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24.とっくに知ってる

 それから数日後。神殿内の私の自室に転がり込んできたジュードが「ロザリーの家はどうだった」と話題を切り出してきた。


 こくりと頷き、私は屋敷で見聞きしてきたことから浮かび出してきた疑惑を口にする。


「……私、思ったの。ロバーツ公爵家が取り組んでいる身寄りのない子ども達の受け入れを、今は他の家もしているんですって。クラークスの主導で。これってちょっと怪しくない?」

「ああ、それな。引き取った子ども達をどこかに横流ししてたりしてんじゃねえか、ってことだろ?」

「そう、それよ! 調べてみない?」


「そんなこたぁもうとっくに調べてんだよ」


 えっ。


 これが突破口に繋がるかもしれないと息巻いていた私は、絶句する。


 ジュードは「はあ」と呆れたのように片手で髪をぐしゃ、とかいた。


「先に言っておく。……いなくなった子ども達は実際いる」

「や、やっぱり!」


 そうでしょう、と思う気持ちと、「でもとっくの昔に調べて発覚していたのに現状何も変わっていないということは?」という冷静な私の思考が交錯する。


「奴らの言い分としては、『どこかに逃げてしまった。元々身寄りもなかったから行き先もわからない』ってことらしい。ロバーツ家以外が引き取り事業を始めたのはまだ数年のことだから、ちゃんとコイツらを引き取って外でも働けるスキルを身につけるに至ったって実績もあんまねえんだが、そう言い訳されたらこっちも証拠がねえからなんとも攻めあぐねてんだよ」

「……そう……なのね……」

「おう。どーだったんだよ、クラークスの婚約者のロザリー様のお茶会は? 収穫はそれだけか? 茶はうまかったか?」

「美味しかったわよ! お茶菓子も! おうちも素敵だし!」

「そうか、よかったな」


 半ばヤケクソ気味に答えるとジュードも棒読みで返してきた。


 ……ジュードはとっくに知っていて、すでに調べていただなんて、つまり私、なんにも新しい収穫はなかった、ってことじゃない。

 がっくりと肩を落とさざるを得なかった。


「お前さあ、神殿勤めの聖女様だろ? 引き取り事業のことはよく知ってたんじゃねえのか?」


 不思議そうにジュードは片眉を歪める。


「そういうのは私の仕事じゃないもの。ロバーツ家のことは知っていたけど、神殿で治療を終えた子どもがどこに引き取られていくのかとかそういう手配をするのは神官たちの仕事だったから……」

「……まあ、アンタの仕事量的にそこにまで神経使って関わるのは無理だわな」

「なんでちょっと憐れみの目なのよ」


 ジュードは半眼で「あーあ」と首を横に振った。


「……その消えた子ども達の消息を掴めたら……」

「厳しいな。とっくに外国に売られて、正直もう生死もわからないと思う」

「……そう」


 聖女不在の二十年。偽りとはいえ、私が聖女についたのは十年前。私が偽聖女として働くようになってから少しずつ状況は改善していっていた……けれど、この間に生まれてきた子たちや幼児期を過ごした子たちは、本当にかわいそうだと思う。

 たまたまそんな時期に生まれてきたというだけで、辛い思いをしてきて、そして、クラークスの魔の手に乗ってしまった子たちもいるだなんて――。


(小さい子を搾取する連中は、クラークスだけに限らないけど……)


 最悪なのは、クラークスが国内最大級の権力者であることだ。ゆくゆくは王になってしまう。


 ジュードに会うまで、どうして私は何も知らなかったんだろうと今では思う。

 彼を国王にしてはいけない。彼の悪事を早く裁かなればいけない。


 気持ちがひどく焦るたび、私でこうならジュードはもっとどれほど焦燥感に駆られて生きているのだろうかという思いで胸がいっぱいになる。


 本当なら、こんなところでのんびり話している暇などない。

 だけど、悲しいほどに糸口がなかった。


「……ロザリー様、とってもいい人だったわ」


 ぽつりとこぼすと、ジュードは眉間に深いしわを寄せながら口を開く。


「だろうな。あの女の素養としてはアイツは筋金入りのお人好しだ」

「でも、あの薬物パーティにクラークスと一緒に参加しているところをみていると、クラークスのしていることを全く知らない、ってことは、ないわよね?」

「ああ。ロザリーはわかっててクラークスを許容している。手助けもしている」


 低く掠れた声はなんだか残念そうな響きをしていた。 


「ロザリー様、引き取った子どもたちのことをとても大切にしていらっしゃるみたいだった。それでも、なのね」

「……アイツは、クラークスに心酔しきっているからな」


 ジュードは遠くを見るような目をしながら、細くため息をついた。


 その横顔がなんとなく切なげに見えて、ふと、「もしかして」と思う。


「……ねえ、もしかしてなんだけど」

「なんだよ?」

「ジュードの好きな人ってロザリー様だったの?」


「……はあ?」


 ジュードは珍しく目を丸くして、ぽかんとしていた。


「え、ま、前、私のこと強制的に婚約するために抱こうとしてできなかった、って話したでしょう? 私の顔見ていたらできなかった、って」

「なんでそれでロザリーが好きってことになるんだよ」

「だって、なんだかロザリー様のことはそんなに悪く言わないじゃない? クラークスのことが好きなんだ、って話す時の顔が……その」


 なんだか苦々しいというか、心底惜しいというか、そういう表情に見えたのだ。


「ばか。んなわけねーだろ。誰でもあんな男に惚れてる女がいたら「あーあ」って思うわ」


 ジュードは片眉を歪めながら、早口に言った。

 そうなんだ、とちょっとたじろぐ私を見て、やれやれと肩をすくめる。


「アンタでもそんなこと気にすんだな。俺に好きな人がいるのか、そんなに気になるのかよ」

「や、たまたまふとそうなのかなー、って思っただけ」

「ふーん」


 ジュードは拗ねたような、呆れたような、曖昧な感じで鼻を鳴らし、不機嫌そうにそっぽを向いた。


「気になるならヒントをやろうかと思ってたが、やめとく」

「えっ!?」


 思わず、ガタ、と音を立てて椅子から立ち上がる。


「い、いるの? あなたに、好きな人が」

「はあ? さっきはロザリーのことが好きなんだと思ってたんだろ? なーにが鳩が豆鉄砲を食ったような顔してやがる」

「だって、驚いて」


 まじまじとジュードを見上げる。ジュードはなんだかむっつりとした顔をしていたけれど、やがて目を細め、皮肉げに口角を上げて、私を鼻で笑った。


「言わねえよ。興味ないみたいだから」

「なっ、なによ」

「どうしても気になるっておねだりするなら教えてやるけど」

「……ねえ、それ、私がそういうことは絶対しないだろうな、って思って言ってない?」

「さあ、どうだかな」


 ジュードはこにくたらしい顔でフッと笑った。


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