『ヴェアヴォルフ』の瓦解
「...お前か。まあ入れ」
「ハイ、どうも。あ、お茶ってあります?」
所は再び事務所内。二条寛太に恐れを抱くどころか、寧ろ喜んでパシリにでも使いそうなノエルの言葉に苦笑しつつも、寛太は彼と自らの分茶を淹れた。
「アヅッ!...ふぅ。あー、まあなんとなく要件は分かるが。お前もノワールの事を推しているもんな」
「?まあ、そうですね。黒様は思考の存在ですから。こんな腐り切った企業に置くにはもったいない。それならば、俺達で新しい企業を起こす方が賢明です。ってことで止めまーす」
「...ロウエンの差し金か?」
寛太の、正鵠を射たその言葉には軽口で応酬し、ノエルはその場に立って演説を始めた。
「ヴェアヴォルフは腐敗しています。選考で選ばれるのは外面が良くて声もいい奴、配信センスやソイツの本音なんて文字の一画ほども興味がない。マネージャーも職務放棄で、予定なんてまともにないようなスケジュール。かと言って聞いてみれば重要な打ち合わせがあったのに伝えてこなかったり、内部で対立しても何も言わない。黒様がいたから紛いなりにも企業の体裁をとれていたけど、黒様が真っ当に動いていない現状俺がいてもただの金づる扱い。そんなところにいるほど、俺はお人よしじゃねえってわけです」
その、まっすぐな瞳に寛太はつい目をそらしてしまう。確かに、内部が腐敗しているのは彼の知るところでもある。しかし、それを切ろうにも人員不足であり、更に求人は人事部が不要と切り捨てる。八方ふさがりに近いのだ。
「...俺だって、直せるなら直したいさ。だがな!世間はそんなに甘くねえんだよ!株主総会では大株主に延々と『人形が金になるなど阿漕な商売だな』などと、手前も加担しているのに言われ!内部の膿を出そうにもその内部に真っ当なのがいねえせいで出せず!俺は寧ろあいつらの傀儡だよ!こんな所なんてぶち壊してやりてえ!」
そう、大きく吠えた寛太に。ノエルは、雹堂家という大きな資産を持つ家の長兄は。ニヤリと口元を歪めた。そして、本来であれば継がれるはずの立場を専務たちによって防がれている、『Alia』の親企業の二条グループの正当な後継者に、囁いた。
「...それだったら、自分で企業を作ればいい。あんたの所は二条だろ?STOで配信している黒様を見つけ出して、ヴァーチャルを前面に押し出して。VRを、もっと進歩させればいい。そして、此処の社員共に『ざまぁ』してやろうぜ?」
それは、悪魔のささやきだ。だが―――カーディナルブリットという、本来はただのソフトであったはずの異世界にて『悪魔貴族』とも呼ばれた彼は...ノエル・エト・ヴァングシュテインは。その言葉を持って、ヴェアヴォルフを崩壊へと導き始めた。
運命の輪は、今回り始めた―――。
...翌週。ヴェアヴォルフ公式がライブを開始した。それは数少ない実写であり、取締役である二条寛太のヤクザとも呼ばれる凶悪な様相が全国の視聴者へ頭を下げた瞬間であった。
当然、ヴェアヴォルフのスタッフはこのことに気付かず、また配信が当氏の自宅ではなく二条グループ本社にて行われていることもあって配信はとどまることを知らなかった。
その中で発表された、牙王ロウエンと黒主ノワールにノエル・ヴァンデリード、そして自らのヴァヴォルフからの脱退と、自らが代表へとなった二条グループを大本とした新企業の立ち上げ。そして、ヴェアヴォルフ内部の腐敗と一部ライバーの問題行動等は瞬く間にインターネットを駆け巡り、それを題材としたネット記事が大量に乱立。配信終了とほぼ同時に、ヴェアヴォルフが牙王ロウエンと黒主ノワールにノエル・ヴァンデリードと二条寛太取締役の解雇の旨、そしてそれは信頼失墜行為であるなどという数少ない運営らしいコメントをしたが、当然それらはヴェアヴォルフの腐敗を聞いた彼等にとってはただの言い訳としてとらえられることとなり。ヴェアヴォルフはイメージを大きく損なわれて二条寛太に対して告訴を行うとしたうえで、被告当人も同様に告訴。ヴェアヴォルフと、二条寛太を主とした『Dual-Blades』という、所属ライバーの合計登録者数なら五分五分の、中堅事務所同士の争いが始まる。
これらはノワールがいない半年間で行われることとなり、当然ヴェアヴォルフは敗訴。『Dual-Blades』という企業が生まれたことによって個人勢であり祖でもあるVの主、発破レントが同事務所に所属し、一瞬にして大手事務所にも引けを取らない大きな事務所へと変貌を遂げたのだが...一方で。
「あ゛あ゛あ゛あ゛!?回らねえええ!?」
ヴェアヴォルフに残っていたライバーは一部が引退、もしくは転生を行ってライバー数が減少。それでもなお残っていたライバーは同接数が3桁に行くかどうか、そしてそのすべてがアンチコメントで埋め尽くされると言う、かつての黒主ノワールのような状態へと変貌し。ヴェアヴォルフという舟は、内部からの爆発によってレッドオーシャンに沈没していった。
...一方で。
「おお、今日もいるんだ。どうもー。ああ、今日は二条のおっちゃんに雹堂くんもいるのか。中々豪奢なことで」
自らの同期へとなった二人の本名を晒しているとは露も知らず、ヴェアヴォルフの事も一切知らず。そう言えばマンションからヴェアヴォルフメンバーが消えたなー、位にしか思っていない彼は、今日もオルタービアでのんびり配信を続けるのだった。