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「あら、あなた、本当に胃が痛いのね。
ごめんなさい。そういえば。このあいだ、お隣の町で内乱があったって、本当?」
「ああ、そうらしいですねぇ。あの方面は内乱ばかりですよ」
「とりあえず、一揆さえ起こしていれば農民は一時的にでも落ち着くものね」
「なぁ、ノーラ。『イッキ』っていうのはなんだ」
「組織に対する抵抗運動のことよ。
まったく、あの子たちは本当に頭が悪いわね。パンがないから米でもまいておけばいいと思ってるのよ。まったく、学校で何を学んできたのかしら」
ハイシェルが首を傾げながら何かを言いたげだったが、御者の大きな笑い声でかき消された。
「はははっ、お客さんは博識みたいですねぇ。わたしなんて国の事情に疎いもんで。馬走らせるぐらいしか脳がないんでさぁ」
御者の笑い声に、ノーラは「そんなことないわ」と力強い言葉を返す。
「みんな自分ができる精一杯のことで生きているの。私なんて馬を走らせられないのよ。だから嘆かないで、おじさんはじゅうぶん立派だわ」
少女がさらりと本当のことを言えば、御者の「ううっ」という情けない泣き声が響いた。
真顔のハイシェルが、ノーラへそっと耳打ちする。
「ノーラ、やめてくれ。あれも俺が殺らねばらなくなるだろうが」
「なによそれ、話が飛躍しすぎじゃあない?」
ハイシェルは顔をヒキツらせてから、もう一度、耳打ちをする。
「あのな。相手は、たかが男ひとりだが、町中では余計な手間がかかるんだ。人が関われば関わるほど、後処理が面倒くさいんだぞ」
「なぁに言ってるの。大丈夫よ」
少女が笑って手を振ると、男は真顔をノーラの方へぐいっと寄せた。
「いいか。人間には神聖な輝きに対する防壁がないんだ。おまえは神そのものだから理解できんだろうが、魅力的なものに惹かれるのが人間の性分なんだよ。だから、慎んでくれ。ただの控えるだけじゃ足らんぞ。だいぶ、慎んでくれ」
「ハーシェったら、鼻息が荒いわ。ねぇ、何度言ってもあなたには分かろうとないのでしょうけれど、私は神様ではないわ」
そう言うとハイシェルは真剣な顔で、首をゆっくりと横に振った。
「……まじめに考えてくれ。御者と寝るつもりか」
「まさかぁ」
ノーラはくだらないという意味で両手と頭を大きく払った。
宿へ着いたころには、日はすっかり沈んでいた。
闇夜の中で、コートマントの男、ハイシェルがランプの明かりを頼りに刃物の類の手入れをしている。
「……っあ、はぁ」
揺れ動く寝台の上で、絡み合う人間と神。
その姿を横目にしていたハイシェルが訝しげな顔をする。
「だから、言ったろう」
ハイシェルは死んだような瞳を二人に向けながら、いつも身につけている武器、サーベルの刃こぼれがないか確認をした。