第13話 穏やかな瞬間
二人はいつの間にか川沿いの堤防の上に出ていた。流れる水が太陽の光を反射してきらめいている。鳥のさえずりが、川と反対側の平原に命を与えていた。
ヴィーノはふと立ち止まり、手に取った石を水面に蹴り入れた。遠くで波紋が広がる。
「おっ、トレセル、見た?僕の超絶石蹴りテクニック!」
毛玉の姿のトレセルは、尻尾で近くの枝を掴み、ぽきりと折りながら、鼻を鳴らす。
「……見たぞ。でも、その技は何か意味あるのか?」
ヴィーノは小さく肩をすくめる。
「うーん、意味?……ない!でも、水面に石投げたり蹴り入れたりって楽しいんだよね」
「お前らしいな」
トレセルは枝を投げ捨て、尻尾でまた一本を折る。
「トレセルのその枝を折る行動も、どっこいどっこいだよ」
「……ぐうの音もでねぇ」
二人は顔を見合わせて笑い合う。
「あのさトレセル、聞きたいんだけど」
ヴィーノの言葉に、毛玉は興味津々に振り向く。
「お、何でも聞いてくれ」
「フェイドゥーラって、実際どれくらい大きかったの?」
「50メートルくらい……」
「うわっ、大きい!」
「……ごめん、盛った」
「え、じゃあ?」
「やっぱり30メートルくらい」
「それでもやっぱり大きいな!」
二人はその場に腰をかけ、ヴィーノは石を投げる。水滴が跳ね、光を反射して輝く。
「ねえ、トレセル……1000年前だっけ、戦ってて怖かった?」
「……ああ、少しはな。だが、恐怖は克服するものだ」
「じゃあ、怖いと思った瞬間ってなかったの?」
「そりゃあったさ。だが、それに押し潰されるわけにはいかない。恐怖を乗り越えて前に進む者。それが勇者だ」
「それって……結構クールに聞こえるけど、実際どうだったの?」
「そりゃもう生き延びるのに必死だった。汗臭くて泥臭くてボロボロよ」
トレセルが苦笑する。
「想像つかないなぁ」
「そりゃそうだ、俺もお前の年頃の時は想像できなかった」
「じゃあ、戦いで一番辛かったことは?」
「……孤独だな」
「やっぱり……一人だったもんね」
「……ああ」
トレセルは少し目を細め、遠くの丘を見つめる。
「でも、俺はそれを選んだ」
ヴィーノは川辺にしゃがみ、枝を拾っては折る。
「トレセルって、昔からそんなに真面目だったの?」
「真面目か?」
「だって、昔の話聞いてると、全然笑いとかなくて」
「笑う余裕がなかったんだ」
「なるほどー、じゃあ、バカやれるようになったのは、最近のこと?」
「そうだな、でっかい猫ちゃんと追いかけっこしたりな」
二人は笑い合う。
ヴィーノは石を投げて水面を波立たせる。
「でもさ、戦ってる最中って暇な時間もあったんじゃない?」
「暇?」
「うん、例えば、考えごとしたり、空見たり、深呼吸したり」
トレセルは少し考え込み、尻尾で折った枝を投げる。
「……深呼吸くらいはしていたかもしれないな」
「じゃあさ、戦う前に何考えてた?」
「……ただ、どう攻撃し、どう防ぎ、どう奴を封じるかだけだった」
「へぇ、僕だったら多分、作戦考えつつも『腹減った』とか思っちゃうかも」
「それもお前らしいな」
「じゃあじゃあ、その戦いで一番びっくりしたことは?」
「やっぱり奴のデカさだな」
「30メートルの?」
「いや、よく考えたらもう少し大きかったかも」
「じゃあ50メートルくらい?」
「まあ、そう思った方が気分は盛り上がるだろうな」
ヴィーノは笑いながら、枝をパキパキ折り、投げ捨てた。
「トレセル、なんであの時、僕を守ろうと思ったの?」
「……守る価値があると思ったから、かな」
「え、僕を?」
「……ああ」
ヴィーノは頬を赤らめ、照れ笑いを浮かべる。
「そっか……ありがとう」
優しい風が吹き抜ける。
「じゃあさ、トレセル。昔の戦いで学んだことって?」
「責任を取ること。自分の選択に最後まで向き合うことだ」
「重いな……でも、僕も頑張らなきゃだね」
「ああ」
二人は再び歩き出す。風が草を揺らし、太陽が二人の影を長く伸ばした。ヴィーノは伸びをする。
「トレセル、僕も強くなるよ!負けないんだから!」
「……楽しみにしてるぜ」
毛玉の体を大きく伸ばし、尻尾で枝を折る仕草をするトレセルは、笑みを隠せないように見えた。
「ねえ、トレセル……強くなるために一番大事なのって何だと思う?」
「気合いと根性、そして仲間だ」
「ふーん、仲間か。僕たち、いい仲間だよね」
「……ああ、いい仲間だ」
小川に蹴った石が水面を濁す。風が二人の髪と毛を揺らし、夕陽が平原をオレンジ色に染める。
「トレセル、これからもずっと一緒に歩いていこう」
「ああ」
石を蹴り、枝を折り、語り合う。そんな些細な動作が、二人の絆を静かに深めていった。
過去の重さも、戦いの痛みも、すべてがこの瞬間の道のりに溶け込む。
風と光の中、二人は互いの存在を確かめながら、ゆっくりと歩き続けた。




