第8話 日報と明細
「今日の日報も、完成っと」
私は特異点の処理の雑用を終え、管理課に戻ってきていた。
そしてのんびりと風を感じながら、自分の机で今日の日報を書き上げていたところだった。
幸い、定時までまだ少し時間がある。今日も残業せずに帰れそうだ。
事前に隙間時間で午前中の分の日報を書き終えてたおかげだなと、こっそり心の中で自画自賛しておく。
日々の仕事の細々としたところで、こうやって自分で自分を誉めるのは大事だと、前の職場で学んでいた。
「あの金髪の魔導騎士様の剣技、冴えてたよな。切れ味が鋭くて。おかげで処理が楽で良かった」
特異点だった物体は適切に処理しないと、その波及が止めどなくなるのだ。
その際に、綺麗に切断されているのは処理の過程としてとても重要だった。
ちなみに一番酷いのは、鈍器で殴って飛び散った場合。
もう、目も当てられない惨状になる。ほぼ残業確定だ。
──前の職場の脳筋上司がやらかしたときは……いや、やめよう。思い出したくもない。
飛び散った特異点が分裂して、そのまま波及し始めた過去の苦い思い出に、急いで蓋をする。
そして、私は書き上げた日報を宛名をつけた封筒に入れると、部屋から出て近くの提出用のポストにいれにいく。
──この時間なら、ちょうど夕方の局内便の回収に間に合うな。
部屋から出て、数メートルの距離に置かれた、局内便のポスト。ここら辺の課が共有しているポストで、書類を回収してもらう用のものだ。
そこに日報を投函する。
すると、ちょうど回収の時間が来たようだ。ポストが光る。私の管理課日報の入った封筒は、これでポストの中から消えたはずだった。
封筒は魔導局の地下に配置された保安部に送られ、そこから各送り先に今度は手持ちで再配送されるのだ。
「ああーっ。いっちゃった……?」
私が部屋に戻ろうと離れた背後のポストの方で、そんな声があがっている。
ちらりと後ろを見ると、大量の書類を抱えた眼鏡の女性が夕方の回収が終わってしまったポストの前でうなだれていた。
──あれは確か、総務経理課の人だっけ? あの書類の量、この時期だと……給与明細かな……ああ、だとすると……
「こんにちは?」
「あ、そ、ソルト、さん?!」
「それ、急ぎで出したいんですかね」
「え──。ああ、そうなんです。でももう、回収が終わってしまって……保安部に今から向かって持ち込んでも間に合わないって怒られちゃうから。なので、明細は配って歩きます……」
諦めたように笑顔をみせる経理総務課の女性。
その口ぶりだと、間にあわなかったのは初めてではなさそうだ。
そして、ものはやはり局員の給与明細のようだった。
──まあ、明細とはいえ、遅延は駄目だよな。私はなんとなく開けるのがめんどくさくて、封されたまましまいこんでるけど……
転職してからこのかた、溜め込んでいる明細書の封筒を思い浮かべていると、ペコリと頭を下げて書類を束を抱えて去ろうとする女性職員。
このまま、あの大量の書類を抱えて、魔導局内を回ろうとしているのだろう。
気がつけば私は彼女へ、声をかけていた。
「あのっ」
「はい?」
「実は、それ、なんとかなりますよ」
「……えっ?」
不思議そうに首をかしげる女性職員。
眼鏡の奥の瞳が真ん丸になっている。
抱えた書類が一部、パタパタとこぼれ落ちていく。
「はわっ!」
書類を落として慌てたその様子はどこか小動物のようで、なんだか少しだけ、可愛らしかった。