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騎士の願いは成就する

最終話です

 その日は、朝から落ち着かない気分だった。


 セルディオ殿下に、クラウディアが今日の夕刻には王城に到着するだろうと聞いて、ついつい城門が見える塔まで何度も足を運んでしまい、ケビンに「今日はもうあがって、門の近くで待ってろ!」と夕刻前には執務室を追い出された。


 だから、日暮れ前に王城に入って来た6騎程の騎士の中に、輝くような長い金髪が見えた時には、思わず駆け出していた。


「クラウディア!」


 華奢で小柄な金色の長い髪の女性が、俺の声に小さく肩を揺らす。

 そして、ゆっくりと振り返ったその時には、クラウディアをもう俺の腕の中に閉じ込めていた。

 俺のクラウディアが、無事に帰ってきた。


「エリオット。会いたかった」


 クラウディアの腕が俺の背に回り、縋るように上着を掴む。胸に込み上げてきた熱が、俺の眼の奥まで熱くする。


「君が無事で、本当によかった」


 不安だった。

 無事だろうか? 辛い思いはしていないだろうか? 泣いていないだろうか?

 ちゃんと変わらずに、俺の腕の中に戻って来てくれるだろうか?


 でも、今、再会して全て杞憂だったと、理解できた。

 クラウディアは、ちゃんと俺の所に戻って来た。

 俺はもう一度クラウディアを抱きしめて、そっとその身体を離す。

 クラウディアも俺の意図を察して、俺の隣に並んで立った。


「シリウス・メレディス殿、貴殿と辺境伯家の皆様には世話になった。礼を言う」


 近衛騎士シリウス・メレディスと、辺境伯の騎士達に向かい合い、俺は、胸に手を当て軽く頭を下げる。

 すると、シリウスと騎士達は、敬礼をもってそれに応えた。


「いえ。彼女を無事に、ハワード隊長のもとにお連れできてよかったです。私はこれで。

 クラウディア、幸せにね」


 以前、鍛錬場で彼に出会ったときとは打って変わって、晴れやかな笑顔だった。

 最後にクラウディアへの言祝ぎを紡いで、彼らは踵を返す。


「シリウス・メレディス様、ありがとうございました」


 その後姿に向かって告げられたクラウディアの声に、シリウスは顔だけで振り返り、小さく頷いて去って行った。




 その日、俺達二人は伯爵家のタウンハウスへと戻った。

 翌日の舞踏会の準備があるため、クラウディアは家に泊まった方が、効率が良いからだ。

 ……いや、俺がクラウディアと離れたくなかったからだ。


 クラウディアが疲れているからと、両親や兄夫婦との挨拶もそこそこに、侍女達に一旦クラウディアを預け、落ち着いた所で、俺達は彼女の滞在する部屋で夕食を摂ることにした。


