一方その頃現場では。(視点:3人称)
ただ単純に住むと言うだけならば、便所とキッチンを増設してソファに寝ればほとんど最高と言ってもいい、最早小さな広場であるほどに広々とした【Vの家】の大応接間。
特注で作られたこの応接間の中に、喧々諤々とした喚声が響いていた。
「俺達はライブには出ない、雑談配信もゲームの配信もしない!ただ単純にガチャを回して、それをレビューするだけなんだ!」
「それが危ないって、なんでわからないんだ!?配信なんて、呆れられれば誰も来ない!同接も、箱の人気があるとはいえ3桁なんてざらになるぞ!?」
「知った事か!俺はな、お前らなんてどうでもいいんだよ!」
所謂、価値観の相違から生まれた口論である。最近はヴェアヴォルフの中でこういった口論は数多く巻き起こっており、特に1期生である牙王ロウエンと6期生である悠華 ロンメルの対立が激しく、よくこうやって口論...そして、その中間にある黒主ノワールがいなければ掴み合いの喧嘩にも発展する。
今回は、喧嘩になりそうな予感がするのである。
「...ほぅ?お前らがどうでもいい、と言ったか。よし、では私はヴェアヴォルフを脱退する」
その言葉をロウエンが出した瞬間、ロンメルが明らかに狼狽えた。それもそのはず、牙王ロウエンの名はV業界で最大の登録者を持つライバーとして、界隈はおろかリアルの方でも名が轟いているのだ。ヴェアヴォルフという箱も、彼女とノワールと言う面白い、定期的に何かしらやらかす、そしてちょっと頭のネジが外れているという全く同じ3拍子を持った、Vを代表する男女の最大登録者数を誇る、ヴェアヴォルフという中堅企業にあるにはもったいないほどの二大巨頭なのだ。
箱の人気もほとんどはそこから来ており、若手として推しを語りつつも配信が面白いという特徴を持つノエル・ヴァンデリードのような自らの配信が一つのコンテンツとなっているライバーとは異なり、大抵のヴェアヴォルフのライバーの実力はたかが知れている。きっと、二人がいなければロンメルの同接数は激減し、今でこそ一万人程度が視聴するその配信も、それこそ3桁前半に沈むだろう。
「...おい!あんたが身勝手な理由で辞められると箱に迷惑がかかるんだよ!そんくらい考えろ!」
そのまま去って行こうとするロウエンの手首をギリっと掴んだロンメルだが、その直後彼は昏倒したかのように倒れ伏した。本来彼のあった視点には、下から振り上げた爪先を戻して、「...これは過剰防衛になるのか?まあ、私の手首も青あざが出来ているし、軽い脳震盪程度だから一応は正当防衛にあたるだろう。顎は裂傷になっていないし、骨も...問題ない!よし、やめに行くぞー!」と心配はどこへやら、ピクニックに行くと言った子供のようなうきうきとした足取りでマンションを後にするロウエンがあった。
「...やめたい、だと?」
数時間後。ロウエンは、ヴェアヴォルフの事務所にいた。目の前には、彼女をスカウトしたヤクザみたいな顔とよく形容される、スキンヘッドの大男が。右目には何でできたのだろうか、切り裂かれたような古傷が付いておりそれを表すかのように右目には眼帯がつけられている。
「ええ。ついでに言えば、ノワールもやめさせていただきたい」
ロウエンの言葉に、事務所にいる大男...ヴェアヴォルフの取締役、二条寛太は呆れたように
「他人の辞職を決められる権限などあるものか。企業ならともかく、お前は一個人。そんなことできるわけが―――」
「じゃじゃーん。これ、何か分かるよね?まあ、中身を見てみなさいって」
寛太の言葉を遮る様にそう言って彼女が取り出したのは、白い長方形をした、口を何かによって〆られている封筒。いやな予感を覚えた寛太がそれを裏返すと、義務教育機関の書道で使われる小筆と思しきもので書かれたのだろうか、少し毛先が跳ねていて文字ではない部分に黒い墨が付いた文字で『離職願』と書かれた正面が、彼の眼球に映った。
「...お前」
「これは、本人が『私に何かあった際、もしくは私諸共あなたがこの事務所を羽ばたきたいと思えるような事象に直面した際に提出してください』と言って渡してきたものだ。これでも一応本人の代理になると思うが?」
一部破綻している気がしないでもないが、それはご愛嬌。
「だが―――」
「今のヴェアヴォルフは、腐敗している。ライバーは無駄に声と外のビジュアルにこだわって中身には一切関与しないものを選択するスカウト陣。内部分裂を見ても、『ネタになる』といって注意もしない運営。...そして、そんな内部分裂が高じて、腐りきっている環境を普通と思い込み、私とクロだけの人気にあやかって配信しているライバー共。私はうんざりだ。こんな所、出て行ってやる!」
「あ、おい!」
そう言って飛び出していったロウエンは、すれ違ったノエルを呼び止めた。
「なんですか?俺は黒様が現れない業界なんて見限ってやりたいので、抜けることを言いに行くんですが」
彼の発言を聞いたロウエンは、(クロに染まると、考えがこうも同じになるのか)と苦笑してしまう。
「...なんなんですか?何もないなら行きますからね?」
そう言って離れようとしたノエルの腕を、「あ、待ってくれ!」と軽くつかんで留めるロウエン。あきれたような顔をしているノエルに、彼女は言った。
「...良い案があるんだ。協力してくれないか?」