第29話 『ゲーム』開始
扉は驚くほど軽く開いた。キィ、と軋む音が工場に響く。
中は薄暗く、ひんやりと冷たい。そして。
しん、と静まり返っていた。
工場特有の機械音はない。
鉄の匂いも油の匂いもない。
ただの空っぽの廃墟のようだ。
「もしもし、誰かいますか」
ヴィーノが小声で呟いた、その時。
カチッ。
天井のスピーカーから突然音がして、次の瞬間、軽やかで、どこか小馬鹿にしたような声が響いた。
『あー……やっぱり来ちゃったかぁ。せっかく隠れてたのに。困るなぁ、ほんとに』
三人は一斉に身構える。
「誰だ!」
『はじめまして、かな? そこのウサギ以外はね。 僕は武器系影、『銃』のガンスミス。』
声の調子は落ち着いており、敵意をまるで感じさせない。
むしろ教師か技術者のような、知性を含んだ声音だった。
「ガンスミス……! あんたが!」
ホリーがその声に反応する。
『ああ。裏切りホリー。つまんないやつに見つかったな。
ま、いいや。とにかく僕はね、戦いが嫌いなんだ。前線に出て傷つくなんて非効率だからね。だから、ここで武器を作って、流通させるだけで十分だと思ってたんだけど。』
「武器……流通……?」
ヴィーノが眉をひそめる。
『そう。フェイドゥーラ様の降臨のためにね。君たちも知ってるだろうけど、影って突撃するばっかりで、兵站とか補給とか、ほんと興味ないやつらばっかりだから。だから僕が代わりにやってあげてたのさ。銃、爆弾、刃物、生物兵器……』
「生物兵器……! まさか」
ヴィーノが息をのむ。
『そう、『魔蟲』の卵。可愛かったでしょ?』
「飛犬の里の一件……お前が黒幕か」
トレセルが冷たく言い放つ。
『黒幕? やめてよ。僕は裏方だよ。そんな責任、押しつけられるほど大層じゃない。
にしても、どうやって見つけたの? ここ、相当上手く隠してる自信があったんだけどなぁ』
「やっぱり隠れてたんだな」
『戦いたくないって言ったでしょ。
君たちみたいな面倒なのに見つかるのは、特に嫌なんだ。
でも見つかった以上、対処しないとね』
スピーカーの奥で、機械が起動する音が響き始める。
工場全体が、微かに震えた。
『じゃあ、歓迎するよ。ようこそ、武器の海へ。』
ガンスミスの軽薄な声が消えた直後だった。
工場の巨大なシャッターがひとりでに震え、
ガララララッ、と低い音を立てて上がっていく。
暗闇の向こうに、整然と並ぶ金属の光が見えた。
「……誘ってるな」
トレセルが低く言う。
「入れってことだよね……」
ヴィーノが喉を鳴らす。
「こんなの、罠って自分で言ってるようなもんだけど」
ホリーが肩をすくめた。
だが、三人は迷わない。
お互い頷き合い、一歩、工場の奥へ足を踏み入れた。
内部は、驚くほど『稼働中の工場』だった。
無人のはずなのに、ベルトコンベアは滑らかに動き、
天井のクレーンが静かに部材を運んでいる。
誰もいないのに、生産ラインは止まっていない。
「動いてるのに、音がほとんどしてないね……」
ヴィーノが顔を強張らせる。
トレセルが耳を澄ませる。
「音も気配も抑え込んでる」
「え……そんなことできるの?」
「影の特性と、武器の消音技術が合わさったら……できるだろうな」
その時。
カチッ。
うろうろと見て回っていたホリーの足元で、小さな音がした。
「ホリー、止まれっ!」
トレセルが叫んだ瞬間。
キュイイイイイ——!!