「どこも怪我したりはしていないか? 体調が悪かったりは?」


 湯を浴び、軽装になって寛いだ様子のクラウディアに、俺は改めて尋ねた。


「大丈夫ですよ。怪我しても自分で治せますし、辺境伯家で良くしてもらったので、体調も問題ありません。馬に乗っての旅も、順調でした。

 エリオット、たくさんご心配かけて、すみませんでした」


「いいんだ。こうやってまた君に会えた。本当によかった」


「私、そんなに危なかったんですね」


「いや、あの……」


 しまった……

 ただ彼女が心配なだけだったのだが、余計な気を使わせてしまったようだ。

 申し訳なさそうに笑うクラウディアに、上手いフォローの言葉が出てこない。


「殿下もシリウスも、その事に私が気が付かない位、守ってくれていたんですね。

 貴方も、証拠集めにずいぶん奔走してくれたと聞きました。私は、本当にただ守られていただけだった。

 エリオット、ありがとう。お陰様で無事に戻ってこれました」


 感謝されるのは嬉しいけれど、君は何も悪くないし、ただ守られていただけでもない。


「クラウディア、君はダボスを救ったよ?」


「殿下や今回派遣された救援部隊、皆で成し遂げた仕事でした。

 私ね、これでも結構怒っているんです。デーメル侯爵家のこと、絶対に許せません」


 落ち込んでいたわけでは無いらしい。

 クラウディアは今回一番の功労者であるのに、それを誇示するわけでもない。

 そしてどうやら、彼女はそれなりに腹を立てていたようだ。

 謙虚だけど、怒れるクラウディアも格好いいなあと、つい見惚れてしまう。


「ああ。そうだな。

 明日の舞踏会前に、王城の謁見室に、侯爵家とうちに呼び出しがかかっている。デーメル侯爵は、王家が俺とアーデルハイト嬢の婚約を認めたと思っているんだろう。

 クラウディア、反撃と行くぞ」


「はい」


 勇ましい返事が頼もしい。

 明日、俺達がデーメル侯爵家を潰してやる。





 舞踏会は夕刻から夜にかけて開催される。

 だがその前に、今回の騒動に関して国王陛下が裁定を下すため、関係者が謁見の間に召集されていた。

 デーメル侯爵には、要件を伝えずに呼び出しをかけたらしい。

 その後舞踏会へと出席する者も多いため、謁見の間に集められた者たちは、いつもより華やかな服装だ。


 壇上には、陛下を筆頭に、王妃殿下、セルディオ殿下が並ぶ。

 壁際には一部衝立が置かれているが、今回の救援部隊隊長、近衛部隊隊長、宰相、貴族会代表等の他、デーメル侯爵家当主夫妻と娘のアーデルハイト、ハワード伯爵家は当主夫妻と俺だ。

 謁見の間の中央に、デーメル侯爵家が進み出た。


「陛下と殿下方に新年のお慶びを申し上げます。この度は謁見の機会を賜り、感謝致します」


 デーメル侯爵が礼を取り口上を述べ、陛下が無表情に答えた。


「待ちかねたぞ、デーメル侯爵」


「はっ」


 陛下は50歳を少し越えたばかりだが、覇気も活力もある偉丈夫だ。鷹揚に応える声にも威厳が漂う。

 一方、同年代の侯爵は、身分が下のものに対して態度が大きく、選民思想のある男だった。


「此度、そなたに幾つかの罪状が挙がっている」


 だが続いた陛下の言葉は、侯爵の予想外の言葉だったのだろう。

 ゆっくりと顔を上げ、目を眇めて陛下を見た。


「なんのお話でございますか? 今日は、ハワード伯爵家エリオット殿と我が娘アーデルハイトとの婚約についてでは?」


「そなたこそ、何を言っている? セルディオ頼む」


 陛下が傍らにいたセルディオ殿下に声を掛けると、殿下が一歩前に出た。


「はい。デーメル侯爵の罪状について、申し上げます。

 一つ、この度デーメル侯爵家は、隣国ザルツ国と結託し、ダボスでの疫病蔓延を引き起こしたこと

 一つ、ダボスに派遣された治癒師クラウディア・ノーズレイン嬢の殺人未遂

 一つ、ハワード伯爵家に対する恐喝と虚偽の事実の吹聴

 以上三つの罪状とその証拠をここに」


「なんだと! 出鱈目を言うな!」


 挙げられた罪状と、書類や魔道具を並べられ、侯爵が激昂した。

 しかし陛下の声が、彼を一喝する。


「黙れ! ザルツ国と共謀し、ダボスに疫病を人為的に持ち込むなど、国家叛逆罪だ! 彼の国はセルディオの暗殺まで企てていた。よもやお前もそこに加担したのではあるまいな?」


「いえ、決して殿下のお命を脅かしたりなどしていません。あの治癒師の小娘のことは、娘が……」


「お父様、そんな! 私はただあの女が王都からしばらく姿を消せば、と」


 しまいには、娘に責任を押し付ける始末だ。

 さすがに陛下も呆れている。


「阿呆、やったのが娘だろうが、そなただろうが、侯爵家の責任だ。お前は家長だろうが。

 その為に罪もないダボスの市民の命を危険に晒し、奪った罪、そして、救援に駆け付けた治癒師を手に掛けるなど、許されることではない」


「陛下、全てはあの女が悪いのです。私が最初に、エリオット様から身を引くように忠告したのに」


 当然のように堂々と言ったアーデルハイト嬢に、周囲の人々からも冷たい視線が集中した。

 愚かな女だと思う。どうしようもないくらいに。


 陛下も大きなため息をついて、衝立の方に視線を向ける。


「ノーズレイン嬢、許す」


 俺はそこまで進んで、衝立の後ろから現れたクラウディアの手を取った。

 今日の彼女は、金色の髪を結い上げ、黒の精緻なレースが美しい華やかなドレスを纏い、俺の瞳の色と同じサファイヤのネックレスとピアスを身に着けた、美しい貴婦人だ。金色の髪と白い肌がドレスによく映えて、蒼い大きな瞳が輝き、整った顔立ちを理知的に見せている。

