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騎士の耐え忍ぶとき

 クラウディアが遠征に出てから、しばらく経つ。

 急ぎ出立した彼女の見送りも出来ず、魔獣討伐部隊の自分が同行を願い出る事も当然出来ず、結局たまたますれ違ったセルディオ殿下に言伝を頼むこと位しか出来なかった。

 こうなってみて初めて、遠征先の恋人の無事を祈り、待つ気持ちが理解できる。

 新年の祝祭にも結局行けなかったが、月末の舞踏会の為に、クラウディアを想い彼女の為のドレスの出来を心待ちにしたり、アクセサリーを選んだりして、せめて舞踏会には間に合うように戻って来れる事を、願う毎日だ。

 実は、魔獣討伐オフシーズンで暇なこともあり、結婚後にクラウディアと二人で住めそうな家を探していたりもする。いくつか見繕って、彼女が帰ってきたら一緒に見に行くのもいいだろう。

 家族には先走り過ぎだと笑われたが、そうでもしていないと、休暇をもぎ取ってダボスに向かってしまいそうだった。クラウディアが困るだろうから、踏み止まっているが。

 だが…………




「クラウディアが失踪?」


 ダボスの街で起きた疫病騒ぎから、遠征していた救援部隊がやっと王都に戻ってきたと同時に、俺は友人であり今回の指揮を執っていたセルディオ殿下に呼び出された。

 執務室に入り、すぐに張られた防音結界魔法。

 聞かされた内容に、信じられない思いで、俺は殿下に問い返していた。


「すまない。エリオット、だが……」


「チッ! 失礼します」


 謝罪の言葉から始まった台詞に、俺はクラウディアが戻って来なかった事を理解して、身を翻した。


「待て。話を最後まで聞け」


 殿下の拘束魔法が発動され、一部竜化し始めていた俺の脚を止める。


「何を……」


 振り返った俺を見る殿下の表情は冷たく、声の抑揚もない。

 まるで、激情を抑え込み、静かに怒りを押し殺しているようだった。


「デーメル侯爵が、クラウディアの排除に動いている。今回のダボスの感染爆発騒ぎも、一部は侯爵の関与が疑われている。今、調査と証拠集めに動いているところだ」


「⁉」


「救助活動中、何度か暗殺者による襲撃未遂事件があった。狙いは私だけではない。クラウディアの事もあった」


「クラウディアは⁉」


「大丈夫。未遂だ。彼女にも気付かれていない。だが、襲撃犯の依頼者を特定出来ず、刺客は自害した」


「…………」


「このまま彼女を王都に戻すのは危険だと判断し、失踪を装い、匿うことにした」


「じゃあ、クラウディアは無事なんだな?」


「ああ。この件は情報漏洩を避けるため、最小限の人数で動いている。クラウディア本人にも情報開示する間もなく、移動させた。全て承知の上、私の命令で動いているのは、シリウス・メレディスのみだ。

 彼にクラウディアを守らせている」


「シリウス・メレディスだと? ヤツは……」


「あの二人の状況は、私も当然把握している。あれで、シリウスはなかなか優秀な騎士だ。クラウディアの為になら命だって掛けるし、今度こそ彼女を傷つけることもないだろう。それに、メレディス辺境伯は、クラウディアを匿うのに好条件だ」


 セルディオ殿下は、この件に関して相当腹に据えかねているらしい。

 俺も、今回の一連の騒動を侯爵家が引き起こし、クラウディアを巻き込んだことに激しい怒りを感じている。

 殿下がクラウディアを託した相手が、シリウス・メレディスということは気に入らないが、彼が信頼する騎士なら、最適ということなのだろう。

 確かにこの状況なら、俺は、王都に無事にクラウディアが帰ってこられるように、立ち回らなければならない。


「……私に、どう動けというのです?」


 目を伏せ、呼吸を整え、竜化を落ち着けた俺は、殿下の意向を問う。


「侯爵家に怪しまれないように立ち回り、向こうの要求を躱しながら、可能な限り引き伸ばし、証拠を集めろ。ボロが出しやすいように上手くやれ」


「実家の協力が不可欠です。どこまで情報開示は可能でしょう」


「当主夫妻のみだ」


「承知しました。あと一点、個人的にお伺いします。殿下は……私とクラウディアの婚姻には……」


 シリウスのこともある。殿下自身は、俺達の事をどう考えているのか確認したかった。


「友として、私は二人が幸せになることを望んでいる。だが、シリウスにも悔いが残らないようにしてやりたい。この件は、お前とクラウディアの信頼関係があれば、問題ないと思うが。

