第2話 sideミゼッタ=リーン
──わっ、ソルト様がいらっしゃった! ついてる!
北の塔の詰所に、午前中のこの時間に待機となってい魔導騎士のミゼッタ=リーン。
彼女は自分の幸運を喜びながら、はやる気持ちを抑えて立ち上がる。その喜びを表すかのようにポニーテールにした金髪が、ぴょんと跳ねる。
高鳴る胸の鼓動。顔が紅潮して蕩けそうになるのを必死に自制するミゼッタ。
足が向かう先は、もちろん北の塔へと訪れた魔導師ソルト様の方だった。
管理課に所属する魔導師ソルト様は、その危険性から極々一部の適正ある人間しか扱えない古代魔法の第一人者であり、若くして『深淵に最も近き者』と呼ばれ始めた、偉大な魔導師だった。
ソルト様が所属する管理課自体が、非常に危険性の高い物品を管理、制御する、魔導局局長の直轄部署であり、あまりに危険性の高い物品を扱うため彼しか管理課に所属していないそうなのだ。
まさに魔導局局長の懐刀的な存在だった。
その憧れのソルト様が、一日に一度、必ずミゼッタの所属する魔導騎士の詰所を通る。
せめてこのチャンスに、挨拶だけでもかわして、そのお声に耳を傾けられたらと、彼女の気持ちが逸るのも致し方なかった。
ソルト様は危険性の高い物品の管理以外にも、どうやら特別危険な任務を複数こなされているようで、魔導騎士の詰所に立ち寄る時間が日によって不定期なのだ。
──落ち着いて、落ち着いて、ミゼッタ。貴族の娘として生まれ培ってきた気品と礼節を総動員するのよ。ソルト様に接するときに守らなければならない十ヶ条を思い出して。それを完璧に実行しなければ。
それは『深淵に最も近き者』ソルト様を魔導局へと招聘した人物から、魔導局の全局員へと通達されていることだった。魔導の深淵に到る可能性を邪魔しないように、ソルト様と接するときはその十ヶ条を厳守するよう、魔導局の局員たちは局長からも厳命されていた。
──はあ、ソルト様と学園でご学友だったなんて、本当に羨ましい。私も、その時代に学園に通ってみたかったな……。
緊張のあまり思考がそれかけたところで、気がつけばソルト様がミゼッタの目の前にいた。
──はわわっ
心のなかで、盛大に噛みながらも、上辺だけはほぼ冷静に挨拶をしてのけるミゼッタ。
「あっ、ソルトさん! お、おはようございますっ。今日もお疲れ様です!」
「おはようございます。お邪魔しますね」
そのミゼッタの挨拶に、笑顔で返事をしてくれるソルト様。
──やった! 挨拶できた。ソルト様の、少し険のある笑顔も、相変わらずとっても素敵……
笑顔に見惚れ、高まる鼓動で、もうそれ以上しゃべれなくなるミゼッタ。
ソルト様は笑顔を浮かべたまま塔の上へと向かっていく。ミゼッタは、自身の痛いほどうちつける胸の鼓動を、思わず片手で押さえかける。しかし直前でその手をひるがえして、胸元で小さく手を振ってみる。
──あっ、ソルト様の笑みが少しだけ深くなった! やった! うわっ、ソルト様の会釈、可愛い!
さらにテンションの上がるミゼッタ。
今日はこれだけでいつもよりも魔導騎士としての務めに邁進できそうだった。
ソルト様が塔へと上がりその姿が見えなくなったところでちょうど詰所待機が交代の時間となってしまう。
──ああ、残念。ソルト様が塔から降りてくるところも見たかったのに……。
そんな内心をおし殺して、詰所待機のために戻ってきた先輩の女性魔導騎士に、規定通りの引き継ぎをしていくミゼッタ。
最後に、ソルト様が魔導具の点検に塔へと訪れていることも、しぶしぶ伝える。
「まぁっ」
ミゼッタの報告をきいた先輩の顔が一気に華やぐ。思わず漏れでた様子の声のトーンも、いつもより二オクターブは高い。
まあ、それも当然の反応だろう。
ミゼッタはその先輩のソワソワとした様子を複雑な気持ちで眺めながら、午後に予定されている遠征の準備をするため、詰所待機の任務から離れるのだった。