 クラウディアは、俺にエスコートされて陛下の前に進み、壇の下からカーテシーを取った。


「お前は! 何故ここに⁉」


 アーデルハイト嬢が、目を吊り上げて声を荒げる。

 クラウディアは後ろを振り返り、侯爵とアーデルハイト嬢に対峙した。

 俺はクラウディアの横に立ち、彼女の背に手を添える。

 クラウディアは、アーデルハイト嬢をまっすぐに見て、口を開いた。


「セルディオ殿下と近衛騎士の方に匿っていただいておりました。

 アーデルハイト様、私を退け、害したいという我儘で、ダボスの皆様がどれだけ苦しんだのか、貴女は知らないのでしょうね」


 淡々と落ち着いた、よく通る声だ。小柄で華奢な彼女だが、こうしてドレスアップして、姿勢よく話す様は、気品がある。


「私とエリオット様が結婚するための僅かな犠牲など、問題ではないわ」


「男爵家の娘の分際で、何故お前がそんな偉そうなのだ!無礼だぞ!」


 対する、高位貴族である侯爵家の父娘は、態度も台詞も酷い。貴族の矜持を履き違えた馬鹿だ。侯爵の妻だけが、彼らの後ろで頭を下げ身を縮こませている。

 陛下が息をついて、首を大きく横に振った。


「侯爵、クラウディアは、我が国になくてはならない優秀な治癒師だ。身分ではない。愚かなお前には、理解出来ないのだな」


 そして俺は、クラウディアの肩を抱き、彼女に寄り添う。


「クラウディアは、私の婚約者だ。私とアーデルハイト嬢との結婚は無いと、何度言えば理解できるのか」


「馬鹿な。たかが、一介の治癒師など」


「デーメル侯爵様、魔獣討伐のご経験は?」


 吐き捨てた侯爵に、クラウディアが静かに尋ねた。


「はあ?」


 馬鹿にしたようにクラウディアを睨み付けた侯爵に臆すること無く、彼女は続ける。


「春から秋まで、この国の至る所で起こる魔獣被害は、民達の日々の生活を脅かし、死者が出ることもある災害のようなものです。それを防ぐ為、魔獣討伐部隊や兵団の方々は、命を懸けて民の生活を守っています。その守るべき民の命を奪い、危険に晒すなど。

 あなた方は、今回それを踏みにじるような真似をしました。そして、氷龍の加護を持つ騎士の力は、私利私欲のために使われるものではありません」


「小娘が、何を分かったようなことを」


 駄目だ。この男には、何を言っても届かない。

 ならば、自分がいかに矮小で身の程知らずなのか、身を持って知れば良い。


「貴方が小娘と侮った私の婚約者は、精霊魔法の遣い手であり、この国一の治癒師だ。これまで多くの騎士や兵士達の命を救い上げ、今回は疫病を抑え込んだ。貴方より、余程国に貢献している。

 これ以上彼女に、クラウディアに、危害を加えたり侮辱することは許さない!」


 氷龍の力を纏った魔力が滲み出て、威圧とともに侯爵に向かっていく。


「「ヒッ……」」


 侯爵とアーデルハイト嬢が、揃って尻餅をつき、後ずさった。


「エリオット、陛下の前だ。少し力を抑えてくれ」


「悪い……」


 セルディオ殿下に止められて、俺はハッとしてクラウディアを見た。

 彼女は、仕方なさそうに微笑んでいて「大丈夫よ」と声に出さず口だけで答え、全く影響は無さそうだ。

 しかし、威圧を感じた周囲の人々の視線は恐れの混じるもので、俺と視線が合うと、スッと逸らされてしまう。まあ、俺に対する一般人の反応は、こんなもんだ。


「陛下」


 宰相から陛下へ、この場の収拾を促す声がかかる。


「うむ。デーメル侯爵家を拘束し、証拠を元に厳重な取り調べを行え。裁定は追って申し渡す」


 控えていた護衛兵達が現れ、侯爵家夫妻と娘を拘束し、引き摺るようにして謁見室を出て行った。

 それを見送って、今度は治癒部隊長のジェイドが、陛下に尋ねた。


「陛下、今回の騒ぎの一端となったザルツ国への制裁は、どうなったのでしょう?」


 確かに非常事態とは言え、今回救援部隊は、年末年始の休みを返上で事態の収束にあたったのだ。それが、仕組まれた人災と聞いて、腹も立つだろう。

 陛下がチラリとセルディオ殿下を見ると、殿下は頷いて口を開いた。


「ああ。証拠を並べて、魔獣討伐援助や農作物輸出条件を引き合いに、たっぷり脅しておいた。しばらくは我が国に手を出す余裕が無い程度の賠償金を支払わせたから、結構な経済的打撃は与えたつもりだよ。

