プライドという愛…。
付き合っていた頃は、何一つ不満もなく、喧嘩することすらなかった私達が、結婚した事で上手くいかなくなってしまった。
そんなにも、結婚というものが難しく、家庭をもつ事で変わってしまうものなのか。
結婚してからも、忠志は職を転々としていた。
忠志「ごめん、会社辞めてきた。」
「えっ、何があったの。」
忠志「嫌な奴がいてさ、そいつと喧嘩して辞めてきた。」
「…、そうなんだ。」
忠志「ごめん。」
「まぁ、仕方ないよ。」
結婚する事で、責任感が生まれ、きっと家庭を守るため、家族を守るために、頑張ってくれるものと思っていた。
何故、こんなにも仕事が続かないのだろうと、思いながらも、今だけ、きっと今だけだから、そう今だけ私が頑張れば良いと、思っていた。
そんな忠志の事を相談できるのは恭子だけだった。
恭子「忠志さんってさ、本当はクズなんじゃないの、正恵、騙されたんじゃないの。」
「そんな事ないよ。彼も彼なりに頑張ってくれているよ。」
恭子「どこが、結婚しても定職に就けないなんてクズでしょ。これが、私の事なら正恵何て言ってる。私と同じ事言うよね。」
「確かに…。」
恭子「しっかりしなよ。本当、恋は盲目って言うからね。騙されないでよ。」
「…。」
恭子「これで子供ができたらどうするの。」
「子供ができたら、ちゃんとしてくれるよ。絶対。」
私は、自分に言い聞かせるように言っていた。
恭子「どうしようもないね。」
結婚生活が一年を過ぎようとした頃。
「忠志さん、私、子供ができたみたい。」
忠志「えー、本当、子供ができたの、僕、父親になるのか、そっか…。」
忠志は喜んでいたけれど、私は不安を感じていた、今の生活で家族が増える…私が働けなくなったら生活していけるのだろうか、不安しかない、だから、こんな言葉しか出てこなかった。
「私達、大丈夫かなぁ。」
忠志「大丈夫に決まってるよ、僕、頑張るから。」
現実を見て言っているのか、ただ私を安心させようとして言っただけなのか、何の根拠もない言葉に安心する事はなかった。
「お母さん、ただいま。私、子供ができた。10月が予定日。」
母親に何も言わせたくなくて、畳みかけるように伝えた。
母親「あなた達、今、子供ができて大丈夫なの、忠志さん、仕事の方は、上手くいってるの。」
「まぁ、彼なりに頑張ってるよ。」
母親「頑張るのは、当たり前でしょ。本当、仕事が続かないって知っていたら、結婚に反対したのに。」
「お母さん、それを言わないで。」
母親「苦労する事が分かってて、何で結婚したの。バカな子。」
そう、バカだったと、思っていても、決して口には出せない、だって、私が選んだのだから、後悔を口にすると、負けた事になる、だから決して弱音を吐けなかった。
何と幼い考えなんだと、今なら分かる。
でも、当時の私には分からなかった。
「お母さん、心配しないで。」
母親「親なんだから、心配するわよ。」
「有難う。ごめんね。」
母親「困った事が有れば、いつでも帰って来なさいよ。」
「分かった。有難う。」
母親にとって子供とは、幾つになっても子供なんだなぁと、この時感じた。
そして有り難かった。
忠志も自分の両親に、子供ができた事を報告していた。
だけど、忠志の両親は相変わらず、自分達で頑張りなさいのスタンスを崩さなかったようだ。
結婚する前から、忠志の親は当てにできない事は、分かりきっていた。
だから子供ができた事で、忠志が頑張ってくれる事を祈るしかなかった。
それからも忠志は、大手飲料メーカーから長距離トラックの運転手と、懲りずに職を転々としていた。
私の祈りは簡単に届く事はなかった。
そばで見ていた私の両親は呆れるしかなかったようだ。
そんな生活だったから、ギスギスして喧嘩になるのも仕方がない。
お互い、相手を思いやれる程の余裕はなかったが、こんな状況の中でも、不思議と別れるという選択肢はなかった。
それだけ忠志の事を愛していたのか?
本当に?
プライドだけで支えていたのではないのだろうか?
そうだとしたら、愛とは恐ろしい。