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治癒師とかつての恋人

 メレディス辺境伯領の邸宅にお邪魔して5日が過ぎた。

 私は、本邸の客間に滞在しながら、せめてものお礼に、ポーションを作ったり、治癒魔法を付与した堅焼きビスケットを焼いたりして、邸宅から一歩も出ることなく過ごしている。

 書庫の蔵書も豊富で、興味深い本も読み放題だ。

 ダボス救援の疲れも、規則的な生活で随分と楽になった。


「クラウディア、どう? ゆっくり休めてる?」


 辺境伯家は私の為に、5人程優秀な騎士を付けてくれて、交代で昼夜ずっと誰かが護衛してくれていた。

 シリウスは、辺境伯様と一緒に殿下の指示で動いているらしい。

 それでも日に一度は、こうして様子伺いに来てくれる。


「シリウス。お陰様で随分と疲れも取れたわ。辺境伯様や奥様にもとても良くしていただいて、本当にありがとう」


「いや。クラウディアが不自由していなければいい。あと、ここ数日、不審な者が屋敷の様子を嗅ぎ回っている。申し訳ないけど……」


 私の生死が確認出来ずに、探されているのね。本当に迷惑を掛けて申し訳ない。

 私は、気にしないで、と首を横に振る。


「大丈夫よ。寧ろ私のせいでごめんなさい。貴方こそ休めていないわよね。自分の家なのに、ずっと帯剣して……」


「殿下の指示だから、気にすることはないよ」


 シリウスはそう言うけれど……ダボスから、いや王都からずっと働き詰めだ。

 それに、外出どころか建物の外に出ることも危険な位、私の周囲は落ち着かないらしい。


「シリウス、私ここでも命を狙われているのね」


「…………侯爵家の手の者に見つかれば」


「今まで、誰か傷ついたりした?」


 一番気になるのはそこだった。私のところに治癒術を使って欲しいという依頼はないけれど、少々の事ならポーションとかでどうにかしてしまいそうな感じだ。


「大丈夫だよ、クラウディア。そんなことはないから」


 きっぱりと言い切られて、とりあえず、この件に関しては、今のところ大丈夫そうだと納得する。

 となると、もう一つ気になることがあった。


「そう…………ねえ、シリウス、時間があるなら、ちょっとお茶に付き合ってもらえる?」


「いいのかい? じゃあ、喜んで」


 嬉しそうに笑ったシリウスに、やっぱり……と私は思った。

 ここに来てから、ずっと彼は、何か言いたげで。

 でも、言い出せずに迷っているみたいだった。


 私は彼が好きだった茶葉を選んで、丁寧に茶を淹れる。あまり甘くない菓子もいくつか皿に乗せた。


「すごく、美味しい」


 一口飲んで、思わずと言ったようにシリウスは目を瞠った。

 懐かしい、年相応の青年の表情だ。


「よかったわ。好みが変わっていなくて」


 私と別れた後、シリウスはすごく大人びた。多分それは、仕事面でも変わったのだと思う。今は、若いながら、王族の信用も厚い立派な近衛騎士だ。

 でも、やっぱり変わっていないところもあって。こうしてそれを垣間見ると、懐かしいと思ってしまう。


「そうだね。クラウディアも、変わってないよ」


 シリウスが、じっと私を見てつぶやいた。


「え?」


 どういう意味だろう? お茶の好み、ではないよね?

 そんな私を見たシリウスは、小さく苦笑して続けた。


「いつだって君は、誰かを思いやって、助けるためにその力を使ってきた。強くて、愛情深くて、誰よりも優しくて、献身的だ」


 彼の過剰評価に、ちょっと驚いてしまう。


「そんなことないよ。私はただ、自分に与えられたこの力が、誰かの役に立つのが嬉しいだけ」


 それだけなのだ。傷ついたり、苦しんでいる人にこの力が役に立つのが嬉しいだけ。別に大層なコトをしようと思って生きているわけじゃない。

 でも、シリウスが「そういうところだよ」と、クスクスと笑う。


「私は、あの頃、クラウディアの事をちゃんと知ろうとしていなかった。君が大切にしていることに気が付かなかったんだね」


 綺麗なシリウスの顔が、哀しげに歪む。


「シリウス……」


 彼の言葉に答える事が出来ずに言い淀む。確かに私達は、酷くすれ違っていた。


「ねえ、クラウディア、私のこと、もう一度考えてくれないかな?

