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25.魔の手

 ジュードに呼ばれて訪れた王城。しかし、その用事を伝えると、困惑気味に侍女は首を傾げ、彼の不在を私に伝えた。


「……? ジュード……第二王子殿下はいない?」

「は、はい。本日はカルロー地方の視察のため、場内にはいらっしゃいません」


 おかしい。確かに、今日呼ばれたはずだったのに。

 いつもはご丁寧に馬車で迎えに来るのに、今日だけは手紙が届いて、『この日に来い』って感じで「そういうこともあるんだ」とは思ったけど……。


 廊下で困った顔の侍女と向き合って立ち尽くしながら怪訝に思っていると、後ろの方からコツコツと革靴の音が近づいてくるのに気がつく。


「やあ、コルネリア様。今日はすまなかったね、なんだか行き違いがあったようで」

「だ、第一王子殿下」


 振り向けば、ニコリと人好きな笑顔を浮かべた美男子がいた。

 クラークス、私とジュードが追っているあの男。


 クラークスは私も目が合うと眉を下げて、苦笑した。


「嫌だな、そんなよそよそしい呼び方じゃなくて、クラークスと呼んで呼んで欲しいな」

「……いえ、私はまだあくまで第二皇子殿下の『婚約者』という立場ですから……」

「そうか。真面目だな。それでこそ聖女にふさわしいとも言えるが」


 クラークスはくすりと上品に微笑む。


「忙しい合間を縫ってせっかく来てくれた君を手ぶらで帰すのは申し訳ないな。僕が愚弟の代わりをするよ。先日はロザリーの相手をしてくれたお礼をしたいしね」


 反射的に思わず目を剥きそうになったけれど、堪えて苦笑する。


「それはありがたい申し出ですが……。お互いに婚約者を持つ身で、それはふさわしくないのでは?」

「気にしすぎだよ、さあおいで」


 有無を言わせぬとばかりに肩を押され、唾を飲み下す。


(嘘でしょ、ジュード以上に強引なんだけど)


 それを穏やかな笑顔と柔和な態度のままするから、なおのこと恐ろしい。


「ああ。君はお茶の用意をして。僕がよく使う客間に持ってきてくれ」

「は、はいっ」


 困った顔をしていた侍女はクラークスから支持を受けて慌てて頷いて去っていった。


 ◆


 クラークスが連れてきたのは、きれいな小部屋だった。


「ここは?」

「僕が特別なお客さまを呼ぶのによく使う部屋だよ。あまり大仰に広すぎなくて、可愛くていい部屋だろう?」


 ここはクラークスが言うとおり、コンパクトな大きさにソファと小さな丸机と花瓶が置かれてる程度のこぢんまりとしたかわいらしい部屋だった。


「クラークス様。お茶をお持ちいたしました」

「ああ、ありがとう」


 部屋についてから、そう遅れずしてクラークスが声をかけていた侍女がお茶を持ってくる。

 相当急いで用意したのだろう。ティーセットを机に置くと、ホッとした表情を浮かべていた。


(……事前に打ち合わせをしていたわけではなさそう……だけど、これも演技かわからないわ)


 なんの変哲もなさそうなお茶だけど……。念のため、飲まないほうが無難だろう。


「どうしたの? マナーや作法などは気にしないで。僕はそういうことを気にする性質じゃないし、とはいえ君にそんなことを言うのも野暮かな」


 なんと言っても、君はこの国の『聖女』なのだものね、とクラークスは微笑む。


(……もしも、もしもよ。この男が本物の『聖女』を手中に入れているとするなら、コイツは私が『偽者』ということを知っている)


 かつて確信には至らずとも、ジュードと共に『まさか』と思いあった仮説。


 一夜にして頰の切り傷を見事に治してしまったクラークス。

 もしかしたら、クラークスはこの国の、本物の聖女を手中に得ているのでは――という仮説。


「すみません。猫舌なんです」

「そうなんだ。ふふ、かわいらしい人だね」


 どうしてクラークスが私をわざわざ呼び止めてお茶を飲みたがったのか、真意はわからないけど、なにか、探れるのなら探りたい。


 クラークスはゆっくりとカップに口をつける。とても上品な仕草だ。さすが王族である。


(クラークスは私もジュードが悪事を暴こうとコソコソしているのを把握している。これ以上余計なことはしないように脅してきてもおかしくない)


 そして、彼が私を『偽聖女』とあらかじめ知っているならば、きっとこのカードを使って脅す。

 かつてジュードがそれで私を脅したように。


(……)


 お互いに、特に何も話さなかった。

 クラークスは穏やかに微笑み、私を見つめていたけれど、これといって何か言うことはなかった。


 そんな時間が流れてしばらく、クラークスはようやく口を開いた。


「……ねえ、コルネリア嬢。君に聞いてみたいことがあるんだ」

「はい」

「アイツじゃなくて、僕にしておかない?」


 目を見開く。あまりにもなことで、とっさに取り繕えなかった。


「それは第一王子殿下と……私が婚姻をする、という意味でしょうか」

「うん。どうだろう?」


 クラークスはなんてこともないかのように、にこりという微笑みを崩さない。


「そんなことは、あり得ません。私は王族だからではなくて、ジュード第二王子殿下だからこそ婚約したのです」


 それに、クラークスにしても、ロザリー様という人がいるのに――。


「ああ。そういう『設定』じゃないんだ?」


 クラークスはうっすらと目を細める。


「てっきり僕は、アイツに脅されてイヤイヤ婚約者のフリでもしているのかと思っていたよ」

「……っ」


 どこまでわかっているのだろうか、この男は。


「……仕方ないな」


 立ち上がったクラークスはソファに座る私に近づいてきて、隣に座った。そして、目が合うと引き寄せられ、腰を撫でられた。ねっとりとした手のひらはそのまま尻の方へ滑っていく。


「何を……!」


 ジュードと似た背丈、しかしジュードよりも肉が薄い身体を必死で押す。細身の体躯なのにそれでも男女の筋力差は覆せないのか、押し返せない。

 白魚のような手が痛いほど強く手首を握り締め、ぐっとソファに縫い付けられた。

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