表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】1000年後に目覚めた転生勇者が、もふもふ毛玉になって少年と旅をするお話  作者: すくらった


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

27/52

第27話 戻れない選択肢

 昼休み。

 校庭の芝生は、陽に温められて柔らかく、ふわりと指の間に広がった。

 トレセル、ヴィーノ、ホリーの三人はそこに弁当を広げ、風に揺れる葉の音を聞きながら座っていた。


「……僕ら、ここにずっといてもいいのかな」


 ヴィーノの声は、まるで自分にも聞こえるか聞こえないかの大きさで芝生に落ちた。


「……いや」

 トレセルはかぶりを振る。

 昼の光が彼の横顔に影を作る。


「確かにここは楽だし、平和だよ。……でも俺たちには、あの世界でやるべきことがある」


「フェイドゥーラを倒す旅、だよね」

 ホリーは手を膝に置き、青い空を見上げた。

 

 雲がほつれた糸のようにちぎれ、ゆっくり流れている。


 その時。


「ふふ、食事中ごめんなさい」


 声のしたほうを見ると、ノーディが立っていた。

 光をすっと通すような存在感で、三人をまっすぐに見つめる。


「ここは安全です。外に戻る必要はありません」


「でも、ノーディ……先生……」


「外の世界は、あなた方には危険すぎます」

 ノーディの声はどこまでも穏やかだった。彼女は続ける。


「明日、『刻』が来ます」


「刻……?」


「放課後、世界の境界が揺らぎます。出て行けるのは、その時だけ。逃せば……二度とここから離れられません」


 ヴィーノの動きが止まった。

 視線は足元に落ち、表情が読めない。


「……ちゃんと考えてくださいね」

 ノーディは微笑み、風のように消えた。


 午後の授業。

 学園は楽しく授業が進んでいた。


 忍者のジンは、教壇の上で印を組みながら「忍びの心得」を語り──足を引っかけて転び、クラス中が笑いに包まれた。


 バイスは女王のように椅子の背に手を置き、ツルの鞭で教室の端を示すだけで空気が一瞬にして張りつめる。


 すべて自然で、当たり前の日常の一部のように溶け込んでいる。

 それなのに、三人の胸の奥には、薄く澱んだような何かが残った。


 夕暮れ。

 校庭の芝生は昼よりしっとりと色を濃くし、三人の影が長く伸びていた。


「……明日、どうする?」

 ホリーが静かに問う。


「俺たちには旅がある」

 トレセルは迷わず言った。

 その声には、硬さがあった。


 ヴィーノはうつむき、芝生をつまむようにして握っていた。


 遠くで、ウル先生が「夜は学園祭の練習だぞー!」と明るく叫んでいる。

 その声は、甘く、どこか後ろ髪を引くようだった。


 そして翌日の放課後。

 正門は静かだった。夕暮れの風が門の表面を揺らし、白い光が糸のようにほどけては消えていく。


「……俺は行く」

 一番に言ったのはトレセルだった。

 そこに迷いの色はない。


 だが、隣のヴィーノは動かない。


「ヴィーノ?」

 問いかけられ、ゆっくり顔を上げた。

 その表情は、いつもの軽さの影もなかった。


「……出たくない」


「え?」


「ここにいたい。……外に戻りたくないんだ」


 声は震えていなかった。

 けれど、彼の指先は小刻みに揺れていた。


「なんでだよ?フェイドゥーラを……」


「トレセルには、わかんないんだよ!ずっと強かったトレセルには!」


 トレセルは、ヴィーノから今まで聞いたことのないような強い口調に言葉を失った。


 ヴィーノは、胸の奥からひとつずつ感情を掘り起こすように続けた。


「ずっと……学校って怖いところだった。行けば必ず嫌なことがあって、逃げ場がなくて……。

 でもここは違う。誰も僕を傷つけない。誰も僕を笑わない。息をしてるだけで、楽なんだ」


 ヴィーノの声は淡々としていたが、それは感情を押し殺しすぎて、逆にこぼれ出た音のようだった。


「……だから、僕、ここにいたいんだよ」


 震える声で言い終えると、ヴィーノは振り返って走り去った。


「ヴィーノ!」


 追いかけようとしたトレセルの腕を、ホリーが掴んだ。


「ここは……私が行く」


「ホリー……」


「大丈夫。まかせて」


 ホリーは軽く笑い、彼のもとを離れた。


 屋上。

 風が吹き、柵が小さく軋んでいた。

 ヴィーノは膝を抱え、空を見ていた。雲は灰色で、ゆっくり形を変え続けている。


「……いた」


 ホリーがそっと近づき、彼の隣に座った。


「……私ね、学校って行ったことないの。だからここ、楽しくって、ここにいられることが、ただ嬉しかったの。でも……」


 ホリーは空を見上げる。


「楽しくない学校ってのも、あるんだね」


 ヴィーノは反応しない。


 それでもホリーは続けた。


「怖いところ、か。私も怖かったよ。ウルの下にいた時。いつ暴れだすか分からない猛獣の隣で生きてるって感じで……生きているだけで、怖かった」


 風が二人の間を通り抜ける。


「でも」

 ホリーは膝を抱え直し、笑った。


「二人と出会って、よかったって思ってる。まる」


「何その……オチ」

 ヴィーノは思わず吹き出す。


「作文。ちゃんとノーディ先生に習ったんだけど?」


「ふふ……成長したんだね」


「君もだよ?」


「え?」


 ホリーの瞳はまっすぐだった。


「誰よりも傷ついたからこそ、誰も傷つけない。……ヴィーノって、そういう優しい人だよ」


「そ、そんなの……」


 ヴィーノが赤くなる。

 その頬に、ホリーがそっと唇を寄せた。


 ──ちゅ。


「ほ、ホリー……?」


「君はすごいよ。私が、価値のないものにキスするように見える?」


「……見えない」


「じゃあ、行こ」


 ホリーは手を差し出した。


「ボクちゃん、ひとりじゃないよ」


 ヴィーノは、その手を握った。

 指が触れた瞬間、胸の奥の靄がわずかに晴れた気がした。


 校門に戻ると、トレセルが駆け寄ってきた。


「おお、戻ってきた! いったいどうやったんだ?」


「色仕掛け」

 ホリーは即答した。


「はぁ!? お前何され……」


「……なんだ、騙されたぁ」

 ヴィーノが肩を落とす。


「ふふ、単純なんだから」

 ホリーが悪戯っぽく笑う。


 だが、胸の奥で、ホリーは小さく、誰にも届かない声でつぶやいた。


(……全部が嘘ってわけじゃないよ、ヴィーノ)


 その声は、風に溶けて消えていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