第22話 襲撃、巨大魔蟲
心ゆくまで毛玉をもふもふして満足したナコは、三人を『忘れられた遺跡』の前まで案内した。
「よし、ここなら呼べる」
ナコは周りを伺って、胸元から銀色の笛を取り出す。装飾もなく、ただ静かに冷たい輝きを帯びるだけの笛。
「ちょっと静かにね」
ぴい――。
細い音色が空気を震わせた瞬間、周囲の風向きが変わった。
砂嵐に紛れ、高い空からゴウッ、ゴウッと風の壁が降りてくる。
次々に黒い影が舞い降りた。
翼を持つ犬たち。
灰色、白、黒。体格も大きさもさまざまなフライングドッグが、金属製の胸当てを光らせて三人の前に静かに着地した。
「本当に……いたんだ」
ヴィーノの声は、驚きと感嘆が混じって震えていた。
「え、かわいすぎて無理……いや、犬って地面走るでしょ?どうやって飛んでんの? でもかわいいっ、そしてでっかい! 私、ウサギだけど犬派になっちゃいそう……」
ホリーの目は完全にハートだった。
ナコは慣れた手つきで一頭に跳び乗り、三人を招く。
「大丈夫。噛んだりしないから。落ちないようにだけ気をつけて」
フライングドッグたちが一斉に地面を蹴る。
あっという間に地面が、遺跡が、魔法都市が遠ざかっていく。
風に負けないようナコが叫んだ。
「これから私たちの前線基地に向かうよ! 途中で見えるかも! アイツら巨大魔蟲の巣が!」
「さっき言ってた『あいつら』って虫なんだ。具体的にどんなやつらなの?」
「いろいろ。殻が石みたいに硬い奴、脚が十本以上ある奴、毒を吐く奴もいる。でもほら、見たほうが早いよ!」
ナコが指差す。
視線を向けた瞬間、三人は息をのみ、身体がこわばった。
雲の裂け目の向こうに、戦艦、いや空母のように巨大な巣が見えて、その周りを無数の影がうねっていた。
岩より硬そうな甲殻をもつもの。無数の脚で蠢き、『巣』の表面を黒く染めるもの。
羽音は低い地鳴りのように響いていた。
「ひーっ」
ホリーが長い耳を伏せる。
「うわぁ、思ってたより大きいな……」
ヴィーノはごくりとつばを飲み込む。
ナコは振り返らず呟く。
「でも都市国家ニブラリ政府はね……全部見て見ぬ振り」
「……!」
「巨大魔蟲たちがまず狙うのは、ニブラリの真上にある私たちの故郷『飛犬の里』。私達はやらなきゃやられるから、一匹残らず駆除するの。 だからあいつらは私達に押し付けて知らないふりしてる。 現状ニブラリに被害はないし、もし認めたら、市民から『援軍を出してやれ』って声が上がるかもしれない。
政府は負担が嫌い。自分たちが傷つかなければ、それでいいの」
強い風に揺られながら、それでもナコの声ははっきりしていた。
「私たちは、ほっとかれてるの。 だから……あなたたちの力が、ほんとに必要なんだ」
三人は言葉を失ったまま、ただ空を見つめた。
やがて乾いた空の大地に、杭と木柵で組まれた基地が姿を現した。
見張り台。テント。
フライングドッグの着地場。
傷ついた犬を世話する隊員たち。
そこには戦っている者たちの生活が確かにあった。
フライングドッグが砂埃の中に着地すると、精悍な顔つきの青年が近づいてきた。
鋭い目つきと、隠しきれない疲労が同居した男。
「戻ったか、ナコ」
「ただいまタイタロウ。みんな、紹介するね。隊長のタイタロウ=イヌカイ。ここのまとめ役」
タイタロウは三人に軽く頭を下げる。
「ナコが連れてきた、ということは大体の話は聞いてくれていると思う。遠いところをよく来てくれた。俺たちは本気で助けを必要としている」
その一言に、重みがあった。
三人も姿勢を正し、名乗る。
「俺はトレセル。大賢者にして勇者。話は聞いた。力を貸そう」
「僕はヴィーノ。あなたたちの力になれれば」
「私はホリー。んー、ウサギ」
タイタロウは苦笑した。
「ウサギでもなんでも、強い味方なら大歓迎だ」
タイタロウの後ろには飛犬騎士団の仲間たちが立っていた。
「テイル=イヌガネです」
「ルゥ=イヌガミエです」
「ゴエ=イヌノナキです」
「マテスル=イヌガです」
「な、名前の癖が強い……」
「一族の誇りだ」
タイタロウは一瞬だけ笑い、すぐ真剣な顔に戻る。
「魔蟲が出始めたのは半年前だ。それまでは村の青年団だった。畑を手伝い、祭りの準備をして……普通に暮らしていた。だが」
視線の先には、噛み跡だらけの犬がいた。
包帯を巻かれ、震えている。
「ある日突然、奴らが襲ってきた。
村を荒らし、家畜を喰い、里を破壊した。だから、武器を取った」
タイタロウの拳がゆっくり震える。
「俺たちは、守るために戦ってる。でも数が足りない。
このままじゃ、里が終わる」
その時。無数の羽音が聞こえてきた。
「来たぞ!南東方向、魔蟲の群れだ!」
見張りの声が空気を裂いた。
「来たか!」
羽音が、甲殻が擦れ合う音が、風に混じって響いてくる。
タイタロウが振り返り、叫んだ。
「三人とも! 歓迎のあいさつはここまで! 悪いが、いきなり実戦だ!」
雲の切れ間から湧き上がる黒い影。
空を覆うように広がる魔蟲の軍勢。
空気が震え、基地全体が戦の気配で満たされた。
「上から叩くぞ!上昇!」
タイタロウの号令で、三人と飛犬騎士団は一気に高度を上げ、迎撃準備に入った。




