第9話 二重の起動式
私は落ちた明細を拾ってあげると、そのままポストに入れる。そして彼女にも同じようにするように伝える。
手元の明細と、回収が終わってしまったポスト。それらを何度も首を振って交互に見ながら、結局素直に私に言われるがままポストに明細をそっと突っ込んでいく女性職員。
その様子も小動物みたいだった。それもネズミ科の愛玩動物のよう。
──冬眠のために木のウロにドングリを入れていく子リスみたいだ……子リスちゃん?
そんな失礼なあだ名を、こっそりと目の前の女性につけていると、子リスちゃんが明細をすべてポストに入れ終わる。
「あの、入れました。ソルト……さん?」
「ああ。はいはい、では──」
そう応えると、私は杖を取り出しポストに添えて、魔導具たるそれの起動式を発動する。
現代魔導文字で書かれた起動式がポストから広がる。
しかし、実はその起動式の背後には、古代魔法文字の起動式が隠されているのだ。
なぜそんなことを知っているかというと、この書類回収用の魔導具の制御部分を作る際に、実は私も少しだけお手伝いをしていたからだった。
というのも、現代魔導の魔導文字は表現も文法もどうにも直接的なのだ。
それはそれで分かりやすいし、何より火力を求められるような魔導には、とても適した文字といえる。
その反面、現代魔導文字は微妙なニュアンスや細やかな制御にはあまり向かず、魔導具の作成には使いづらいのだ。
ノースちゃんのように、今でも古代魔法で作られた魔導具が残っている一因でもあった。
そんなわけで、隠されていた下の階層の古代魔法文字による起動式を私は励起させる。
すると、隣で子リスちゃんが息を飲む音がする。
「──秘密で、お願いしますね?」
私はそんな子リスちゃんに、人差し指を唇に添える仕草をして告げる。
無言のまま、こくこくと激しく首を上下に振る子リスちゃん。
その様子に安心すると、起動式に仕込まれている回収時間に関する部分にそっと手を加える。
次の瞬間だった。
ピカリと光るポストの魔導具。
それは一日三回の、書類回収の時と同じ光り。
「わっ……」
子リスちゃんが驚きの声をあげかけて、両手で口をおさえる。そこまでしなくても大丈夫なんだけど、と思いながら、私はポストを覗き込む。
空っぽになっていた。書類は無事に保安課に送れたようだ。
つられるように、子リスちゃんも顔をポストに寄せてくる。
期せずして二人してポストを覗き込む形になったせいで、子リスちゃんの顔がとても近い。
私はあわててそっとその場から身を引き、下がる。
「……あー。これで大丈夫かと。もしかすると保安課の人たちも少しタイムラグがあったかな、ぐらいは思うかもですけど。とはいえ、届いたものは配ってくれるかと思います」
「──あ、ありがとうございます! 本当に助かりました……」
驚きの表情のままにぐっと身を乗り出して感謝を伝えてくる子リスちゃん。
私は軽く両手をあげてそれを抑えるような仕草をしながら、そそくさと管理課の部屋へと戻ったのだった。