 ちなみに国としては、お前たち二人の婚姻は、大歓迎だな。精霊魔法の遣い手も氷龍の加護持ちも、我が国にとって失えない人材だよ」


 よし、言質は取った。

 クラウディアとの信頼関係を引き合いに出されれば、面白くはないが、シリウスの件は問題ないと断言出来る。彼女は、俺との恋心は決して消さないと約束してくれたし、いつだって付き合っている恋人には真摯に向き合っている。

 だけど、もう、ただの恋人でいるのは、嫌だ。


「この件が無事に解決したら……最速でクラウディアとの結婚と、結婚休暇を認めて下さい」


 俺はとことんタイミングに恵まれていないから、こんな事に煩わされないように、もうさっさと結婚してしまいたかった。

 今回だって、この騒動がなければ、新年の祝祭を一緒に楽しむつもりだったのに。

 殿下が、少し呆れたように表情を緩ませる。


「いいだろう。ああ、それと……」


「はい?」


「悪いな、エリオット。お前たちを巻き込んで」


 そう言って頭を下げた殿下に、俺は首を横に振る。侯爵家の陰謀に巻き込まれたのは、皆同じだ。

 それに殿下は、侯爵家の関与は一部、と言っていた。確かにこれだけの規模の事を侯爵家が単独で行うのは荷が重いし、クラウディアだけでなく殿下の命まで狙われたのは、不自然だ。


「セルディオ、大丈夫だ。待ってろ、最速で侯爵の企みを暴いてやる」


 侯爵家に関する証拠集めは俺とハワード伯爵家が引き受けよう。だから、セルディオ殿下はお前の……いや、我が国の敵に集中してくれ。






 執務室に戻った俺に、治癒部隊長がクラウディアの失踪を知らせてきたと、ケビンが心配そうに俺に報告してきた。


「エリオット。大丈夫か」


「ケビン。大丈夫じゃないが、いろいろ裏で動いていることがある。詳細は明かせないが、夫人にも伝えてくれ。俺達を信じて、待っていて欲しい」


 暗にクラウディアの無事を知らせてやりつつ、表沙汰にせず、失踪した体で動いて欲しいと伝える。


「……そうか。わかった。事情は聞かないが、駒が必要なら言ってくれ。お前の言う通りに動いてやる」


 察しが良くて助かるな。ならば、侯爵家にクラウディアの居所がバレないよう、陽動を兼ねて動いてもらうか。


「助かる。差し当たって、ここを動けない俺の代わりに、クラウディアを探しに出てもらおうか。行き先はノーズレイン男爵領だ。さり気なく目立つように頼む」


「了解。ついでに届け物があれば配達するぞ?」


 ニヤリと口角を上げたケビンに、成る程と俺も頷く。

 ノーズレイン家に婚姻申込書を運んでもらおう。


「明日までに書類一式用意しよう」


 報酬があれば、この状況も苦ではなかった。





 セルディオ殿下が戻ってきた辺りから、魔獣討伐部隊の騎士隊長執務室に、アーデルハイト嬢が現れるようになった。

 毎日、菓子や軽食を持参して、用もないのにやってくる。

 俺は毎度、表面上は笑顔を作って面会に応じたが、クラウディアを貶めるような言葉に、竜化を抑えるのに苦労していた。


「エリオット様、ご機嫌よう」


「何度ここにいらっしゃろうが変わらない。私には心に決めた唯一人の女性がいます。彼女以外と結婚する気はありません」


「あら、でもその彼女、最近お見かけしませんわね。噂によると行方不明とか」


「……」


「もしかしたら、どこかの殿方と駆け落ちでもされたのかもしれませんわよ? だって、次から次へと違う男性とお付き合いされていたんでしょう?」


「……帰ってきますよ。約束しましたからね。彼女でなければ、私は結婚などしません」


「行方不明になった方を、お待ちになるなんて。エリオット様、私なら侯爵家の爵位も、財産も、私自身も差し上げられますわ」


「私にとっては、なんの魅力もない無用の長物です」


「⁉ いつまでそんな事おっしゃっていられるかしら?今日は失礼しますけど、エリオット様、お慕いしていますわ」


 毎日、こんなやり取りを繰り返しながら、俺は、伯爵家の私兵達に指示を出し、証拠集めに奔走していた。

 実家に仕掛けられる、侯爵家からの圧力に関連している業者や家業のものを洗い出し、クラウディアに今も放たれている刺客を特定。そして、タグステン病の感染者のダボスへの引き入れと、飲料水や魔法を使った拡散など、少しずつ侯爵家が疫病騒動に関与した証拠が集まりつつあった。

本日19:00にもう1話アップします。

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