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蒼空のシリウス 九話

最終話まで平日の夜9時に毎日更新します。

(注)カクヨムでも掲載されています。


 次の襲撃予測日。

 アルカナの空は曇天。空はぶ厚い灰色の雲に覆われているが雨が降り出す気配はない。風も穏やかで少しばかり肌寒いが、それを除けば比較的過ごしやすい日だ。

 アルカナ軍第七駐屯地。

 過去に襲撃のあった第十二駐屯地、第三駐屯地、第六駐屯地に次いで四ヶ所目となる襲撃が予測されている駐屯地である。


「それにしてもよ、どうやってここまで正確に日時を当てられるんだ」

「それだけ優秀な戦況分析官がアルカナ軍にはいるんでしょう」


 第七駐屯地基地の近くに停泊しているニケーのメインブリッジで陸が独り言のようにして問い掛けていた。答えたのはメインブリッジにあるモニターに今回とこれまでの襲撃の情報を映し出して再確認の作業を行っている美玲。彼女はモニターから視線を動かさずに淡々とした口調で告げた。


「優秀な分析官ねえ。それって、本当にアルカナ軍にいるのか? それとも……」

「もしかしたらギルドにいるのかも知れないわね。まあ、面識のない私にはわからないことだけど」


 誰がどのようにして今回の襲撃を予測しているのか。それはニケーの面々には伝えられていないこと。

 再び陸が浮かんだ疑問を口にして、それに答えるのもまた美玲だった。


「あのさ、単純な疑問なんだけどよ」

「何かしら」

「襲撃がある日が分かっているのならさ、どうしてそれ相応の対応をしないんだ?」

「相応の対応って?」

「例えば、そうだな。雨が降らないように天候操作システムを調整するとか。他にも襲撃を思い止まらせるためにある程度の戦力を揃えるとかさ」


 襲撃が起こらなければ被害がなくなる。犯人の確保を別の機会に行うのならば、至極真っ当な意見だった。

 確認作業の手を止めて美玲が言う。


「私もよくは知らないのだけど、何かを予測する時に実際の要因が大きく変わると当然結果も変わるらしいわ。だから出来るだけ不確定な要素は排除する必要があるってわけね。それこそ今回のような襲撃を正確に予測する必要があると時には予測に使わなかった要因を増やすわけにはいかないみたいなのよ」

「なるほどなー。よく分からないけど、そういうもんかー」


 椅子の背もたれに体を預けて陸は腕を組みながら考えを放棄したかのように頷いていた。


「皆さん。そろそろ作戦会議の時間です」


 陸と美玲の会話に入ってこなかった真鈴が告げる。


「予定では神住さんと艦長が会議に参加することになっていましたよね」

「いつもみたいにお母さんって呼んでくれていいのよ」

「今は仕事中ですから」

「あらあら、残念ね」

「それよりも、神住さんはどこにいるんですか?」


 メインブリッジにその姿は見受けられず、真鈴は若干困ったような顔をして訊ねた。


「多分、シリウスの所だろ。これから先、戦闘になるのは確実だからな。機体の整備をオレグさんと一緒にやっているんじゃないか」

「ああ、それもそうですね」


 内心サボっているわけではないことに安心しながら、それを悟らせないように平然と心配などしていないというように真鈴は然もありなんといった顔で手元のキーボードを操作した。

 メインモニターの一つに格納庫の様子が映し出される。

 そこには案の定というようにシリウスを前にして真剣な表情で機体の整備に励んでいる神住とオレグの姿があった。


「こちらに呼び戻しますか?」

「いいわ。私が直接声を掛けてそのまま一緒に作戦会議に向かうから」

「分かりました」


 メインブリッジから出て行く美玲を見送って残った真鈴は一人で調べ物をするために手元のコンピュータに向かい、陸は万が一の事態に備えて自分の席に着いたまま待機し続けることにした。

