愛に形はあるのか…。
何を間違えたのか、何処から間違えたのか…。
忠志は、夜這いに行って怪我した事で職を失い、彼女も失った。
神様は乗り越えられない試練を与えていない。
忠志は、失恋の苦しみを糧に、新たな就職先を見つけていた。
私との3度目、映画館での出来事を合わせれば4度目の再会になるが、その再会をした時には、クビになった大手自動車販売店から、住宅販売会社へと転職していた。
営業マンとしては、車か家の違いはあっても、売るという事には変わりはなかったが、なかなか大変な仕事のようだ。
忠志「飛ぶように家が売れると思う?思わないよね。毎月のように、目標を掲げても、目標を達成できるかって、あー、腹が立って仕方がない。」
「営業って大変なんだね。」
忠志「本当、大変なんだよ。」
忠志は、辛い事や嫌な事など、何でも私に話してくれたが、そうだね、大変だね、分かるよと、言うだけでは満足せず、一緒になって腹を立てないと満足しないタイプだった。
その事が、分かるようになるまでは、面倒だったが、忠志と一緒になって、腹を立てるふりをして、忠志を満足させる事が、私の役目だと思えば、それはそれで嬉しかった。
私の場合は、忠志とは違って、聞いてもらえるだけで良かったのだが、忠志は、いつも私以上に腹を立て、声を荒げていた。
忠志「そんな奴、無視すれば良いんだよ。本当、ムカつくよな。」
私は、そんな忠志の姿をみて、自分が何に腹を立てていたのか分からなくなり、急に冷めてしまい、腹立たしさも失せてしまうようになった。
だから、私の愚痴は忠志に聞いてもらうのではなく、恭子に聞いてもらうしかなかった。
恭子「彼氏の愚痴は、あんたが聞いてあげて、あんたの愚痴は私が聞くって、おかしな話だね。」
「仕方ないよ、私の事なのに、私以上にムカつかれると、急に何に腹を立ていたのか、分からなくなるんだよね。」
恭子「忠志さんって、感情移入しやすい人なんだね。共感能力高めってやつ。」
「良いように言えば、そうだね。」
私は、いつも自分の事よりも忠志を優先していた。
正人の時には感じなかった、感情を愛情だと信じて、ますます自分を顧みず、忠志に尽くす事に酔いしれていた。
この感情が、忠志を甘やかす事になり、自分を追い詰める事になるとも知らず。
ある日、忠志から、仕事のノルマがきつく辛いから、仕事を辞めた。と聞いた時には、流石に驚きを隠さなかった。
だけど、私は「そっか…、辛いなら仕方がないよ。」
そう答えていた。
この頃から、忠志は、嫌な事があると、逃げるようになり、私は、それでも良いと、忠志を支える事に喜びを感じ、まるで陳腐なドラマの主人公にでもなった気分だった。
私達の付き合いが3年目を迎えようとしていた頃、忠志からプロポーズされた。
この時、何度目の転職だったかは忘れたが、忠志は知り合いから紹介された会社へ就職していた。
忠志「今度こそ、正恵を支えられるように頑張るから、僕と結婚して下さい。」
不思議な事に、なかなか、定職につけない忠志と私は、この3年程の付き合いの間、一度も喧嘩をした事がなかった。
だから、この先も仲良くやっていけると信じていた。
だが、この時流行りのダメンズが、忠志だったと気付くのは、もっと先になる。
私は、結婚するにあたり、忠志へ条件を出した。
「私と結婚するなら、私達が喧嘩した時には、必ず、貴方から謝って、喧嘩の原因が私だったとしても、貴方が先に折れてくれる?」
忠志「…、分かった。喧嘩を長引かせたくないから、必ず、僕から謝るよ。そうしたら、正恵は、許してくれるんだろう。」
「ええ、もちろん。」
忠志「じゃあ、僕と結婚してくれますか?」
「はい。」
そして、私達は結婚する事にしたが、結婚とは、家と家との結びつきになるので、そう簡単な事ではないと、後から知る事になる。
私は、忠志と結婚する事を親に報告した。
母親「結婚するのは良いけれど、あちらの親、兄弟、親戚の事は、分かってるの?」
確かに、忠志の母親とは、面識があるが、父親や姉、妹とは面識がない。
母親「そんな事で大丈夫?結婚って、二人だけの問題じゃあないのよ。」
「大丈夫だよ。お母さん心配しすぎだよ。」
母親の心配を少しでも減らそうと、そんな事を言ってみたが、結婚するまでには、様々なハードルが待ち構えていた。
忠志が、定職に就くまでの間、金銭面の支援は私がしていたので、忠志には、大した貯金はなかった。
だからと言って、忠志の両親からも支援を受けられなかった。
忠志の母親「あなた達が結婚するからって、何もしてあげれないわよ。それでも良かったら、勝手に結婚すれば、もういい大人なんだから、反対はしないわ。」
忠志「お母さん、そんな言い方ないだろ。いいよ、何もしてくれなくても、自分達でやるから。」
私は、この時、結婚式をあげる事を諦めた。
私の両親からは、「お金を出してやるから、式くらいあげた方が良い。」と言われたが、婚礼家具やら、何やらとお金を出してもらった手前、式の費用まで出してもらうと、あと後、忠志の肩身が狭くなると思い、両親の申し出を断る事にした。
「有難う。もともと式をする気はなかったから、大丈夫。」
母親「そうなの、無理してない。」
「大丈夫だよ。」
結婚式をあげないからと言って、不幸になる訳ではないと、自分に言い聞かせていた。
忠志「式をあげなくても良いの?」
「良いの、良いの。」
忠志「本当に、正恵が良いなら…。」
結婚する事になり、私は、忠志から、何一つプレゼントを貰った事がないと気が付いた。
そう、誕生日や2人の記念日など、祝う事もなく、プレゼントを贈る事はあっても、貰う事はなかった。
忠志からのプロポーズの時にも、言葉だけで指輪はなかったが、せめて結婚指輪くらいは、渡したいと言って、籍を入れる時に、指輪をプレゼントしてくれた。
この結婚指輪が、最初で最後のプレゼントになる。
私は、忠志の体面を保つ事ばかりを考え、忠志の気持ちを確かめる事をしてこなかった。
忠志の本音は、どこにあったのだろう。
何でも話してくれていたと思っていたが、隠していた思いがあったのかもしれない。
全てを支えていたと思っていたけれど、違っていたのかもしれない。
これから始まる結婚生活が、始まりではなく、終わりへと向かっていく…。
だけど、その事は、まだ誰も知らない。