第11話 さみしい毛玉
ヴィーノとトレセルは、道なき道を辿り、崩れかけた石段を越え、荒れた森を抜けていく。
急に目の前が開け、かつて戦争で使われた古い砦の廃墟が目に飛び込んできた。石壁は苔むして蔓が這い、他の冒険者の痕跡か、砦前の広場には焚き火の跡がある。
「今日はここで休んでいくか」
「うん」
二人は腰を下ろし、たき火に火を付ける。二人は火を囲み、今日の戦いを振り返った。
「僕、今日も……少し、強くなれた気がする」
ヴィーノが笑顔を見せる。
「……そうか」
少年の言葉に、トレセルの胸はなぜかざわめいた。
喜ぶべきなのに、どこか寂しさが混じる。ヴィーノが自分なしでも成長していくことを感じ、導く者としての自らの存在価値が薄れていくような感覚があった。
(弟子の成長をちゃんと喜べ、トレセル)
心の奥に、自己嫌悪が去来する。
その時、闇の中から黒い影が滑り出た。鎧をまとい、無言で襲いかかる影、『剣』のソドだ。動くたびに金属が擦れ合う音が鳴り、不気味な存在感を放つ。
「トレセル!」
ヴィーノが叫ぶ。
トレセルは白銀の剣となり、ヴィーノはその柄を握る。崩れた石壁や段差を利用し、空間を縦横無尽に舞う。石屑と火花の散る中、ヴィーノは必死に剣を振るい、トレセルは剣筋を微調整して支援する。
「行け、ヴィーノ!」
トレセルの声に呼応し、ヴィーノは渾身の一撃を放つ。ソドは吹き飛ばされ、影は消え去った。
「やった!」
ヴィーノは微笑む。
だがトレセルの表情は晴れない。胸にぽっかりと空いたような虚しさがある。
「もう俺、ただの武器でしかないんだな……」
ヴィーノはそっと手を置く。
「トレセル……?」
「しばらく放っておいてくれ」
トレセルはふわふわと立ち去った。一人になり、石壁にもたれて、視線を落とす。
「最低だな、俺……」
そのとき、地面から静かに緑色の蔓が伸び、トレセルに絡みついた。
「な、何っ!」
逃げる間もなく縛られ、毛玉は身動きが取れなくなる。
「ほほほ、私の蔓に触れるなんて、愚かね」
低く嗤う声。植物の蔓が絡み合い、人の姿をなした怪物が、二人の前に姿を現した。
「私は『蔓』のバイス。あなたとあのガキには、フェイドゥーラ様復活の養分になってもらいましょう」
バイスの蔓がトレセルをギリギリと締め上げる。
「くっ……こうするしかない!」
トレセルは詠唱する。
「ファイア・カウンター!」
体を包む炎の壁が、絡みつく蔓を燃やして消滅させる。トレセルは蔓地獄から抜け出すことができたが、地中の根は生きており、新たな蔓が次々と伸びてくる。
「ふん、簡単にはいかないわよ」
バイスが低く呻く。
その瞬間、ヴィーノが駆けつけてきた。
「トレセル、大丈夫?僕に任せて!」
トレセルは白銀の剣となり、ヴィーノがそれを握りしめる。
「ガキのほうか。あんたも養分になりなさい!」
「させない!」
ヴィーノは這い寄る蔓を次々に切り裂いていくが、切っても切っても蔓は無限に再生し続ける。二人は押し返されながら、反撃の糸口を探した。
「ヴィーノ……俺が炎を纏う、お前は剣で地面を吹き飛ばせ!」
トレセルの声が響く。
「わかった!」
息を合わせて、二人はタイミングを取る。
「ファイア・カウンター!」
トレセルの身体の周りで炎が勢いよく噴き上がり、剣となったトレセルの身体を包み込む。
「はっ!火炎剣・大地斬り!」
同時にヴィーノは燃え盛る白銀の剣を振るい、地面を切り裂いた。大地が砕け、地中に入り込んだ炎により、蔓の根が焼き尽くされる。
「なっ……!こ、こんな……!」
バイスが呻く。影は、蔓を再生させる余裕もなく黒煙とともに崩れ落ちた。
「一体どうしたのさ、トレセル、今日なんか変だよ」
月明かりに二人の息遣いだけが聞こえる。トレセルは剣の形から戻り、肩で息をつく。
「……俺にはもうお前に教えられることがなくてな。それが、情けなくて」
ヴィーノは少し驚き、そして静かに微笑んた。
「なんだ、そんなことで悩んでたのか。……じゃあ、親友になろうよ」
「親友……」
トレセルはその言葉を口の中で転がす。
「師弟とか戦友とか、そんな難しい感じじゃなくてさ、戦いでも日常でも、嬉しいことは二人で喜んで、悲しいことは分け合うの。ダメ、かな」
トレセルは嬉しそうに微笑んだ。
「親友……それいいな。これからも、一緒にやっていこうな」
「もちろんだよ、親友」
冷たい夜風が廃墟の砦の石壁を撫でる。だが、二人の心には温かな絆がしっかりと灯っていた。