 それから五分ほど経過した後、美玲と神住の姿は駐屯地基地に併設されたテントの中にあった。

 ならした地面に直接置かれた長テーブルと複数のパイプ椅子。しかし、この場にいる全員がその椅子に座ることなく立ってテーブルを囲んでいた。


「とりあえず自己紹介を済ませてしまいましょうか」


 温和そうな笑みを浮かべてそう口火を切ったのは短く切り揃えられた黒髪に首元まできちんとボタンが留められている軍服を着ている男。薄いレンズの丸眼鏡が特徴的な背の高い男が胸のネームプレートと自身の端末にある個人の認識票を見せる。


「僕はこの第七駐屯地中隊所属のラウル・ハワード中尉。今回の作戦の指揮と情報解析を任されています」

「私は怜苑美玲、トライブ、ニケーの艦長です」

「俺は御影神住。ニケー所属のライダーだ」

「私は――って、おや? 貴方は、確か。以前商業区でお会いしたことがありますよね」


 ラウルから少し後ろに下がった位置に立っていた女性が横にずれて一歩前に出る。

 薄暗いテントに差し込む太陽の光に照らされてその姿がはっきりと浮かび上がる。ラウルと同じように着崩すことなく軍服を身に纏い、肩まで伸ばした淡い栗色が光を受けて煌めいている、神住にとって比較的新しい記憶にある女性だ。


「えっと、確か、ラナ・アービングさん、でしたよね」

「はい。今回の作戦にてデルガル小隊の小隊長を任されることになったラナ・アービング少尉です。どうぞよろしくお願いします」

「彼女はこの基地のエースなのですよ」

「そうなのですか?」と驚くように言う美玲。

「えっと、その…はい。自分で言うのは気恥ずかしいのですが」


 照れながらも肯定していたラナはすぐにキリッとした表情に戻り、フォローするように言葉を続ける。


「ですが、ラウル中尉も腕利きとして有名なのですよ」

「そうなのですか? ではラウル中尉はどうして今回は情報解析を?」


 当然の疑問を投げかけた美玲にラウルは困ったような表情を浮かべて答える。


「えっと、実は僕のデルガルは修理中でして」

「なるほど?」


 と美玲が首を傾げながら頷く。


「アービング少尉はそう言ってくれていますが、元々僕の操縦技術は並みでしてね。戦力としてはあまり当てにならないのですよ。ですので今回の敵機、ええっと、フェイカーでしたっけ。それとの戦闘ではあまり役には立てなかったと思います」

「…はあ」

「他の人はどこにいるんですか?」


 納得したのかしていないのか、曖昧な返事をする美玲に代わり神住がテントのなかを見渡しながら訊ねた。


「ここにはいませんよ」

「はい?」

「あ、いえ。正確には作戦会議には直接参加しません。一応ここの様子は基地内に中継されているので、見ているとは思いますが、アルカナ軍からは僕とアービング少尉がこの作戦会議に参加することになっています。あまり人が多いと話も進みませんからね」

