プロローグ
『設定など面倒臭い。そんな世界があっていいじゃないか。』そんな思想の下に創られた、MMO開発グループ『Comets』。彼らは皆なにがしかの有名MMOに関わっていた、しかもその中でも中核をなすような高性能の人物たち。彼らは、今の業界の進んでいくMMOと言うものに辟易していた。本来はそれでいいのかもしれないが、或る程度のフロアである程度の強さごとに分けられた敵性NPC。適当なボス部屋には、一層強いものの次のフロアではフロアに幾らでも湧く雑魚敵をまとめる、リーダー的な強さにするためボスの雑魚敵とのレベル差があまりないせいで気を付ければ簡単に倒せてしまう戦闘。優遇しないとプレイヤーが離れる現状、どんどん優遇策を付けて行く為に彼らに無茶ぶりをする運営陣。彼らは、共通した理念を抱いていた。
『俺ら(私ら)はお前らの奴隷じゃねえ!』
『Comets』の代表とされている男が匿名式掲示板で『某MMO運営会社プログラマーワイ、この後の行動安価するww』という名のスレッドと呼ばれるものを立て、結果辞表を上司に叩きつけて『Comets』立ち上げに加えて似たような境遇の彼等の受け入れを行った同人活動を行うことになった。
所属員匿名同人MMO開発・管理会社『Comets』。その名は一般人には表向きは大企業『Alia』によって管理・販売されている彼らの作品人気によって名など知られない存在だが、業界に少し踏み入れたものならば誰もが尊敬と畏怖を込めてその名を呼ぶ企業。彼らのMMOは、世界各国に波及しているのだ。
『Startail Online』。通称STO。MMO開発・管理会社『Comets』が、親会社である『Alia』のハードの規格に対応するように作られたVRMMOソフトであり、今まで作られてきた一方通行・RPG性を捨てた完全なる自由を追求し続けた先の一つの到達点として完成したソフトでもある。
自由なプレイングを追求したがために一部獲得条件のある数多のスキル群(ver,1.1ではスキルが2734個、内獲得条件ありが340個、更に特殊獲得スキルが4つ)、そんなプレイングを行うために必要な莫大な素材群(ver,1.1では現在90000こほどのアイテム及び素材を想定している)、現実よりはマシなもののスキルアシスト効力が小さく現実でのそれを知っていなければまともに動かないスキル使用によるスキルレベル上げ、初心者の狩場でも時折初心者を殺しにくる凶悪なイレギュラー。はっきり言って、普通に考えればクソofクソゲーである。だが、ゴミゲーではない。むしろ、その業界の廃プレイヤーから見れば良ゲー、ともすれば神ゲーとまで言わしめることもできるのではないだろうか?
要は、そのプレイヤーのリアル部分に関係するのがこのソフトというわけだ。開発陣すらも作って苦笑するレベルだが、調整はしないだろう。
「はぁ...」
親父があげたそんな俺用の記事を見ながら、俺は大きなため息をついた。
『Comets』代表、卯月茜の息子。それが俺、卯月六華だ。
と言っても、勿論茜も六華も男の名前である。名付け親のばあちゃんは何してんだ全く。
母親は知らん。親父曰く『あの人は自由な人だったからな。遺書書いて地雷原に突っ込むぐらいには』と言っていて、生きているのか死んでいるのかすらも不明だ。ただ、たまに生きている証拠として『〇〇国寄り中なう』と言った感じのツイートがツイーターで出てくるので、のらりくらり生きているのだとは思う。
親父は開発バカで、実際には俺と親父はほとんど別居状態と言ってもいい、というか親父ら『Comets』のみんなが会社に引きこもっている。そんな親父は毎月小遣いとして23歳ニート俺に3桁万円を預けるが、この潤沢な資金のおかげで俺は家を改造した。具体的にいうと家全面に遮音材と防音シートを付けて、食材を買って飯を食った後に仮想の姿で配信を行っている。いわゆるVtuberと言うやつだ。そこそこ人気の配信者で、その時の名前を黒主ノワールと言う。働いてもいないのに脱サラリーマンという立場を崩すことがないのは、稀に親父のところで扱かれるからだ。そこでは俺の高音域を出す声帯のせいで散々揶揄われたが、愛のあるいじりだと思っておこう。
それで、半年前に俺を...黒主ノワールを推している異世界から来た設定のノエル・ヴァンデリードと言う名のライバーが我らが企業であるヴェアヴォルフにやってきた。異世界にユアーチューブはないだろと初配信時にコメントで突っ込んだら、「ああぁぁぁぁぁあああ黒様!異世界へ行く前から推してました!」と言われ。あ、これやべえやつだわとツッコミは控えた。
そして。明日、10月3日。7月末から行われたクローズドβテストによる最終調整を終え、もはや一種の家族ですらあるあのバカ共の技術の結晶にて到達点、『Startail Online』が午後3時より公式サービスを開始する。...本当に、これが配信対応で良かった。ありがとう、バカ親父。