プロローグ(3)
「ああ、そうだな」
親子は両手を組んで、深い祈りを捧げた。
暖かい食卓を提供してくれた謎の二人に。
大地の恵みを与えてくださった神々に。
そして、今、こうして生きていられるのはすべて、先祖のおかげだ。
長い、長い祈りだった。
十分に感謝を表してから、親子はようやく料理に手をつけ始める。
「そんな長ったらしくお祈りしていたらお料理が冷めてしまうわよね。こういう時は、ひとことでいいの。『いただきます』ってね?」
楽しげな少女の声に老夫が「そうか」と気のない返事をしている。
「あら、教えていなかったかしら?」
「さぁ」
「いやだわぁ。あなたってば、もう年ね?
ついにボケちゃったみたい。
お願いだから、手を妬かせる前に潔く死んでちょうだいよ。うふふっ」
父親には、二人の関係性がわからなかった。
親子にしては年が離れているし、祖父だとしても、「潔く死ね」と宣言する孫娘がいるだろうか。
そんなことを考えながらパンをちぎると、少女が老夫の胸元へ顔を埋めている光景が目に入ってきた。
父親は、何か予感のようなものを覚えた。
彼らは異常な雰囲気なのだ。いや、思い返せば先ほどからずっと異常だったのだが……。
「ねぇ、あなた。今夜はふたりきりではないのね。お客様がいるんですもの」
少女が老夫の胸を指で撫でつける。父親は、ふと妻の仕草を思い起こした。
そういえば、亡くなった妻もああして甘えてきたなぁと考えているうちに、少女がうっとりした表情で無言の老夫の服へ手をかけた。
「ちょっと、子供の前でっ」
「あら、ほんとうだわ。これは、失礼しちゃったわね」
「あのう。というか。あのう、お二人は、えっと?」
少女はにんまりと悪魔的な表情を浮かべながら、「ふふふ、知りたいの?」と心が触発されそうな物言いをする。
「いいえ、別に」
父親は視線を泳がせながら、不思議そうに首を傾げている息子へ微妙な顔を返すので精一杯だった。
親子は例の変な位置に鎮座している寝台で眠り、朝を迎えた。
外はすっかり晴れ模様である。窓から覗くと、外へ放置してきた荷車もどうやら無事のようだった。
「ありがとうございました。本当に助かりました。何もお返しできないのが心苦しいのですが……」
そんなお礼を言うと、少女はにんまりと笑んだ。
「いいのよ。お客様の荷をいただく訳にはいかないものね」
すべてを見透かすような彼女の瞳は、恐ろしくもあり、美しくもあった。
それはたとえ父親が、父親としてあっても、魅了されてしまうような気配がしていた。
終始、頬を赤らめていた息子もきっと同じような気持ちだったのだろう。
親子は行商の旅を再開した。
父親は荷車を押しながら神へ祈りを捧げる。酷い嵐の中、無事に一夜を越せたことは奇跡に近いことなのだ。