 もちろん、一部は今回の救援部隊に特別手当として、支給しよう」


「ありがとうございます」


 そうして裁定は終了し、謁見室には、陛下とセルディオ殿下、俺達とハワード伯爵当主夫妻が残り、他の者達は全て退室した。

 代わりに入室してきたのは、ノーズレイン男爵夫妻と、クラウディアの弟である嫡男だ。


「エリオット・ハワード、クラウディア・ノーズレイン。

 此度はデーメル侯爵の陰謀を暴き、ダボスの街を救ったこと、素晴らしい働きであった。

「氷龍の魔王」の威圧、なかなかすごいな」


「失礼しました」


 陛下の言葉に、俺は目を伏せて謝罪する。だが、軽く手を振って「褒め言葉だよ」と笑われた。

 先程と比べるとずいぶん気安い感じだ。


「エリオット・ハワードの願いにより、ハワード伯爵家三男エリオットとノーズレイン男爵家長女クラウディアの婚約を認めよう」


 貴族家同士の婚約や結婚には、形式的だが陛下の承認がいる。俺とクラウディアの場合も同様だった。

 しかし……

 俺は、顔を上げ、それに異を唱えようとしたところで、セルディオ殿下が割って入った。


「父上、エリオットの希望は、婚約ではなく結婚です」


「「え?」」


 陛下とクラウディアの声が重なった。

 俺は陛下に向かって跪き、許しを請う。


「陛下、私は此度、彼女との結婚の為に働きました」


「ちょっと、エリオット」


 クラウディアの慌てたような声が、俺を止める。

 確かに、婚約も承認されないうちに結婚は、通常ではあり得ない。各家の事情にもよるが、一般的には半年程度の婚約期間を置いた後、結婚許可証が発行される。

 そして、陛下の結婚許可証さえあれば、あとは本人同士と両家の家長のサインが入った婚姻届を提出することで、正式な夫婦として認められるのだ。

 俺は、今回セルディオ殿下に、クラウディアとの最速での結婚を願っていた。


「クラウディア、君のご両親にも話は通してあるんだ。俺の願い、聞いてくれないかな?」


 当然、男爵家には事前に事情を説明し、クラウディアの安全の為にも……と伯爵家から根回しして、了承を取り付けてある。

 確かに、許可証のことはクラウディアに説明せずに決めてしまったけど、結婚自体は申し込んだよね? と半ば縋るようにお願いした。

 だって、君はこれからもずっと、俺のことを好きでいてくれるんだろう? 