 君と別れてから、ずっと考えていたんだ。

 私は自分に自信が持てず、君のことを信じきれずに、自分の気持ちをただ押しつけるだけだった。君が仕事に誇りを持って臨み、患者に対して一生懸命向き合っているその生き方を否定するような事を、何度も君に言った。

 君に恋心を治してもらった後、身勝手だった自分に気づいたんだ。そして、もう一度君を好きになった。

 その時君は、ハワード隊長と付き合っていたけれど……

 でも、君が危険な目にあって、そんな風に傷ついているのを見て、私なら君にそんな思いはさせないのに、と思うんだ」


 シリウスの表情は真剣だった。

 彼がずっと言いたかったことは、これだったのだと理解した。

 そして、やっぱり、シリウスは変わったのだと思う。


「シリウス、ありがとう。

 確かに危ない目にも合ってるし、こうやって皆を巻き込んで、誰かが傷つくかもと考えると、とても怖いわ。

 でも、私エリオットが好きなの。例え、彼が侯爵家の婚約を受け入れたとしても、それは変わらないわ。

 それに、私、彼と約束したの。何があっても、お互いのこの恋心だけは絶対に治したりしないって。最後の恋にしようって。

 だから、シリウス、私は、貴方の気持ちには応えられない。

 でも私ね、貴方と付き合っていた時は、ちゃんと貴方が好きだったわ。あの時は、受け止めきれなくて、ごめんなさい」


 だから、ちゃんと終わりにしましょう。

 貴方が、前を向いて、この先に進めるように。

 私との過去が、この先、貴方の前に現れる誰かの為になるように。


「そうか。私は気がつくのが遅かったんだね。君を信じて尊重することができなかった私が、間違っていた。君は、こんなに誠実な女性だったのに……

 ごめん、クラウディア。本当にたくさん、君を傷つけていたと、今なら理解できるよ」


 俯いて顔を覆ったシリウスの前にハンカチを置いて、私は立ち上がる。

 扉を出た所に立っていた護衛の騎士を連れて、私は自室へと戻ったのだった。




 辺境伯家に来て、明日で10日になる。

 王室主催の舞踏会まであと4日。未だに外出すら出来なくて、王都までの距離を考えると、今回はどうやら間に合いそうにない。

 初めての社交界、エリオットと一緒に行ってみたかったかも……

 伯爵家にお邪魔したとき、エリオットが無理言ってお母様に用意してもらったドレス、着る機会がなくなっちゃったな。

 新年の祝祭も行けなかった。

 友達だった時より、恋人になってからの方が、思うようにいかないなんて、本当にタイミング悪いというか。


 そんな風にぼんやりと考えながら、進まない本の頁に目を落としたとき、扉を叩く音がした。

 許可を出すと、現れたのはシリウスだ。


「クラウディア、デーメル侯爵家の悪事の証拠が揃った。急いで王都に戻ろう!」


「え? 本当に?」


 信じられずに、思わず聞き返してしまう。


「ハワード隊長が随分とご活躍だったらしい。余程君に会いたかったんだね」


 笑いながらそう言ったシリウスは、以前と違って、なんだかスッキリしていた。




 辺境伯領から王都までは、早馬で3日。

 ちなみに私も、馬にはちゃんと乗ることが出来るし、寧ろ乗馬は得意だ。

 馬にも人にも治癒術がかけられるし、魔獣が出ることも無く、刺客に襲われることもない順調な行程で、3日目の夕方には王城に到着した。


「シリウス、それに護衛の皆様、本当にいろいろありがとうございました」


 ここまで共に来てくれた辺境伯家の騎士と、シリウスには、感謝しかない。

 特にシリウスには、ずっと守ってもらっていた。


「いや。君の乗馬の巧さにも驚いたけど、治癒術は本当に助かった。お陰で、明日の舞踏会にも間に合って良かったよ」


 シリウスがそう言って、私が乗ってきた馬を引き取ってくれた時だった。


「クラウディア!」


 エリオット? 懐かしい声にゆっくりと振り返る。

 その瞬間、視界を埋めたのは、紺色。

 魔獣討伐騎士隊の制服の色だった。



以前のシリウスは、治癒師として仕事中のクラウディアに対しても、嫉妬心を抑えられないくらいでした。

一度リセットされて、少しは大人になったようです。

明日の朝、最終話をアップします。

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