天井と壁の隙間から、赤いレーザーが無数に走った。
床に描かれる複雑な光網。ほんの数センチでも動けば切り裂かれそうだ。
「ひゃっ!」
ホリーは両足を揃えて硬直したまま、息を呑む。レーザーがほつれた前髪を通過し、チリッ、と燃やす。
『あー、ごめんごめん。言うの忘れてたよ。この工場、ちょっとだけ侵入者対策してるんだよねぇ』
天井のスピーカーから、例の軽い声が響く。
「ちょっとどころじゃねぇだろ」
トレセルが唸る。
『でも、君たちならいけるでしょ?僕を楽しませてよ。 ほら、特にそこのウサギ。跳躍力『だけ』は優秀だっただろ。やってみせてよ』
「言われなくてもっ!」
ホリーが、床のレーザー網のタイミングを計り、一気に跳んだ。
光線の隙間を縫い、宙でくるりと回転し、わずかな足場だけを踏んで進んでいく。
数秒後。
「やった、抜けた!」
ホリーが腕を挙げた。
『ブラボー! さすがウサギ。拍手!』
スピーカーから拍手が聞こえる。
「うるさい!」
『そこの奥にレーザーをオフするスイッチがある。押しなよ。二人は普通に通れるから』
「そんな事、信じると思う?」
『信じないなら別にいいよ、勇者くんと少年くんにも苦労してもらうだけ』
ホリーはトレセルをちらりとみる。トレセルが頷く。大丈夫、トラップだとしても対処できる。その目は語っていた。
ホリーが恐る恐るスイッチを押す。本当に解除スイッチだったらしく、二人は無事にレーザー地帯を渡りきった。
「なんでオフスイッチを?」
ヴィーノの問いに、ガンスミスはくつくつと笑う。
『だってここで残機が減ったりゲームオーバーになったら、この先でキミたちが仕掛けにやられてハチの巣になる様子が見れないじゃない』
「残機って私たちのこと?趣味悪すぎ」
ホリーが吐き捨てる。
『君たちは攻略が楽になる。僕は先の楽しみが増える、いい事だらけじゃないか』
「最っ低」
『さぁ、次のルームへどうぞ』
レーザーを突破した先の空間には、
壁一面に巨大な銃が並んだ細長い廊下が待っていた。千を超える銃口。口径も形もまちまちだが、それらは全てこちらに向けられている。
「……え?」
ヴィーノの顔が引きつる。
『ここ、僕のコレクションルームなんだよねぇ。
ただ飾っておくのももったいないから、ちょっとだけ実戦投入してるんだ。せーの』
ガンスミスの声の合図で、
壁の銃口すべてが一斉にチャージ音を発した。
「伏せろ!!」
トレセルの叫びと、爆ぜるような発射音が重なった。
視界が一瞬、閃光で埋め尽くされる。
床が叩きつけられたように震え、熱を帯びた風が頬をかすめる。
「きゃああ! 数、多すぎでしょっ!!」
ホリーが悲鳴に近い声を上げながらも跳ぶ。
壁を蹴り、天井をすれすれでかすめ、縦横無尽に銃弾をすり抜けていく。
その動きは流れる影のようで、破裂音が追いかけるたびに軌跡が細かく揺れた。
『やるねぇ、ウサギ』
ガンスミスが心底感心した声を漏らす。
「止まってちゃダメだ、早く抜けるぞ!」
トレセルはヴィーノをかばいつつ、射線の薄い一点を見つけ出す。
「ここだ!」
ヴィーノの肩を尻尾で押し、走らせた。
ヴィーノも、迫り来る轟音の壁に飲まれないように必死で地を蹴る。
銃弾は容赦なく追尾し、空気そのものを裂き続ける。
それでも三人は、わずかずつ出口へ迫っていた。
「あと少し!」
廊下の奥。
閉ざされた扉が、左右へ滑るように開いた。三人が滑り込むと、銃声が一気に止む。
呼吸を整える暇もなく、金属音が廊下の奥から近づいてきた。
カツ、カツ、カツ。
均一すぎる歩幅。命を感じさせない規則性。
暗闇から影が揺れ、輪郭が浮かぶ。
現れたのは、人型。だが人ではない。
無機質なスーツに全身を固め、腕は銃が溶け込んだように融合している。
表情のない仮面。
目の位置にある黒い窪みは髑髏のようで、生き物の気配が一切ない。
ひとつ。
続いてふたつ、みっつ——
影は増え続け、やがて列は部屋を埋め尽くす壁となった。
カシャン、と音を立てて。
すべての銃口が、ゆっくりと三人に向けられる。
「……なんだこいつら……」
(続)




