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1.聖女、コルネリア

「あらあら、聖女様ったら。また薬草を摘んでいらっしゃったのですか」

「奇跡の力ばかりに頼らない、本当にご立派な方ですね」


 すれ違いざまに声をかけてくるみんなに、黙ってニコリと微笑み返す。


「あの聖女様はすごいぞ。聖女の奇跡をひけらかすことなく、いつまでも驕り高ぶらない……。まさにあの人こそ『聖女』だよ」


 職場である神殿の長い長い廊下を歩いていると、いろんな人とすれ違う。神官も、来訪者もみんな私に恭しく礼をして、興奮気味にいかに私が素晴らしい聖女なのかと囁き合う。

 私はそれを聞きながら、小走り気味に自室へと向かう。


(ごめんなさい)


 神殿で生活するようになって何年経ったろうか? いまだに私は『聖女様』と呼ばれることに慣れていない。呼ばれるたびに胸にチクリと杭が打たれる気持ちになる。


(奇跡の力に頼らない聖女、下々の民と同じ目線に降り立って、怪我や病に苦しむ人の声をよく聞き、やさしき聖女、ね)


 ため息を呑み込んで、私は静かに自室のドアを開ける。ドアが開いた瞬間、独特の薬の匂いが広がる。作業台に摘んだばかりの薬草を広げ、手早く用途ごとに分類していく。


(……魔物の繁殖期に入ったから、山間部の農民たちの怪我が多いわ。国中の村に配れるように傷薬をたくさん作っておかないと)


 手によく馴染んだ愛用の乳鉢を握り締める。

 ポーションは万能薬だけど、輸送と保存に適していない。軟膏タイプの傷薬が望ましいだろう。


 聖女の奇跡があれば人の病や怪我を癒せる。だけど、その奇跡はこの神殿を訪れた者にしか与えられない。みんなは私がこうやって薬を作ることを私の慈悲深さによるものだと思っている。薬であれば輸送して各地に配ることも一定の間保存しておくことも可能だ。


 でも、私がこうして薬を作る理由はそうじゃない。多くの人を救いたいと思っている気持ちに嘘はないけれど、そうじゃないのだ。


 私にはこうするしかできないから。

 私は聖女の奇跡が使えないから。


 ――だって私、偽者だもの。


 長らくの聖女不在によって荒れ果てた我が国。細々と続いてきた我が子爵家も存続の危機に陥っていた。そんな中、父が私を『聖女』として祭り上げたのだった。


 本物の聖女だったら、人の傷や病を癒せる奇跡を使える。だけど私はそんな奇跡は使えない、じゃあ、どうするんだといったら『薬』を作るしかない。

 みんなは私が作る薬には聖女の加護がかかっているからよく効くのだと思ってくれている。……そう思ってもらえるように私が振る舞ってきたから。


 私は聖女じゃないけれど、人よりも少し器用で、人よりも強い魔力を持っていた。魔力をこめながら作り上げた薬は薬師が調合した以上の効力を持つ。なにがなんだかよくわかっていなかった六歳の頃から私はずっと父に言われるがままにいろんな薬を作ってきた。聖女として祭り上げられるようになってからは、周りの人に望まれるがままにその役割を果たしてきた。


 乳鉢にゴリゴリと擦り潰されていく薬草が鼻につく苦い香りを撒き散らす。鼻を少しだけスンと鳴らしながら私は目を細めた。


 ――私、偽者です。本当は聖女じゃありません。


 いままで何度も言おうとしてきた。でも。


「聖女さまが現れてからこの国の自殺者数が2000人から1000人を切るほどまで減ったんですよ!」

「聖女様のおかげで毎日暖かいご飯が食べられるようになって……!」

「ああ、聖女さまがいない毎日など、もう考えられません!」


 ――これじゃ、無理よ……!


 私が辞めたら、どれだけの人が病んでいって死んでいくかと思うと、やめられない……!


 魔力を込めて薬を調合する手は止めないまま、私ははあと大きなため息をついた。


 ◆


「神様、どうか愚かな私をお許しください……」


 今日の分の薬作りはおわり。駆け込みでやってきた訪問者の対応もおわり。

 夕暮れの空が紫色に滲む頃。私は一人神殿の中央、大きな祭壇に祀られた女神像に懺悔していた。神官たちには「一人でお祈りがしたいの」とお願いしているからよほどの緊急事態でも起きない限り、この場所に誰かが来ることはない。


 大理石を削って作られた女神像はとてもお美しかった。優しい眼差しをそっと見上げる。


 聖女は女神様が天より遣わす存在であると言い伝えられている。


 偽りの聖女であり続けることを、私は罪と認識している。でも、やめられなかった。私が『偽者』と知ることでどれだけの人が失望するか。私が聖女の任を果たさなくなることでどれだけの人が死に、この国が再び荒れ果ててしまうか。


(やめられない……)


 早く本物の聖女が現れてくれないだろうか。そうしたら私は喜んで断罪される。どうか、この国の民を、土地を慈しんでくれる善き聖女がいち早く明日にでも訪れてくださいますように。本当にこの国を護ってくれるその人が現れますように。


(……それまでは私が、この国を護るから……)


 私は決意していた。


 いつか本物の聖女が現れるその時まで、本物の聖女にけして劣らぬ働きをしようと。いや、偽者であるからこそ、本物以上にこの役目を務め上げてみせると。

 けして自分が『偽者』とはバレないように。人々に聖女の存在を信じさせ続けられるように、人の希望であり続けられるように。


 たとえ善悪の区別もつかぬ幼き頃に肉親に利用されて得た地位だったとしても、私には責任がある。罪深い身なれど、果たさねばならない矜持がある。


(偽聖女として、私は己の責務をやり遂げる……!)


 その時、人払いをしているはずの聖堂の扉が開かれる音がした。ギイィと重たい音、その後に靴の底が床を蹴る音がカツカツと静かな空間に響いていく。


「ああ、いた。聖女様」


 薄暗い室内に外の光が差し込む。


 美しい男がいた。西日に照らされた金の髪は眩く輝き、瞳の色までは陰ってよく見えないが整った顔立ちをしていることはわかった。背は高く、スラリとした体躯で身に纏った衣類にも高級感がある。


(この方は……)


 ハッとして私はその場に跪いた。


「ああ、どうか顔を上げてください。神殿においては訪れるものの身分は全て平等でしょう? もし跪くとすれば、むしろ私のほうだ」

「いいえ。とんでもありません。第二王子殿下」


 耳触りのいいよく通る声が頭上から響く。

 国の第二王子、ジュード殿下だ。

 この距離でお会いするのは初めてだが式典で何度か拝見したことがある。

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