心の距離…
私は、こんなにも愛おしく思える存在がいる事に感動した。
忠志も私と同じ思いでいると思っていたが、彼が親としての責任を待つには、まだ時間が必要だった。
男親とはそういうものだと、自分に言い聞かせながら、初めてだらけの事に戸惑い、私なりに育児に追われていた。
忠志「ただいま。」
「あっ、お帰り。早かったネ。直ぐに食事の用意するから、由里を見ててくれる。」
忠志「分かった。」
食事の準備に取り掛かりながら、我が子と忠志の様子に目をやると、忠志はそばに居るだけで、愛しい我が子を見ようともしなかった。
「ねぇ、ちょっとは相手をしてあげたら。」
忠志「…、相手って何すれば良いか分からないよ。見てるだけで良いんだろ。」
今もため息を押し殺す日々。
こんな些細ないざこざから、歪みが生まれてくる事を私は分かっていた。
だからこそ、極力、忠志の言動をやり過ごす事に集中していた。
その為にも、仕事をしながらの子育てではなく、子育てを優先したくて、仕事を辞める事を忠志に相談した。
「私、このまま仕事を辞めようかと思っているんだけど、構わないかなぁ。」
忠志「えっ、どうして。」
「仕事と子育てを両立する自信がなくて、忠志の収入だけでもやって行けそうだし、子供がある程度大きくなるまでは、家にいてあげたいの、ダメかなぁ。」
忠志「ダメではないけど…、まぁ、正恵がそうしたいなら、そうしたら。」
何故だろう、二人の子供のはずが、私一人の子供のように思える。
何処の夫婦も同じなんだろうか?
考えるのをやめよう、考えても答えは出ない。
そして二年後、私は二人目を妊娠した。
一人目の時とは違い、二人目は少し余裕があるかと、思っていたけど、そう簡単な事ではなかった。
由里は初めての子供という事もあり、泣くと直ぐに抱きかかえてしまっていたので、抱き癖がついてしまい、私一人の時には家事が進まなかった。
その教訓を生かし、涼介が泣いても直ぐには抱かずに、少し泣かせるようにしていた。
その甲斐もあって、涼介は寝てばかりいる子供だった。
「涼ちゃん、ミルクの時間ですよ。起きて、ほら起きてミルクを飲みましょうね。」
涼介は一日中寝ている子供だった。
側から見たら、手が掛からなくて良いと思われるが、無理矢理起こしてミルクを飲まさないと、ミルクの量を確保出来なかった。
由里と涼介の二人を世話するは大変だと分かっているのか、分かっていないのか、忠志は、私が涼介に手を取られていても、由里の相手をしようとしない。
いつになれば父性が生まれるのだろうか、我が子への愛情は何処へ置いてきたのだろうか。
この先、父親としての役割を忠志は果たす事が出来るのだろうか。
この時の忠志は、親に愛情を注いでもらった覚えがないから、どうしたら良いのか分からず、戸惑っていたのかもしれない。
私は、子供に対する忠志の思いを聞いた事がなかった。
だから、そう思う事しか出来なかった。
「お父さん。」
私は、忠志の事をあえてお父さんと、呼んでいた。
そう呼ぶ事で、忠志に、貴方はもう父親なんだと、意識して欲しかったからだ。
「お父さん、私、涼介にミルクのませるから、由里と遊んでやってよ。」
こちらが言わないと、何もしようとしないけど、頼めば、相手をしてくれている。
忠志「由里、ほら熊さんだよ。」
由里と一緒に遊ぶ姿を見ながら、忠志も父親として成長していると安心していた。
そして、やっと人並みの幸せを感じる事が出来ると喜んでいたのに…。
忠志「ただいま、正恵、ごめん。仕事辞めてきた。」
「えっ、何、どういう事、仕事辞めてきたって、何の相談もなく、仕事辞めるなんて、おかしくない。あなた、もう父親なんだよ。父親なら、家族を守る事を考えてよ。いつまでも同じ事してないでしっかりしてよ。」
私は子供がいる事で、冷静ではいられなかった。
いや、冷静でいられる訳がなかった。