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「これで、いいだろう。今回も、よく切れそうだ」
暗闇を照らす灯火の光に、狂気のような男の笑みが浮かび上がっていた。
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夜に寝台を揺らしながら宿から宿へ、村々を移動し、ついには国境を越えた。
目的地へ到着したノーラは、御者に金銭を支払った。
御者は満足そうな笑顔で手を揉む。
「ご利用ありがとうございました。またよろしければご贔屓に」
「こちらこそ、長くつきあわせて悪かったわね。まぁ、この広い世界だからもうきっと巡り会わないでしょう。ごきげんよう」
にこやかに微笑む少女の隣で、鞘から刃を抜き取ろうとするハイシェルの手元をノーラの手が優しく制した。
ゴトゴトと去っていく馬車を見送ってから、少女は荷物に手を伸ばす。
「さぁ、行くわよ」
「いいのか、今ならまだ追いつけるが」
「いいのよ。ハーシェ、彼は悪人だった? いいえ、ヘタクソだけど、良い人よ、きっとね。まぁ、渋るようだったら、仕方がないけど、ちゃんと別れたでしょう? だから、もう私たちとは関係ないわ」
「……」
彼は無言で少女から荷物を取り上げた。
二人は並んで小道を進む。遠くの方に、森に挟まれた町の姿が確認できた。
「さぁ、懐かしの故郷へ、帰還よ!」
「あの町は、ノーラの故郷なのか」
「いいえ、違うわ。この町はね、ノルンという娘が暮らしていたの。ずいぶん昔の話よ」
「そうか、ノルンか。それで、おまえはここで何をしていたんだ?」
「違うわノルンよ、ノルン」
「じゃあ、そのノルンは何をしていたんだ?」
「そうねぇ。『ハイシェル』と出会った後、ずっとすっと昔のお話だから……えっと」
「忘れたのか?」
「そうね。まぁ、行きましょうか」
町門の前で、村娘の少女たちが剣術の鍛錬をしている。その姿を目の当たりにしたハイシェルは悩ましげな様子だ。
「ノーラ、娘が剣を振っているぞ」
「そうね。でも、よく考えればおかしな話でもないのよ。この町には特別な条例があってね。女官吏を選抜するための学園があるの」
「ほう、それは知らなかった」
「ただし、それは狭き門だわ。大概どこもそうだけど、お金持ちの娘が優先だし、ただの村娘には厳しいから。でも、少女たちはそれを目指して集まってくるの。だって、夢を見るのは自由でしょう?」
「ああ」
「ノルンもおんなじよ。儚い夢を見たの」
「そうか、叶うことはなかったんだな」