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15.クラークス

 潜められた声はよく聞こえない。私はずっとつけていた耳栓を外し、彼らの会話に耳をそば立てた。


 信じられない思いで、まず間違いなくロザリー様であろう人物をつい凝視してしまう。クラークスのことはジュードから事前に話を聞いていたので、改めて本当にこの場にいるのを見てもそこまでの衝撃はなかったけれど、あの美しい女性がこんな乱れた場所にいるということに、驚きを禁じ得なかった。


 頭上でジュードが小さく舌打ちした。


「アイツ、自分の婚約者までヤクヅケにしてやがる」

「え……」


 ロザリー様は興奮し切った様子でクラークスにしなだれかかっていた。会場で配られた薬は――ここにいる以上、当然、飲んでいるんだろう。


 懐にしまい込んだままのその薬を思わず手で触って確認してしまった。


「――かわいいローラ。あとでまた相手をしてあげるから、待っていて。いい子で待てないのなら、遊び相手を探しに行ってもいいよ」

「いやですわ、わたくし、あなたじゃないと……」

「じゃあいい子で待っているんだ。いいね」


 ローラというのは偽の呼称だろうか。声を聞いて、ロザリー様であることを確信する。


(あ、あの人が、こんなふうになっちゃうんだ)


 二人のしっとりとした雰囲気のやりとりに頬が火照るのを感じつつ、私は男とクラークスの会話に集中する。


「……今日は新しい薬を試してみているんだってな。みんなの様子はどうだい?」

「はい。すぐに効いて、しかも持ちがいいみたいです。拒絶反応も少なさそうですし……前に仕入れたものよりもずいぶん安くて、これならもっとバラ撒きやすいですね」

「やはり、外国は薬学が発展しているね。『聖女』様がお作りになられた薬を参考にこうもすぐ量産化に成功するとは……」


(……私の作った薬を参考に……?)


 ハッと息を呑む。


 私の薬を闇商人に売り払ったという村の話。そしてその薬が外国……恐らく、帝国に行って……。


(私は、魔力を練り込むことで薬の効力をブーストさせている。錬金術の技術もないのに真似できるわけがない……)


 ――足りない効力を補おうとした結果が、『違法薬物』を生み出したとしたら。


 想像して、一気に血の気が引く。

 一刻も早く、この薬を解析しなければと気が急いだ。


「ここで実用性が評価されたら、高値で買い取ってさらに大量に生産できるようにするってやつらが話してましたよ。そうしたらこっちでも向こうでもバラ撒いて……」


 ここで、クラークスと話をしている男が、キョロキョロと周りを見渡し始めた。


「……隠れるぞ!」


 ジュードの手が、力強く私の手を引く。

 近くにあったソファにジュードは勢いよく私ごと倒れ込む。


 ジュードの身体の上にぴったりとのしかかってしまったので、慌てて身体を起こそうとする私を、ジュードが私の腰を抱いて引き留める。


「ちょ……ちょっと……!」

「うるせえ、黙って俺に乗ってろ」

「こ、こんな格好」

「こんな格好もクソもあるか。セックスのフリしてんだよ」


 明け透けなジュードの言葉にカッと顔が熱くなる。


「乱交パーティだ、つったろ。俺たちはソファで盛った男と女、つまんねえ人さまのコソコソ話なんか耳に入っちゃいねえ。わかったか?」

「……ッ」

「そうだ、せいぜい不安そうにしがみついてろ。……そっちのがぽいからな」


 緊張感から潜めていた息を吐き出すと、思いのほかしっとりとした吐息が出て自分で焦る。ジュードは口の端をニヤリと引きあげ、仮面の奥から、目線だけをクラークスに注ぎ込んでいた。


「……全国にコレが行き渡ったら、みーんなきっとホイホイ売られに行きますね。そういえば、お父様の具合はどうなんです?」

「ああ、アレももうダメだろう。ちょうど俺が王座につくのと同じくらいの時期に、この国を帝国に売り払う支度は整いそうだな」


 ホールのあちらこちらから、不健全な喘ぎ声が響いている。

 だからこそ、だろうか。クラークスははっきりと『王座』と口にしていた。ここにいる人間はみんな、用意された薬物を口にして、性に没頭しているだろうから、と。それゆえの油断で、クラークスはこんな不用意な発言をしたのだろうか。


(……今ここで、この男を捕らえて、断罪することはできないの……?)


 この国の治安はよくない。知っている。ずっと聖女が現れなくて、国は荒れに荒れた。

 私が『聖女』ということになって、少しはマシになったけれど、それでも一度腐った土壌が美しくなるには至っていない。


 この国の法や警察機関に期待はできない。


 歯がゆい気持ちでいっぱいになるけれど、私以上に、ジュードはまるでクラークスを射殺さんとばかりに睨んでいた。


(決定的な証拠がないと、この男は捌けない)


 ジュードはずっと、クラークスの悪事を追っていた。

 どれほど悔しい思いをしてきたのだろう。わかっているのに、自分ではこの男を追い詰められないことに、どれほど思い悩んだことだろうか。


(証拠を……。こんな話をしていたという証言だけじゃダメ、せめて、この不健全な場所に彼がいたという証拠を、どうにかして残せない……!?)

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