番外編・二 別れの時
今回は、三上さんのバイト先の店長が語ります。
つい数日前のこと。信じられないことを言われ、私は動揺を隠しきれなかった。三上沙羅さんが、ここでのバイトをやめたい、と伝えて来たのだから、驚くなと言う方が無理だ。
「店長。実は、前に勤めていた老人ホームから連絡があって。戻って来てほしいと言われたんです。事情があってやめたんですけど、やめたかったわけじゃなくて。どうするべきか考えて、考えて。最終的に、戻ろう、と思いました。だから、ここをやめさせて下さい」
その真剣な眼差しに、私はしばらく口を閉ざしてしまった。何と言っていいのか、わからなくなってしまったのだ。
彼女がここに来てから数か月。同年齢の子たちとはしゃぐようなこともなく、いつも少し距離をとっていたように見えた。彼女には、どこか影があって、そこも含めて気になっていた。彼女を見ると、ついふざけたことを言っていたが、それは彼女に構いたかっただけだ。
ファミリーレストランの社員をやっていれば、バイトの入れ替わりがそれなりにあることは、もちろんわかっている。が、今回のこの気持ちはなんだろう。やはり、好きという感情が、動揺させているのだろう、と思う。それは、もはや社員としての思いではない。
この前ここに来てくれた、名前は何だったか忘れてしまったが、美容師の青年が、私に彼女を好きだということを認めさせた。その日から、彼女にどう接していいのか迷ったが、結局それまでのような感じでここまで来た。このままで、ずっといられるような、そんな気でいた。ありえないことだ。
「そう。前にいた所から声が掛かったなら、戻った方がいいよね。うん。わかった。それで、いつまでいてくれる?」
「出来れば、来月から戻りたいので……」
「いいよ。残念だけど、仕方ないね」
「すみません」
彼女は、自分で自分の幸せをつかむ為に、ここを出て行くのだ。引き止めてはいけない。でも、もしも叶うなら……。
その先は、心の中でも言うまいと思う。彼女の幸せを祈れ。それが、大人のすることだ。そう言い聞かせる。その方が、絶対かっこいい。自分では、そう思う。
彼女の勤務最後の日、バイト仲間の吉本さんから花束を渡してもらった。彼女は笑顔で、「ありがとう」と私たちに言うと、背中を向けて店を出て行った。
それから彼女には会っていない。幸せでいてくれたらいいな、と思いながら、今日も営業をしている。
次回で完結します。三上さんが勤めていた、こもれびホームの施設長が語ります。