第十三話 祖母の部屋
食事をして店を出てから、沙羅は、「じゃあね」と言って伊藤に背中を向けた。
「三上さん。また連絡するから。今日みたいに、どっかに出かけよう」
沙羅は振り向き、黙って頷いた。
「今日は、本当にありがとう。オレ、本当に、本当に嬉しい」
感激してくれている様子の伊藤を見ながら、小さく息を吐き出した。
(私なんかと出かけられたからって、そんなに喜ばなくてもいいのに。私なんか……)
沙羅は、はっとした。また、「なんか」と思ってしまった。習慣を変えるのは、何と難しいのだろう。軽く落ち込んでいると、笑顔の伊藤が手を振りながら、
「じゃあね、三上さん。気を付けて帰んなね」
「ありがとう」
くるりと向きを変えると、急ぎ足でその場を去った。自分で自分が嫌になる沙羅だった。
家に帰ると、「ただいま」と小さな声で言い、自分の部屋へ向かった。中に入ると、着替えもせずにベッドに倒れ込んだ。
(どうして私はこうなんだろうな)
寝転んだままで、カバンの中を探りスマホを出した。バラ園で撮ってもらった写真を見返した。立派なお屋敷。広い庭。美しいバラの園。
スマホを置くと、体を起こし伸びをした。部屋着に着替えると、ベッドのスマホを手に持ち、部屋を出た。
台所に行くと、祖母が何か作っていた。妹と父はまだ帰っていない。いや。父の姿は、ここしばらく見ていないな、と沙羅は思った。仕事が忙しいのか、何か用事があるのか、何も知らない。
「おばあちゃん」
呼び掛けると、祖母はゆっくりと振り向いた。沙羅と目が合うと笑顔になったが、どことなく無理をしているように感じられるものだった。沙羅は構わず、
「今日、バラ園に行ってきたよ。写真も撮ってきた。あ。撮ってもらった。通りがかりの優しい人に」
「そう」
「ねえ、見て」
「今、料理してるから、後で見せてちょうだい」
「見てよ」
尚もしつこく言ってみると、表情は変わらないものの、やや強い調子で、
「沙羅ちゃん。後で見せて?」
それ以上は食い下がれなかった。沙羅は、「ごめんなさい」と、もごもご言ってから台所を後にした。
(おばあちゃん、あの時、何て言ってたんだっけ)
思い出そうとしても、靄がかかったように、その姿は見えなかった。
夕食が終わっても、父は帰って来ない。夜中になれば帰ってくるのだろうか。祖母は、食事し始める前に、父の分の食事にラップを掛ける。いつものことだ。
「おばあちゃん。ごちそうさま。今日、私が洗うから」
妹の世羅が、椅子から立ち上がって言った。いつも感心な子だ、と沙羅は思った。小さい時から、祖母の手伝いを率先してやってきた。沙羅とは全く違う。沙羅は、その妹を見ているだけだった。
「じゃあ、お願いするわね。沙羅ちゃん、ちょっと、私の部屋まで来て」
「あ。はい」
食器を流しに持って行き世羅に渡してから、祖母の部屋に向かった。ノックしてドアを開けると、祖母は何か分厚い本のようなものを手にして立っていて、沙羅の顔を見ると笑顔になり、「座って」と言った。沙羅が、言われるままにローテーブルの前に座ると、祖母は手にしていたものをテーブルの上に置いて、沙羅の正面になる位置に座った。