第15話 お家へ
「ソルトさん、顔色が真っ青です。近くで少し休まれていきますか?」
「──いや、ありがとう。でも、大したことないから。家もそんなに遠くないし」
「私がそちらの子犬を預かります」
「ああ、じゃあ、お願いしようかな」
子リスちゃんと金髪さんがなぜかその場に残って、私に代わる代わる気遣うようなことを言ってくれる。
私は言われるがままに子犬を金髪さんへ渡す。子犬も金髪さんの胸に抱かれて大人しくしていた。
──金髪さんは、犬が苦手じゃなかったんだ。良かった。あれ、誰か犬が苦手な人が……どうしてこうなったんだっけ……
少し、記憶が混濁している。
これには覚えがあった。
私が自分自身にかけている古代魔法の一つが自動発動したのだろう。
たぶん、何か強いストレスのかかる出来事があったはずだ。その心理的負荷に反応して、記憶に介入するように保険としてかけていた古代魔法が発動し、関連する一連の記憶に霞がかかったかのようになっている。
──ああ、リリーさんがいた気がする。……これ以上は、考えない方がいいな。
子犬を見て顔をひきつらせたリリーさんの記憶の先が曖昧だった。
頭が痛い。
たぶん、これ以上は思い出そうとしない方が良いかなと思いながら、ふらふらと自宅へ向かう。
おぼつかない足どりながらも自宅へと到着する。借家ながらに居心地のよい我が家。
「──あの、ミゼッタさん?」
「──どうしました? ええと?」
「──ハリークルです。総務経理課の。それで、あの、ソルトさんのお家にまで入るんですか?」
背後で金髪さんと子リスちゃんが話している声が漏れ聞こえてくる。
「ああ、二人とも、心配してくれてありがとうございます。──あーお茶でも……?」
ドアを開けたところで、私はさすがにこのまま帰すのはあれかもと思いつつ、口にする。そして口に出してから気がつく。
──あ、逆に誘うの、迷惑だったか。頭いたくて、判断、間違えた……
金髪さんと子リスちゃんと私の間に流れる微妙な沈黙。
二人の表情も無表情で、良く読み取れない。
ただ、その二人の瞳だけは、きらきらと輝いているように見える。とはいえ、それも私の頭痛が見せる見間違いだろう。
そのなんとも言えない沈黙の間が、金髪さんが抱えたままの子犬が急にその腕の中から飛び出したことで破られる。
「あっ!」
飛び降りた子犬がドアをすり抜けるようにして私の家の中へと入ってしまう。
それを追いかけようと一歩、踏み出した金髪さん。
ピタリとそこで足を止めると、金髪さんは一度、子リスちゃんが顔を見合わせる。その後、私の方を向くとゴクリと喉をならしてから金髪さんが告げる。
「──あの、お邪魔させて頂きます」
「あ、はい。どうぞ……」
私がドアを開けたところを二人も通り抜けて、家の中へと入ったのだった。




