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(2)
揺れる馬車の荷台で、大小ふたつの影が肩を並べていた。
小綺麗な婦人というような格好をした少女、ノーラと漆黒のコートマントを纏う男、ハイシェルである。
少女はたいそう不機嫌そうな顔をした男へ一生懸命に声をかけている。
「父親のみならず、息子まで来たのじゃあ。さすがにもうあそこには居られないでしょう」
「……」
「背徳よ、背徳。ここでは自然なことでしょうけど、あんなところで寝起きするのはもう、ごめんだわ。そうでしょう?」
「べつに怒ってない」
「言い訳しようって訳じゃないのよ。父親だって悪い人じゃなかったわ。息子もきっとそうよね」
「……だから」
「だって、そうでしょう。何か彼らをそうさせたの? 結局、狂っていたのはだぁれ、私かしらって、話なのでしょう。
はぁ、終着点はいつもそうなのよねぇ。嫌になっちゃうわ」
ハイシェルは、長々しい息を返す。
「分かった。もういい。殺ったのは俺だ。おまえの手は汚れていないよ。ノーラ」
さらりと言い退けた彼の言葉に少女はずいっと体を乗り出す。
「あたりまえ。私に人を殺める趣味はないわ」
「汚れ仕事はいつも俺の役だな」
男はフンと顔を背ける。今度はノーラがため息をついた。
「今更なにを言うの。これは、あなた選んだ道よ。なにを熱心に信仰しているのか、知らないけど、私は神様じゃないの。ハイシェルの責任まで取れやしないのだからね。親がいないのは、おんなじ、奴隷スタートなのも、おんなじ。ようはその後に自分が何を選択するかよ」
馬を引いていた御者が険悪な空気に胃を痛めているような気配がする。
ノーラは瞬間的に「御者が後悔する前に、この場を納めておかねば」と思った。
そのとたん、今まで無愛想な態度をとっていたハイシェルの顔がパッと明るい笑みに変わる。
「本気になるな、冗談だ」
対してノーラも、満点の笑顔で答える。
「ええ、知ってるわ。私の沸点が低いこともちゃんとね」
ハイシェルが、ふっと大人びた雰囲気を醸し出す。ノーラは眉をひそめて、唇を尖らせた。
「なぁに、どうしたの?」
「おまえは本当に変わらないな。世界はこんなにも変わったというのに」
男が憂いを帯びた目で荒れた野を見ている。少女はふぅと胸の空気を抜いた。
「私から言わせれば、昔も今もたいして変わりないわ。魔物の出没と共に天候が悪化、作物はまったく育たないし、おまけに疫病が蔓延してお墓ばっかり。こんな世界を誰が救ってくれるのかしら」
御者の大きなため息が聞こえてきた。彼も相当に疲れているのだろう。
いや、この世界に生きている誰しもが疲弊している。それが事実なのだ。
「このあたりは長らく政権が交代していないわね。一代の王が続くのは立派なことだけど、民はどう思っているのかしら。もう辛いって嘆く気力すらないでしょうにね」
御者が重いため息と共に、悲しげな声を投げてきた。
「お客さん、気が滅入る話はやめにしやせんか。こっちは腹が痛くてたまらねぇでさぁ」