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プロローグ


「とうさん! もう無理だよ。どんどん酷くなってる!」


 足元の地面すら微かに見えるかというほどの嵐だった。



 町から町へと、荷車を引く行商の二人、父親と十歳になる息子は突風の吹き荒れる豪雨に呑まれていた。



 父親は息子の体力が心配だったが、我が子の大声を耳にしてほんの僅かに胸をなで下ろした。


 しかし、安堵しているような状況ではない。親子はすでに道なき道にある。


 夕刻が迫っていることに焦って、森の小道へ入ったのがそもそもの間違いであった。だが、悔やんでも遅い。


 こうなれば、荷を捨てて行くしかない。


 息子の命が何より大切だと、父親は決断した。


「イーサン、もういい。荷を捨てて行くぞ」


 しかし、引いていた荷車を手放そうとした瞬間だ。息子の大声が周りに響いた。


「とうさん! みて、明かりだよ」


 父親が目を凝らすと、前方に微かな光が揺れている。

 そちらへ近づいていくと建築物の影がぼんやりと現れた。



「ああ、神様」


 父親は心の底からそれに感謝した。





 朽ちた聖堂の側へ荷車を残した。親子は並んで、母屋のような建物の扉を見つめる。


 扉からは誰かが出てくるとは思えないような雰囲気がした。

 それでも父親は、苔蒸した戸を精一杯に叩く。



「夜分にすみません。我々は、旅の行商なのですが」


 すると、軋んだ音を立てながら扉が開き、現れたのは大柄の老夫である。


 一つに纏められた白髪、連なるような白髭が蓄えられ、その色と対のように革の手袋から靴の先まで黒ずくめの姿をしていた。


 腰元にはサーベルがぶら下がっているが、果たして十字架ロザリオの代わりに剣を携えた神父様がいるだろうか。


 父親はすっかり不安となったが、この状況ではなりふり構ってはいられないだろう。



「……酷い嵐で、どうか、息子だけでも中へ入れてやっては貰えないでしょうか」


 老夫の強い目に父親は一瞬怯んだが、彼は特に何も言わず親子を中へと招き入れてくれた。


 老夫は淡々とした口調で、短い言葉を投げてくる。



「もてなしは、期待しないで欲しい」


「いいえ、中へ入れていただけただけで十分です。ほら、イーサンもお礼をいいなさい」


「おじいさん、ありがとう!」


 雨露を払っていた息子は、本来ならば疲れているはずなのに明るい声を上げた。


 老夫はそんな息子を鋭い眼差しで見下げながら、「ああ、いいんだ」とつぶやく。



 父親は、彼へ愛想笑いのような微妙な顔を向けてから建物の中を見回した。


 支柱は辛うじて天井を支えているような状態である。


 壁には所々に亀裂が入り、窓枠は木材で補強されていたが、ガタガタと鳴り不安定な様子が垣間見えた。


 礼拝堂の、祭壇、イス、燭台、そういった殆どのものは排除されている。


 そして、一番奥の方、聖像の真下に妙な存在感を放つ大きな寝台が置かれていた。


「……はぁ、しかし暖かいな」


 室内は濡れた服を着ていても、寒さを感じないほどの温度である。これならば体が凍えることはないだろう。



「これを」


 老夫が肌心地の良さそうな布切れ(タオル)を親子へ差し出していた。息子が「わぁ」と感激しながらそれに頬擦りしている。


「食事を用意しよう」


 老夫はそう言い残して、奥の扉へと消えていった。息子が父親の裾を引く。


「良かったね、とうさん。何か食べられそうだよ」


「ああ、そうだね。ほんとうに、よかった」



 父親はよしよしと息子の頭を撫でる。食事を提供して貰えるのは本当に助かることだ。


「イーサン、すまないな。疲れただろう?」


「うん、ぜんぜん平気だよ。おとうさんの方こそ、疲れているでしょ? 大丈夫?」


 「優しい子だ」と心打たれた。


 息子へ笑顔を返そうとした瞬間、父親は闇の中に人の気配を感じ取った。



「――こども?」


 親子の前方にうすらぼんやりと何者かが立ってた。


 その正体は、修道服を着た少女。

 年齢的には、息子より少し大きいぐらいだろう。


 大きな漆黒の瞳、そして背の方まで伸ばされた同色の髪。その姿に驚いた。


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