「……わかりました。お受けします」


 クラウディアは最初半信半疑だったんだろうけど、なんとか俺の本気をわかってもらえたらしい。

 少しだけ瞳を潤ませて、幸せそうに微笑んだ。


 クラウディアから承諾の返事も貰えて、俺は改めて陛下を見上げる。

 陛下は頷いて、セルディオ殿下から出された結婚許可証にサインをした。


「では、エリオットとクラウディアの婚姻を認めよう。今回の褒賞と祝い金も用意した。二人とも、我が国の民の為に今後もよろしく頼む。末永く幸せにな」


「「ありがとうございます、陛下」」


 俺とクラウディアは互いに手を取り合い、揃って頭を下げた。




 舞踏会は、国王陛下の新年を寿ぐ言葉で開会した。

 侯爵家が引き起こした一件については、後日罪状と処分が決定した上で公表されることになる。


 俺がクラウディアを伴って舞踏会の会場に入り、周囲の人々に結婚が決まったことを告げると、俺達のことを知る人達からは、たくさんの祝いの言葉をもらった。

 その中には、ユーシス・ファルデン夫妻や、シリウス・メレディスもいた。ケビンとアリアーヌ夫人は特別に喜んでくれた。

 遠巻きには、好意的な視線ばかりではなく、羨望とか妬みなんていうのも一部混じってはいるが、大方誤った噂は払拭されたと思う。


 俺達は数曲踊った後少し休憩しようと、飲み物と軽食を手に着席スペースへと移動する。

 空いていた二人掛けのソファーに並んで腰掛けると、手に持っていたものをテーブルに置いた。

 彼女に寄り添い、可愛らしい耳元に唇を寄せて、小声で囁く。


「ああ、やっぱり、君が綺麗すぎて視線が鬱陶しいな」


 すると、真っ赤になったクラウディアが、耳を押さえて俺のことを睨んでくるのが、すごく可愛い。


「視線は、私じゃなくて、貴方のせいですよ。それに、どさくさに紛れて結婚まで。しかも根回し済みなんて……」


 俺は、ちょっと叱られてる?

 でも、あんな幸せそうに笑っていたし。

 あ、もしかして、結婚式の心配?


「それについては、悪かった。でも、これ以上周囲に邪魔されるのは嫌だったんだ。

 婚姻届は明日にでも提出するけれど、ちゃんと結婚式はする予定だし、それまではこれまで通り恋人として側にいてくれればいい。

 でも、法的に妻であれば、クラウディアはもう俺の家族だ。何かあれば真っ先に助けに行けるし、簡単に別れたりは出来ないだろ? 家名だって同じになる。陛下が承認してくれたんだから、誰も文句は言わない」


 そう。

 恋人なんていう不確かな関係に、俺が我慢できなかっただけ。

 互いに湧いて出る虫も鬱陶しいし、何かあった時には一番近くで寄り添いたい。


「私、今回、ずいぶん心配かけちゃったんですね」


「無事なのは知ってたよ。でも、メレディス辺境伯家のシリウスに匿われていたのが、心配で」


「彼は、紳士でしたよ?」


「うん。わかってる。でも、感情は別物だよ、奥様。君の夫は、少々ヤキモチ妬きなんだ」


 なにせ龍を飼っているからね、とは言わないでおく。


「まあ、じゃあそんなこと考える隙がないくらい、誰よりも夫を愛してるって伝えないと」


 でも、クラウディアはそんな俺の気性も含めて、愛してくれる。

 本当に、君を捕まえられてよかった。

 君にちゃんと出会うまで募らせていた俺の恋心も、やっと報われて、君の隣に在れることに幸せを感じてる。


「あと、明日からしばらく休暇をもぎ取ってあるから、付き合って欲しいところがあるんだけど」


「はい。どこです?」


「王都に君との新居をいくつか見繕ってある。君が気に入る屋敷を選んで欲しいんだ」


 軽食を口にしていたクラウディアが、動きを止める。

 俺は彼女の皿を取り上げ、代わりに果実水を差し出した。

 それをコクリと飲み込んで、クラウディアがゆっくりともう一度俺を見上げる。


「……式まで、恋人としてって言ってませんでした?」


「いや、ほら、式もそんな先を考えている訳じゃなくて……先に俺が住めば良いかな?と」


「エリオットを一人で王都に残しておくと、先走ってしまうことが、良くわかりました」


 はあ~と肩を落としてうつむいた彼女に、俺はちょっと不安になる。さすがにやり過ぎた?


「あの……クラウディア?」


 怒っている訳じゃなさそうだけど……と、しばらく彼女の反応を待っていると、顔を上げたクラウディアは、綺麗に笑っている。


「仕方ないですね。驚いてはいますけど、嬉しいというか、幸せなんです。

 せっかく両親も来てくれて、ハワード伯爵様との顔合わせも出来ましたし、明日は皆で食事会でもしてくだされば、休暇中の引っ越しもいいかも知れませんね」


「それって?」


「家族が賛成してくれるなら、一緒に暮らしましょうか」


 やっぱり、クラウディアは最高だ。

 俺はあふれる気持ちのまま、彼女を抱きしめる。


「クラウディア、愛してる」


 だけど彼女は、俺に釘を差すことも忘れていなかった。


「結婚式のことは、ちゃんと二人で話し合って決めましょうね?」


 俺は約束の代わりに、彼女に口吻を落とした。

暴走気味のエリオットの回でした。

長年の恋煩いからの、やっと恋人同士になったのに、邪魔が入りすぎて暴走しました。

一旦完結です。

結婚すれば落ち着くと思うので、そのうち機会があれば、通常運転の氷龍の魔王様の活躍が書ければいいなと思います。

ありがとうございました。

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