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12.ダンスタイム

「こちらは私の婚約者のロザリーだよ」

「ご機嫌麗しゅう。第二王子殿下、聖女様」


 金の髪を豪勢に巻いた美女がそれは見事なカーテシーを披露する。私がやると無様だからやらなくていいってジュードに言われたやつだ。うん、多分、できない!


 第一王子殿下の婚約者、ということはきっと公爵家のご令嬢とかだろう。


「かわいらしい方ですのね、聖女様って。お会いできて光栄ですわ」

「こちらこそ、このような華やかな場にご招待いただきましてありがとうございます。ご挨拶できて嬉しいです」


 金糸雀が鳴くような美しい声の人だ。金髪碧眼で、昔読んだ絵本のお姫様がそのまま出てきたような。第一王子殿下と並んでいるお姿はまさに理想の王子様とお姫様、という雰囲気だ。


「よかったら、今度はささやかな茶会でもしよう。今日はちょっと規模が大きすぎてゆっくりお話というわけにはいかないからね。私も聖女様と色々とお話をしてみたいな」

「そうですね、ぜひ。でも、兄上はご公務で色々お忙しくされているでしょう? コルネリアも忙しいから日程が合うかどうか」

「時間は作るものだよ、ジュード。今度ご相談させてくださいね、聖女様」


 にこやかな菫色の瞳と目が合う。ジュードと同じ色のはずなのに、なんだか澱んだ色に感じられるのは彼に関する悪い話を先に聞いてしまっていたからだろうか。


「では、失礼するよ。今日はお楽しみくださいね」


 彼が完全に視界から消えて、ようやくジュードがぽつりと口を開いた。


「……アレがクラークス。第一王子だ」

「……」


 あの男が、悪事に手を染め自国を売らんとしている。


(正直、ジュードから先に聞いていなかったら、彼を悪いふうには思えなかったかもしれない)


 物腰は柔らかで、立ち振る舞いも王子然として立派だった。邪心があるふうには見えなかった。


 ◆


 やがて弦の音が響き出す。


 旋律に誘われるように若い男女たちはみなそろって会場の中央に集まり、クルクルと踊り始めていった。


「あ、ダンスタイム……」


「まだ行かなくていい」


 ハッと顔を上げる私をジュードが制した。


「何もずっと踊りっぱなしじゃないといけないわけじゃない。ホラ、端っこでのんびりしている人たちもたくさんいるだろう?」

「は、はい」

「君と話をしたい人はもっとたくさんいると思うよ。僕たちもまだ、もう少し歓談のほうを楽しもう?」


 ジュードが言うとおり、会場の端でワイングラスを持ちながら踊りを鑑賞している人たちに近づいていくと自然に歓談が始まっていった。


 ホッと胸を撫で下ろし、私もノンアルコールのカクテルを飲んだ。知らず火照っていた身体に、よく冷えた炭酸が心地よい。


 早いテンポの曲がしばらく続いたあと、ゆったりとしたメロディが流れ出す。結構好きな旋律だ。夢見心地になっていきそう。


 しかしここで、ぽーっとしている私の腕が、突如グイッと引かれた。


「踊りっぱなしでなくてもいいけど、一曲も踊らねえわけにもいかねえんだよな?」

「え……」

「一応今日は俺とお前のお披露目会でもあるからよ」


 気づけば腰を抱かれ、フロアの中心に導かれていた。


(あ、安心させといて! なによ!)


 裏切られた気分でジュードを見上げる。ニヤ、と不敵な笑みで返された。


「わ、わたし、本当に踊れないから……」

「大丈夫」


 しゅんと呟けば、ジュードは力強くそう言い、私の手のひらをぎゅうと握りしめた。


「チークダンス、ってやつだ」

「チークダンス?」


「……身体くっつけて揺られてればそれでいい。俺に身体預けて」

「……」


 耳元で囁かれ、私は小さく頷くしかなかった。今ここで頼ることができるのはこの男しかいない。

 ぐっと腰を抱かれ、引き寄せられる。ジュードに促されるがままに空いた片手を彼の肩に乗せ、身を寄せた。


「おお……聖女様と第二王子殿下が」

「お美しい……第二王子殿下も立派になられたなあ……」

「なにしろ昔は……おっと」

「ああっ、聖女様の踊る姿が見られるなんて! さながら妖精のようですわっ」

「いえ、アレは地上に降りた天使ですわよ!」


 注目が恥ずかしかったけれど、まあ好意的に見られるのは悪くはなかった。


 ◆


 ドレスも着替えて身軽な格好で帰りの馬車に乗る。もう遅い時間だからいいと言ったけど、ジュードは神殿まで一緒について送ってくれるようだった。


(……なんだか、この馬車に向かい合って座るのも慣れてきちゃったわね)


 馬車が走り出すと、足を組んで少しふんぞり返って座るこの男の態度にも。


 暗い窓の外を眺める横顔に私は声をかけた。


「あの、ありがとう」

「あぁ?」

「夜会。……不安だったけど。あなたがいたから大丈夫だった。ありがとう」

「変なやつ、俺に無理やり連れて来られたのに。礼言うなんて」


 ジュードはなぜか眉を下げて苦笑した。

 きょとんとその表情を眺めていると、不意にジュードはいつものニヤリとした笑みを浮かべる。


「あんな不安な顔して俺の顔見るアンタなんて、いいもん見れたしな」

「……バカ?」


 間違いなくチークダンスの時のことを言っている。ニヤついた顔を半目で睨み、私は肩を落としながらため息をついた。


 それからしばらく、静かな時間が流れる。座席の縁に腕をかけて、だらりと垂らした手がふと目についた。


(……コイツ、すっごい手デカかったわね)


 踊っている間ずっと繋ぎっぱなしだった手のことを思い出して、ついしみじみとしてしまう。今までも何度か手に触れたことはあったけれど、指を絡めてしっかりと握ったら改めてまざまざと体格差を突きつけられた気持ちだ。


 ……手、ずっと握っていたということは……。

 あることに思い至って、思わず私は「あ」と声を上げてしまった。


「なんだ、どうしたんだよ、急に」

「あ、えっと、ダンス中に手、繋いでたでしょ?」


 ぱ、と手を開いて見せながら話す。


「私の手、その、女の子らしくなかったでしょう。乳鉢のせいでタコできてて硬いし……ゴツゴツしてたでしょ」


 硬い手をずっと握らせていてごめんなさい、と言うとジュートはきつく眉間にシワを寄せた。


「……こんなちいせえ手で何言ってんだよ」

「え?」

「なんでもねえ」


 ふいっとシュードはまた窓の外に顔を向けてしまう。


(小さい手、って、そりゃあなたのバカでかい手に比べたらみんな手は小さいわよ)


 私は自分のタコだらけの手を眺めながら眉根を寄せた。


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