第5話 sideガーベラ
グリンハイムは誇り高い天魔だった。
魔物生物課、略して魔生課で飼育しているなかでも一二を争う実力と、それに付随した気位の高い天魔で、主人と認めたリリー課長と、『深淵に最も近き者』『魔の申し子』『賢人』との呼び声が高いソルト様しかその背には乗せないほど。
それゆえに、世話する僕たちも細心の注意を払って、グリンハイムには接するようにしていた。
「ガーベラサブチーフ、毛並みは整えました。鞍はどうされますか」
「僕がやります。皆は補佐をお願いします」
「御武運を」
学園を卒業してはや三年、天魔の扱いに才能を見いだされて女性としては異例の早さでサブチーフとなってから一年。
グリンハイムの性格はだいぶ把握している自負がある。
そして、グリンハイムに接するにあたって、このタイミングが、一番慎重になる必要があった。
天魔はその名のとおり天を駆ける。
故にその背につける鞍は、最大限乗るものを安全に固定できるように、それぞれがオーダーメイドで作られていた。
つまり、知能の高い天魔は、その鞍を見るだけで誰が自分に乗る予定なのかわかるのだ。
ソルト様専用の鞍を見れば、グリンハイムなら、ソルト様がもうすぐ来るということをたちどころに理解する。
問題なのは、グリンハイムがソルト様のことを好き過ぎることだった。
明らかに主たるリリー課長よりもソルト様へ懐いていた。
グリンハイムのリリー課長への態度は、僕から見てもいわばビジネス的なパートナーシップを結んだ相手に対するような感じだった。
その一方で、グリンハイムのソルト様への態度はまさに恋する乙女のそれなのだ。
僕が今腕に抱えている鞍を一目見るだけでグリンハイムは落ち着きがなくなる。
鞍を装着しようとして近づこうものなら興奮のあまり、その翼と尻尾が無意識のうちに暴れだすほど。
そして魔物として高い身体能力を誇るグリンハイムの翼と尾の一撃は、対応を知らぬ人間なら容易に大ケガを負わせられる威力を秘めていた。
僕も鞍を抱えたまま、防御陣の起動式を複数同時に展開する。
この魔導具なしでの起動式の展開は、魔生課の職員の必須技能だった。
いちいち手に魔導具を持っていたら、仕事にならないし、アクセタイプの魔導具だって作業の邪魔になるからだ。
僕は最後に自分の身を包むように展開した三重の防御陣を目視で確認すると、グリンハイムの正面へと進み出す。
背後からは、絶対に近づいてはいけない。
グリンハイムの後ろ蹴りは、一撃で僕の三重の防御陣を貫通する威力があるから。
そうして、僕の抱えた鞍をみたグリンハイムが、目の色を変える。
その瞳には、興奮と、高揚と、多幸感すら宿っている。
基本的に深淵に近いとされる人物はあらゆる天魔から好かれるのだが、グリンハイムほど高位の魔物にここまで愛されるのは、さすがソルト様としか言いようがなかった。
──人間の僕から見ても、ソルト様は素敵だけどさ。こんなグリンハイムを見ちゃうと、やっぱり考えちゃうよな……。
僕はそんなことを考えながら、グリンハイムの背に、鞍をつけていく。
「グリンハイム、しめるよ」
興奮に耐えきれないようにはためく二対四枚の翼を掻い潜りながら、僕は帯をしめ、金具を固定する。もちろん、声かけするのも忘れない。
いくら防御陣を三重に張っているとはいえ、しょせんは保険なのだ。
ダメージをくらわないに越したことはない。
とはいえ、どうしても防御陣へ、翼のはためきが掠めてしまう。
そんなダメージが積み重なって、結局僕が鞍をつけ終わった時には、二枚目の防御陣が半壊していた。
緊張しながらの肉体労働で、すっかり体が暑い。僕は急いで安全圏まで避難する。
──ふぅ。最後の一枚の防御陣に届かずにつけ終えれた。僕も、成長しているみたいですね。
そんな自身の成長を自分で誉めていると、リリー課長から言われていた時間通りにソルト様が厩舎へと現れた。
その姿を一目見て、あれほど暴れていたグリンハイムがすっと、しおらしくなる。そのまま近づいてきたソルト様に甘えた仕草で媚を売り始めるグリンハイム。
──良いところ見せようとしてる……本当に乙女みたいですね、グリンハイム。
そんなグリンハイムを観察していた僕だが、騎乗者への報告も業務の一環なので、恐る恐るソルト様とグリンハイムの方へと戻る。
ソルト様とお話できるのはぶっちゃけ嬉しいが、あまり親しげに話しかけると後でグリンハイムが怖い。
その兼ね合いで、不本意ながらどうしても事務的に話しかけることになってしまう。
「あ、ソルトさんっ! リリー課長から伺っております。グリンハイムの準備は万全です!」
そんな僕にも優しくお礼を告げてくれるソルト様。
そして颯爽とグリンハイムにまたがると、ソルト様は天へと飛びって行かれてしまう。
そのお姿は一幅の絵画のようで、とても美しい。
気がつけば僕の周りには同じ様にソルト様たちを見送る魔生課の仲間たちが集まり、僕と同じ様に天を仰ぎ見ていた。
皆、気持ちは同じなのだろう。
この天魔に跨がった颯爽としたお姿のソルト様を見る度、僕は自身の魔生課の仕事に、ふつふつと誇りが沸いてくるのだった。




