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【完結】1000年後に目覚めた転生勇者が、もふもふ毛玉になって少年と旅をするお話  作者: すくらった


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第19話 恐怖、そして過去を超えて

 洞窟の底に三人は転がり落ちた。尻もちをつき、砂埃が舞う。


「いたた……」

 ヴィーノは頭を壁にぶつけてうずくまる。


「……大丈夫か?」

 トレセルは尻尾を差し伸べ、ヴィーノとホリーを助け起こす。三人とも擦りむいた身体に痛みを感じながらも、無事だったことに安堵する。


「……ほんとにおまえ、落ち着きないな」

 トレセルが心底呆れた、という声を出す。

「いや、アタシだって気をつけてたんだけどさ……でも、石がぬるっとしてて! わっといって! もう!」

 ホリーがわちゃわちゃと言い訳をする。


 ヴィーノは辺りを見渡し、淡い光が差す一本道を見つける。小さな岩と砂利で覆われた通路は奥へと真っ直ぐ伸びていた。トレセルが頷き、「……先に進もうか」と声をかけ、三人は慎重に歩き出す。


 洞窟内は静まり返り、滴る水音だけが耳に届く。湿った石の匂いが鼻腔をくすぐり、冷たい空気が背中を這う。ホリーは少し後ろを振り返り、耳をぴくりと動かした。


「……なんか、静かだね。意外と楽勝?」

「こういうところで油断すると怪我するぞ」

 トレセルが警告し、影に目を凝らす。


 やがて通路の先に大きな岩壁が現れた。荒々しく削られた岩に、人の顔のような仮面が彫り込まれている。口元は歪み、虚ろに開かれた目が、こちらを見下しているようだった。


「……これは……」

ヴィーノは息をのむ。


 その瞬間、仮面の目が赤く光り、洞窟全体が揺れた。ぞくりと寒気が走り、心の奥に封じ込めていた恐怖がじわりと滲む。


「……い、今目が光ったような気がしたけど、き、気のせいだよね?」

 ホリーが震える声で言うが、目の光はさらに強くなり、三人は意識がもうろうとしてきた。


「な、何……」

「これ……」


 三人の輪郭が、深紅の光の中おぼろげになっていく。


 ヴィーノが気づいたときには、彼の足元には泥が広がり、見覚えのある校舎の裏庭が広がる。灰色の空、沈んだ午後の光。背筋に嫌な汗が流れる。足音。笑い声。ヴィーノの目の前に、昔のいじめっ子たちが現れた。

「おーい、ヴィーノォ」

「お前なんでそんな弱いの?」

 嘲笑に胸が痛む。剣を抜こうとしたが、どこにもない。昔のように膝が震える。胸倉をつかまれる感触がした。


「お前はさぁ、誰にも必要とされてないんだよ。消えろ」


 いじめっ子の声に、心がきしむように痛んだ。


 僕は、必要とされてない。

 同級生にも、父親にも、母親にも。


 だが、その瞬間、ヴィーノ自身の声が心に返ってきた。


「必要とされてるよ。君は……もう、ひとりじゃない」


 ヴィーノの脳裏にトレセルとホリーの顔が浮かび、胸に力が湧いてくる。


 その瞬間、少年たちの姿が揺らぎ、崩れ始めた。ヴィーノは震えながらも顔を上げる。


「うるさい」


 彼は、初めて言い返した。

「な、なんだとぉ?」

 いじめっ子の姿がだんだんと溶けていく。

「うるさいって言ったんだ。もう二度と、僕の前に現れるな」

 彼のその言葉を最後に、灰色の世界が砕け、光へと変わっていった。



 その頃、ホリーは真っ暗な森に立っていた。冷たい風、湿った土の匂い、木々が揺れる音。


 ここ、見覚えがある。あいつが根城にしてる「ウルの森」だ。黒い霧が渦巻き、巨大な獣、ウルの幻影が現れる。


 ずっと逆らえなかった最上位存在。ウルが低く唸るだけで肝が冷える。技を使おうとしても、足が震えて何も出ない。


「あ、足が……」


 呼吸が浅くなり、膝が落ちる。


(あたし……やっぱり弱いの?)


 そのときふたりの声が心に浮かんだ。


「君ならできるよ、ホリー」

「後ろは任せろ」


 心が熱くなり、ホリーは震える足を前に突き出した。技は出ない。けれど、それでも良いと思えた。背中を預けられる仲間ができたのだから。ホリーは目に涙を溜めて叫ぶ。


「もうあたしはあんたの支配下じゃない!去れ!どっかいけ!」


 ウルの幻影が黒い霧となって消えた。ホリーは大きく息をつき、「……戻るんだ、あいつらのとこに」とつぶやいた。


 トレセルは前世の勇者の姿に戻っていた。

「これは一体……」

 彼の目の前には白い石畳の広場が広がっている。間違いない、1000年前の世界だ。冷たい風が吹き、勇者装束の裾が揺れる。いつの間にか民衆が集まり、ざわめきが広がる。


「噂では魔族の力を使っているらしい」

「危険だ……あれは怪物だ」


救っても救っても、感謝より恐れを向けられたあの日々が蘇る。言葉の刃が向けられ、胸が締めつけられる。剣を握るが、振れない。何を言われても、勇者は民衆には決して刃を向けられないのだ。


「……やめてくれ……もう……」


 そのとき、遠くからふたりの声が響いた。


「トレセルはそんな人じゃない!」

「あんたらにトレセルの何が分かるの!」


息をのむ。体が熱くなる。


(そうだ。俺はもう……あの頃の俺じゃない)


トレセルはゆっくりと顔を上げた。


「俺を怪物と呼びたいなら呼べばいい。だが、それでも俺は仲間のために剣を振るう!振るい続ける!」


 民衆の姿が光となって砕け、トレセルは元の姿に戻った。



気づくと、三人は同じ場所へと戻されていた。


「ヴィーノ!」

「ホリー!」

「トレセル!」


互いに駆け寄り、疲れ切った表情で笑い合う。


「……生きてるな」

「当たり前でしょ!」

「うん……二人とも、ありがとう」


「アレ、見たんだろ?怖かったか?」

「……正直、怖かった」

「あたしも……泣きそうだった……」

「……俺もだ」


三人の表情は、恐怖を超えたぶんだけ強くなっていた。


ふと見ると岩の仮面が崩れ落ちていて、奥にさらに深い闇が続いている。


トレセルが静かに言う。


「……行こう。俺たちなら越えられる」


ヴィーノとホリーは笑い、頷いた。


三人の影は、ひとつに寄り添うようにして奥の闇へ消えていった。


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