「は、はあ」


 思わず聞き返していた美玲に答えたラウルは変わらぬ笑みを浮かべている。


「すいませーん。遅くなりましたー!」


 微妙な空気が漂い始めた頃、開かれたままだったテントの入り口から一人の男が飛び込んで来た。

 肩で息をしながらテントに駆け込んできた男は呼吸を整えるために深呼吸を繰り返している。

 くたびれた警察の制服に身を包み、額に汗を滲ませている若い男は上着の胸ポケットから自身の身分証を取り出した。


久留米大亀(くるめだいき)巡査です。今回の事件の捜査を担当することになりました! 若輩者ですが、どうぞよろしくお願いします!」


 ズレていた帽子を被り直してピンッと背筋を伸ばした久留米は見事な敬礼を披露していた。


「制服?」

「あ、これは、今朝いつものスーツが破れてしまいまして、急遽ロッカーにあったものを……」

「これで作戦会議に出席する予定の人が揃いましたね」


 どことなく頼りなさげに見える久留米の到着をもってラウルが朗らかに告げる。

 久留米の遅刻には触れずラウルは作戦会議を進行することにしたようだ。


「まずこちらの戦力の確認ですね。アルカナ軍からはデルガル三機構成の小隊が五つ。それが第七駐屯地に常備されている戦力となります」

私達(ニケー)からは彼が出ます」

「なるほど。だとすればあなた方から参戦するジーンは彼の一機だけということですか」

「ええ」

「では、彼の配置は僕が考えても問題ないですね」


 ラウルの把握しているアルカナ軍のデルガルがこの駐屯地における最大数の戦力であることは確か。ならばそれに指示を送る立場にある自分が全体の戦力を把握して命令することが当然なこと。

 ニケーの戦力がアルカナ軍と同等だったのならば誰が指揮を執るのか決める必要があっただろうが、ニケーの戦力は御影神住のシリウスが一機だけ。ならばやはり全体に指示を送るのは自分がした方がいいだろうと、ラウルはさも覆らない決定事項であるかのようにそう形式だけで問い掛けたのだった。


「あの、ラウルさんもライダーなんですか?」


 神住たちにとっては繰り返しになる質問を遅れてきた久留米が素直に投げかけていた。

 一瞬流れる微妙な空気。


「あれっ、あれ? 何かまずいこと聞いちゃいました?」と言いながら皆の顔を見回している久留米にラウルは態とらしく咳払いをして答えた。


「本来はそうなんですけどね。先程も言ったように、僕のデルガルは修理中です。なので僕は今回、ここで指揮と情報解析に集中するつもりです。実際、作戦の指揮はデルガルのコクピットよりも全体を見下ろせるここにいた方がやりやすいですからね」


 返答したラウルに久留米は目を泳がせながら「そ、そうですよね」と言っていた。

 ラウルが神住と美玲の方を向いて訊ねる。


「どうでしょうか? あなた方も何か意見があれば事前に言って頂きたいのですが」

「だったら」


 と神住がテーブルに広げられた第七駐屯地周辺の地図を見ながら言う。


「俺は前線に、というか最もフェイカーが来る可能性が高い場所に配置してもらえませんか?」

「前線ですか? しかし、失礼ですが、貴方は単機ですよね」

「ええ」


 神住の申し出を訝しむ素振りを見せたラウル。これにはラウルの後ろにいるラナや久留米も同様の表情を浮かべていた。

 返答に困っているラウルを見て神住はある種挑発するかのような物言いで問い掛ける。


「事前に確認しておきたいのですが、ラウル中尉、いえ、アルカナ軍はフェイカーの性能を何処まで把握していますか?」

「把握、ですか。そうですね。単機でアルカナ軍駐屯地の戦力を相手に圧倒することが可能なジーンであるということ。それにはギルド所属のトライブの戦力が相手でも同じだったということ」

