
「足、みじけぇ……!」
(傷つくなぁ……)
ならず者が勝ち誇って笑うが、次の瞬間、空気が重く沈んだ。
白髪の少年の瞳が、血のように紅く燃える。
「石化!」
「な、なんだこれ、た、助け……」
灰色の霧が地を這い、男たちを包み込む。皮膚がみるみる石へと変わり、叫び声が固まって消えた。
静寂。風の音だけが残る。
トレセルが腕輪を拾い上げ、はめ直した。
勇者の魂が一瞬光を放ち、外に毛玉となって放たれる。
「ねぇ、この人たちは、どうなるの?」
ヴィーノが震える声で問う。
「ああ、そのうち石化が心臓まで達して……死ぬだろうな」
「そんな……かわいそう」
ヴィーノの瞳が揺れる。
「憲兵に引き渡すとか、できない?」
「そんな甘っちょろい。お前、こいつらに殺されかけたんだぞ?」
「トレセル」
「ああもう、そんな目で見るな!わかったよ!」
トレセルが丸く膨らむと、石像の周囲をくるりと回る。縄が出現し、男たちを縛り上げた。
「ふぅ……重力低減」
トレセルの呪文とともに、石像が乾いた木のように軽くなる。
「んじゃ、街まで引っ張ってって、憲兵に引き渡せ」
「うん!」
(全くぬるい……ぬるすぎる)
そう思いながらも、トレセルはヴィーノのその判断が嫌いではなかった。
宵闇が空を覆う頃、少年と毛玉はガムルの街にたどり着いた。
「石像のまま引き渡すと、ちと面倒なんでな」
トレセルが街の近くで魔法を解除すると、ゲヌーバ一味は人間の姿に戻った。そのまま街の正門前まで引きずっていく。
「すみません、中に入れてください」
「旅人かね?ずいぶん若いが……ん?」
門番が、少年が人間を引きずっているのに気づいて目をむく。
「た、隊長!隊長!」
上官らしき男が駆けつける。
「これは……賞金首のゲヌーバ一味!君が捕らえたのかね?」
「ええ、まぁ」
ヴィーノは曖昧に笑った。
「信じられんが、事実だな。こいつらがここにいるということは」
上官は帽子を脱ぎ、丁寧に頭を下げる。
「本来、夜間の入場は禁じられているが、君は例外だ。入りなさい」
彼は門番に声をかける。
「何をしている。早くこいつらを牢にぶち込め!人を呼んでこい!」
「はっ!」
「明日、改めて礼をしよう。宿はあるのかね?」
「いえ」
「なら、今夜は我々の宿舎を使うといい。ついてきなさい」
街門では、憲兵たちが追い剥ぎを取り囲み、縄を締め直していた。
「ね、こっちのほうがよかったでしょ」
「……まぁ、な」
敵を殺さずに済ませた。その結果がこうして良い方向に転がった。
それは、認めざるを得ない事実だった。
ヴィーノと毛玉は夜の通りを歩いていった。
頭上では、星々が静かに輝いていた。




