第12話 雷神の襲撃
朝の陽光が、果てしない草原を黄金色に染めていた。
風が草を渡り、波のように揺らめく。光の中をヴィーノが歩き、トレセルは隣にふわふわと浮かぶ。
「ここなら、見通しもいいね。敵がいても気づける」
「そうだが、油断はするな。開けた場所ほど、逆に狙われやすい」
トレセルの言葉に、ヴィーノは小さく頷く。
以前なら「平原は気持ちいいね」などと無邪気に笑っていただろう。
だが今の彼には、笑う余裕はなかった。
戦いを重ねるたび、自分の中で少しずつ何かが変わっていく。
「守られるだけの少年」でいることを、もうトレセルは望んでいないのだ。
ヴィーノは腕輪に触れる。
手の中に感じる冷たい金属の感触。それは、彼の戦う決意そのものだった。
その瞬間。
草原の光景が、まるで誰かが布を裏返したように暗転した。
黒雲が突如、空を覆い、稲妻が閃光の尾を引いて大地を裂く。
「……来る!」
トレセルの声が雷鳴の中で響く。
遠くの地平線に、一つの影。
それは人の形をしていたが、雷をまとい、常人ではありえない速度で近づいてくる。
地を焦がしながら、やがてヴィーノたちの目の前に現れた。
黒装束の男。瞳は青白く光り、髪の隙間から雷光が走っている。
「フェイドゥーラ様の邪魔をする愚か者ども……」
声が低く唸り、雷鳴に混じって空が震える。
「俺は『雷』のジン。雷霆の裁きを、受けるがいい!」
稲妻が、二人の目の前に落ちた。
眩い光と爆音。ヴィーノは反射的に身を伏せたが、衝撃波が土と草を吹き飛ばした。
熱気と焦げた匂いが、喉を焼く。
さらにジンは指先を空に向け、複数の雷球を散らすように発射した。
球体の雷が空中で跳ね、草を焼き、地面に深い溝を刻む。
一つの雷球がヴィーノのすぐ側で弾け、砂塵と火花が四方に飛び散った。
次々と降り注ぐ雷撃は、空気を裂いて地割れのような轟きを生む。
雷光が地面を焼き、草を燃やし、石片を砕く。
ヴィーノは伏せたまま機を伺い、トレセルは周囲の岩塊を盾にして隠れる。爆風で周囲の草原が押し流される。
耳鳴りの中、稲妻の衝撃と熱波が体を押し潰す感覚が襲った。
「ヴィーノ!」
トレセルが叫び、ヴィーノに近づこうとする。しかし次々と落ちる雷光が、空を裂いて行く手を阻む。
ヴィーノは必死に顔を上げた。
怖い。
けれど、それ以上に、トレセルを一人で戦わせることが怖かった。
あの人が自分を守って傷つく姿は、もう二度と見たくない。
「トレセル、無茶しないで!」
ヴィーノは腕輪を外し、高く掲げた。
トレセルはその合図を理解し、光の粒となって少年の胸へと飛び込む。
白銀の光が体内を駆け抜け、ヴィーノの瞳が深紅に染まり、髪の毛が白く変化していく。
内側から、炎のような熱が広がる。
「ここからだ!ペトロス!」
大地が応えるように震え、トレセルの拳が石化してゆく。
勇者は石の拳を振りかざし、雷撃の中を突き進む。
ジンが指を鳴らすと、雷柱が幾筋も地面を焼いた。
トレセルは岩の拳で雷撃をはじき、粉砕した土塊を盾のように前方へ叩き出す。
爆風と拳がぶつかり合い、大地が揺れる。
それでも彼は止まらなかった。
岩の拳を振るたび、雷鳴と衝撃波が拮抗する。地面がえぐれ、炎が舞う。
「雷を通さぬ拳か……悪くない!」
ジンは嗤い、紫電を帯びた短刀を抜く。
雷速の斬撃がトレセルの拳を削るが、トレセルは怯まず拳を前へ突き出す。
ヴィーノの意識は、融合したままの感覚の中でトレセルと一つだった。
拳を繰り出すたびに、心が震える。
戦うって、壊すことじゃない。守ることを貫き通すことだ。
「このまま押し切る!」
「ふん、やってみろ!」
刃と拳がぶつかり合い、轟音が平原を揺らす。
「隙あり!」
ジンが至近距離で雷撃を放つ。
「しまった、この距離では!」
だがその直後、ヴィーノの意識が身体を動かし、地面に手をかざした。
魔力で地面が隆起し、岩の壁が少年を包み込む。
落雷が壁に激突し、稲妻の網が四方に走った。
壁の表面が砕け、粉塵と雷光が入り混じる中、トレセルは拳を突き出して爆裂の波を押し返す。
「……あっぶねぇ」
雷光が壁に吸い込まれ、地に流れた。
「ぬう、岩の防御壁だと!」
「相棒が有能なんでな。じゃあ、今度はこっちから行くぜ!」
トレセルが足を踏み鳴らす。
地が唸り、岩が浮かぶ。尖った岩の槍が『雷』のジンを取り囲み、牙のように迫る。
ジンは雷撃を放つが、岩槍には通らない。雷光と岩片が絡み合い、閃光の爆風が視界を白く塗り潰す。
その中で、トレセルが新たな槍を作り出す。
「これで、とどめだ!」
(僕も、一緒に)
ヴィーノは、意識の中でトレセルの抱える巨大な岩槍に手を添える。トレセルにもそれが伝わったのか、笑みを浮かべた。
「おう、『二人で』あいつ目がけてぶっ放すぜヴィーノ!」
トレセルは叫び、槍を放った。
「うおお!」
雷と岩がぶつかり合い、空に白い閃光が咲く。
「これが……俺たちの力だ!」
「がは……っ」
岩の巨槍がジンの身体を貫き、黒い霧が立ちのぼった。
空の黒雲が裂け、光が降り注ぐ。
焦げた草の匂いが、やがて風に消える。
「……終わったな」
トレセルの言葉にヴィーノは微笑む。
もう日々怯えていた少年はいない。戦いを経て、彼の瞳には確かな意志が宿っていた。
「どんな影が来ても、僕たちは負けない」
「その言葉、忘れるなよ」
夕陽が二人の影を長く伸ばす。
焼け跡の平原に、静かな風だけが吹き抜けていった。




