一週先は皆渾沌へ、空は輝きただ青く
口から出た、同接3桁前半時代のアンチに向けて放たれていた定型文。即座に撤回しようとするが、勿論撤回できる筈も無く。配信のコメントを見るために開いたホログラムに、無情なコメントが―――
『自己肯定感低すぎで草。でも、面白そうだし見てやるよ』
そして、流れてきたのは。そんな、あまりにも優しいコメントだった。
「...うっぐ」
あの頃には、こんなことを言ってもらえる人物はいなかった。俺を擁護するニュアンスを持ったコメントが流れればそれの数十倍のアンチコメでコメ欄は埋め尽くされ、そして擁護してくれた人もアンチと化し。なんでこんな目にと思ったことも何回もあった。今でも、そんなアンチは俺の配信に少数ながらもいる。...だから。単純に、色眼鏡無しで俺の配信を見てくれている視聴者の言葉に、俺は涙を見せてしまった。
『泣くな泣くな!男は、一に労働二に度胸、三四が女で五が野球だろ?俺で良けりゃいつでも見てやるからさ』
「...俺、こんな温かいコメントを貰ったのは5年間のV活動で一回もなかったから、っぐ、ありがどう゛!」
この涙は、この言葉は、今この配信を見てくれている奴だけに見せよう。俺は、そう思ってアーカイブとして保存する設定をオフにした。
「...すみません。俺がデビューした時は、ユニコーン共が『男のVなんて解釈不一致だ』だの『俺のエニたんを返せ!』だの、色々コメントしてきてたので。あの時の、低同接時代のテンションのまま挨拶してしまって。...情けない姿を見せましたね」
『いやいや、俺は全然かまわないが。そうだ、俺の胸の写真でも見るか?』
軽口コメントに「ネカマの胸なんて見てやるかよ!」と笑って返せた俺は、少しは強く見えただろうか。
「あー、此処はオルタービアと言って、現状通常手段では到達不可能な領域にあります。俺は生憎とCometsの代表の実子なのでそのコマンドを知っていますが、まあ一般プレイヤーには到達できないでしょうね」
『ふーん。因みに、どんなコマンドなんだ?』
うーん、言って良いものか。...まあ、どうせこの配信を見ているのは今コメを打った人しかいないし。言っちまってもいいかな?
「Apocaryptic swordsですね。Cometsの開発陣...というか、恐らくは此処に入って勝手に遊んでいた岸堂さんが創ったと思しき隠しコマンドで、打ち込むと5000と40のスキルポイントが入手できます。ただ、無人島を発見したとかそう言う称号で手に入るスキルポイントは俺が手に入れているんで、その点は謝っときます」
『良いって事よ。俺とお前の仲じゃねえか』
「仲良くなった覚えは、生憎ないですねえ」
少しして、コメントをくれていた人...アカウント名『†二条 優姫†』は『じゃあ、俺もそこ行くわ』というコメントを残して同接数諸共消え去った。一応ネカマと思しき彼にはモデレーター権限を与えておいて、最古参を名乗っていただこう。そのうち、俺の...『黒主ノワール』の配信にもいらっしゃってくれればいいが...まあ、それで運営ともめるようなことがあれば、最悪の場合は運営と袂を分かつことも考えようか。
最近は、悲しいことにヴェアヴォルフの空気が悪い。新旧ライバーの配信の価値観の相違なんかが目につく。特に、ノエル君の次の日に初配信を行った悠華 ロンメルというライバーは、課金や競馬、競輪などギャンブル性が高いものに手を染めて配信活動を行っている。先輩たちとしてはほどほどにしておきなさいと言いたいのだろうが、そう言ったものでスパチャを貰うと言う風に配信を行う人物も多い。確かに当たれば大きいが...マンネリ感が出てくるから、俺はあまりお勧めしない。
で、彼等の軋轢が表層化したのが先月にあった、毎年恒例の俺のマンションの広場に集まって、マンションの住人たちを呼んでヴェアヴォルフ全体と一緒にV業界の話をする『餓狼の饗宴』。
さっき言ったロンメルなどの過激な方法で一回で大きく集客するギャンブル性が大きい方法で配信を行う若手と、Vの祖であるレントやノエル君のようなゲーム配信や雑談配信を数多くこなして固定客を増やし、一回一回の配信で安定した集客を行ういわば普通の配信を行う従来の方法をとる者達と。
数時間に及ぶ大論争が巻き起こり、しかしその大論争は俺が一言こういったことで収まった。
「...まあ、俺はどっちもやるけどな」
あの時の、未だ俺の配信に残っているアンチの実体を持った視線と錯覚せんがばかりの視線は痛かったね。ま、これもV界全体のメイン盾と呼ばれる俺の仕事さ。アンチは基本俺の所に寄ってくる。ヴェアヴォルフは俺の存在があるからこそ中堅で停滞しているが、まあいなくなったら分裂するのは必至。そのうち、分裂すれば波紋は大きく広がってV界全体の損失になるだろう。...つまり、俺を推すノエル君も消えるのか。それはいやだな、一ファンが高じてVのライバーになった、二代目俺みたいな存在は守り抜かなければ。守る気は甚だないがね。