「他には?」


 挑発を返すようなラウルの物言いすら無視して神住は繰り返し訊ねる。


「他ですか。そうですね、ラナ少尉は何かありますか?」

「これまでの情報を鑑みれば姿を消す能力があることと、反対に離れた場所に自在に姿を現わすことが可能であるということでしょうか」


 敢えてラウルが言及しなかったフェイカーの性能について代わりにラナが言葉を選びながら答えていた。


「その仕組みはどの程度把握しています?」

「えっと、それは……」

「言い方を変えましょうか。ギルドとの情報共有はどこまでできていますか?」


 神住の鋭い視線が言い淀むラナに向けられた。

 ジーン同士の戦闘であるために門外漢であるはずの久留米はこの時点で質問の対象から外されていた。


「反対に聞かせていただきたい。ギルドは何処まで知っているのですか?」


 聞き返してきたラウルに思わず口を閉ざしてしまう神住。

 一触即発となった空気に耐えられなくなったのか、久留米が大袈裟に机を叩き身を乗り出して涙目になりながら四人の顔を見渡した。

 ギョッとする四人に久留米が声を張り上げて言う。


「あー、もう! いまさら腹の探り合いは止めましょうよ!」


 事情をわかっていないのか、あるいは分かっていてそれを無視しているのか。どちらにしてもここで中立の立場にいる久留米の一言で場の緊張は弛緩してしまったのだ。


「みなさん! 今はここの襲撃をどう迎撃するのかが大事なんじゃないんですか」

「そうですね、我々にはそれぞれ秘匿すべき情報もあるでしょう。ですのでそれを除いて共有することができる情報は共有するということでどうですか?」

「ええ。私達もそれで構いません」


 一種の予防線を張ってからのラウルの提案を美玲は受けることにした。

 

「ではまず我々アルカナ軍から情報を開示しましょう。それで良いですかな、久留米巡査」

「あ、はい。おねがいします」


 思わず頷いた久留米にラウルは笑みを向けながら所持していた端末を操作し始める。

 いつの間にかぱらぱらとテントの天幕を弱い雨が打ち付け始めていた。


「これが現時点でアルカナ軍が持っているフェイカーに関する情報です」


 テントに設置されたモニターに映されている周辺の映像から切り替わり、フェイカーの画像に付随した推測された性能の一覧が表示された。

 各種項目の一部は黒塗りにされており、正確なことは把握できないが、そのスペック表は紛れもなくフェイカーのものである。

 画像を見つめている神住をラウルは一瞥して言葉を続ける。


「正直、正確な所は何も分かっていないも同然なのですが」

「では、単刀直入に聞きます。アルカナ軍にフェイカーの光学迷彩を打ち破る手段は用意できているのですか?」


 ラウルが微かに頷いて視線を送るとそれに促されるようにラナが口を開いた。


「残念ながら確実な対抗手段はまだ確立されていません。しかし、相手が光学迷彩技術を使用しているのだとすれば、それを破る為のセオリーのようなものは存在しているはずです。先の戦闘でも地形による汚れの付与みたいなもので迷彩に対して対応できかけていたという報告があがっています」

「今回もそれを狙っていく、と?」

「はい」

「分かりました。それでしたら尚更、俺は前線に行くべきだと思います」


 はっきりと断言した神住をラウルは眼光鋭くみつめる。


「御影さんはその手段を持っていると?」

「残念なことに検証することはできませんから、絶対とまでは言いませんが」

「そのようなものがあるのなら事前に報告をしてていただきたかった。それがあるのとないのでは作戦も変わってくるのですが」

「できたのがつい先日のことだったので。それに結構簡単なことですよ。実際はラナ少尉が言ったようにフェイカーに目印を付けるだけですから」


 神住は自分が行おうとしていることを詳細な仕組みを除いてラウルたちに説明していく。単純な手法であるからこそ神住が行おうとしていることは割とすんなりと受け入れられた。

 残る問題はそれに対する成否。しかしそれは本番にならなければ分からないこと。


「わかりました。そういうことでしたら、ニケーにはフェイカーの来る確率が最も高い場所で待機していただきます」


 今回の戦闘におけるそれぞれの役割の確認を終えて神住たちは各々の拠点へと戻っていく。

 駐屯地基地の周囲に待機しているアルカナ軍の面々はデルガルの最終調整と作戦の共有を行い、単独でこの第七駐屯地に来た久留米は繋がったままの携帯を片手に駐屯地基地の中を走り回っている。

 神住と美玲はニケーに戻り事前に準備していた装備の最終確認に入っていた。


作者からのとても大切なお願いです。

ほんの少しでも続きが読みたいと思ってくださったのならば、この下にあるポイント評価欄を【☆☆☆☆☆】→【★★★★★】にして『ポイント評価』をお願いします。

この10ポイントが本当に大きい。

大切です。

製作のモチベーションになります。

なにより作者が喜びます。

繰り返しになりますが、ポイント評価を宜しくお願いします。

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