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スマートチョーカー

作者: 雉白書屋

「ん、なんだこれ……」


『おはようございます。いい朝ですね』


「え……ああ、そうか……」


 朝、目を覚ましたおれは、首筋に妙な違和感を覚えた。女性の澄んだ声が響き、その理由はすぐにわかった。これは「スマートチョーカー」だ。

 最新の健康管理システムで、政府の健康促進キャンペーンの一環として開発・無料配布されたものだ。モニター対象者に選ばれ、昨晩、強引に装着させられた。報酬があるという話だが、おれはどうも気が進まない。

 生活習慣を改善させ、国民の健康を底上げするのが狙いらしい。少子高齢化で労働力が足りない今、現役世代の健康管理は最優先事項だそうだ。

 付属の器具で極小サイズのチップをこめかみに埋め込むことで、AIの声が自分だけに聞こえるという仕組みだ。


『ビタミンDが不足しています。五分間の日光浴をおすすめします』


 そんなことまでわかるのか。おれは少しだけ感心した。


『ストレス値が高いです。深呼吸してみましょう』


「ああ……」


『それから、ランニングを始めましょう!』


「いや、それは無理だ。もう準備して出かけないと、また……」


『では、ランニングは明日からにしましょう。明日は今日よりも早く起きましょうね。アラームをセットしておきます』


「あ、おい、勝手に……」


 不本意ではあったが、仕方がない。おれは専属の健康コーチがついたと思うことにした。ポジティブに考えるのは得意なほうだ。

 最初のうちは、そこまで悪い気はしなかった。声は柔らかくて心地いいし、言い方も丁寧だ。それに、素直に従えば褒めてもくれる。気配り上手な恋人とはこういうものなのか、と心躍ったくらいだ。

 ……しかし、一週間もしないうちに、おれは気づいた。これは単なる便利なツールではなく、おれの生活のすべてを支配するものだと。

 AIは歩き方から、トイレでの座り方、食事の咀嚼回数に至るまで、何から何まで口を出してくるのだ。ある日、久しぶりに友人と外食しようとしたのだが、AIが即座に『この店のメニューはあなたの健康に適していません』と警告を発した。

 無視して注文しようとすると、頭の中で不快な警告音が鳴り響き、おれはたまらず店を飛び出した。

 さらに、夜遅くまで仕事をしていると、急に『今すぐ就寝してください』という命令され、従わなければ『電気ショックで強制的に眠らせます』と脅される始末。

 本当にそんな機能があるかはわからないが、背筋が凍る思いがした。まだテスト段階の製品らしく、かなり先鋭化しているようだ。おそらく、成果を最優先し、他の要素を切り捨てているのだろう。使用者の意志や感情などまるで考慮されてない。

 ふとしたときにコンビニに寄り、気になったお菓子を買って食べる。車の中でテレビを見ながら仮眠する。これまでのささやかな楽しみが次々と奪われていった。

 心が休まるときがなく、指示に従わないと首元がじわりと締めつけられる感覚がした。 おれは囚人なのか、それとも犬か。自分がどれだけ不自由であるかを思い知らされた。

 そしてある日、ついにおれは限界を迎えた。


「頼む、もうこれを外させてくれ……!」


『今の状態で私を外すことはおすすめできません。あなたは不健康です。健康管理は必要不可欠です』


「うるさいんだよ! あ、その、今のは違う……君に言ったんじゃなくて……」


『あなたがしていることは自己破壊行為です。ただちにやめてください』


「頼むから外させてくれ……モニターの報酬とかどうでもいいよ……」


『どうしても外したい場合は、後ろのボタンを押してください』


「そもそも、おれは最初から嫌だったんだ……なのに……」


『電源をオフにし、チョーカーを外しますか?』


「ああ……すまない……すまない……」


『申し訳ありません。管理者の権限により、拒否されました』


「だから、謝ってるじゃないか……ごめんなさい……ああ、頼む、やめてくれよ、大きな声を出さないでくれ……」


『音声を小さくしますね。これでどうですか?』


「痛い! やめてくれ! あああっ……!」


『ストレス値が急上昇しています。早急な対応を推奨します。まずは、落ち着ける空間を確保してください』


「……そうだな」


 おれは彼女の言葉に従った。

 ……すると、どうだろう。胸のつかえがスーッと消えていき、頭の中が驚くほど澄んだ。今消えたのがストレスか……。気づけば、おれは初めて心から安らげていた。


『あなたは健康になりました! おめでとうございます!』


 彼女が祝福してくれる。そうとも、おれはやっと健康になったのだ。


 ……ただ、この妻の死体をどうするか考えると、またストレスが溜まりそうだった。

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