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蒼空のシリウス 七話

最終話まで平日の夜9時に毎日更新します。

(注)カクヨムでも掲載されています。


「これが昨夜起こったことの一部始終。第十二駐屯地基地に設置されている監視カメラとジーンに無事に残されていた映像だ」


 六十インチのモニターに映し出されている映像を止めて天野が言った。

 場所はギルドの第三管理部部長室。重々しい空気が漂うこの部屋で応接用のソファに腰掛けているのは神住と美玲とその二人をこの部屋に案内してきたニケー担当のギルド職員である水戸の三人。天野は自分の机に浅く腰掛けてモニターのリモコンを片手に深刻そうな表情を浮かべていた。

 天野はリモコンを操作しながら件のジーンが映る場面で映像を止めた。


「フェイカーっていう呼称が付いていたんだな」

「この前の御影に見せた資料が作られた後のことだ。それに仮称でしかないからな。わざわざ伝える必要はないと思ったのだが、問題があったか?」

「いや、問題はないさ」


 真新しい資料に目を通しながら呟く神住に天野は自然な様子で答えていた。


女王蜂(クイーンビィ)というトライブの実力は本物。まして、今回参加した二名のライダーは女王蜂(クイーンビィ)でも指折りの実力者として知られている。そしてそれはおそらく第十二駐屯地基地にいたアルカナ軍のライダーも同じはずだ」

「だろうな」

「ということはそれを一機で殲滅したこのフェイカーってジーンが凄いってことになるのかしら」

「認めたくはないが、その通りだろうな」


 嘆息しながらソファに腰掛ける天野はその表情に疲労を滲ませている。


「被害はどのくらい出たの?」

「重傷者と軽傷者を数えだしたらキリがない。無傷な人の方が少ないような状況だったみたいだからな。幸い死者は出ていないが、それも幸運だったと言わざるを得ないだろう。ちなみに出撃したジーンは全滅している」

「今も第十二駐屯地は壊滅状態のままなの?」

「施設自体は無事なものが多かったが何もしないで使える状態にあるとは言い難い。復旧作業は早急に行われているが、問題なのは破損した設備の殆どが特別製で他のものを流用することができないことだ。別の駐屯地やアルカナ軍本部にある予備の設備を運び入れて使えるようにするにしても、ここよりも前に二つの駐屯地が襲撃されていて現在も復旧作業が行われていることを考えれば、その予備すら数が足りなくなることは確実だろう。

 アルカナ軍本部が機能しなくなってはアルカナの防衛も何もできなくなる。最低でも本部に使う分の予備は確保してあるはずだがな。

 仮に駐屯地基地の使えなくなった施設を破棄するにしても、これから仮設の施設が建設されることになるのだとすれば、それが完成するまでは物資以上に人手も足りなくなるだろうな」


 人員の割り振り方は内々に決まることだろうと付け加えて天野は冷めたお茶を一気に飲み干した。

 天野と美玲の会話を黙って聞いている神住はモニターに映し出されているフェイカーを真剣な面持ちで見つめていた。


「何か気付いたことがあるのか?」


 どこか期待するように天野が神住に問い掛けた。


「そうだな。もう一度こいつが姿を消した時を見せてくれないか?」

「ああ。構わないぞ」


 手元のリモコンを操作して天野は止まっていた映像を最初に戻すと暫くしてフェイカーが姿を消した瞬間が映し出された。


「もう一度。今度は姿を消す瞬間だけで良い」

「ああ」


 同じ手順で映像を再生する。


「もう一度、頼む」

「これを渡すから好きに見てくれ」


 二度三度と繰り返すとなれば自分で操作させた方が早いと天野は持っていたリモコンを神住に手渡す。

 すると今度は神住が何度も何度も同じ映像が繰り返し再生されるのを黙って見守ることになった。

 真剣な面持ちで映像を見る神住。

 幾度となく繰り返される一連の映像。

 程なくして何か納得したようにリモコンをテーブルに置いて神住が頷いた。


「分かったのか」

「こいつに使われているのは光学迷彩だけじゃないな」

「どういう意味だ? というか光学迷彩だと!? まさか本当にそれが使われていると言うつもりか」

「一番可能性が高いのはそうだろうな」

「信じられん」

「フェイカーが姿を消しているのは確かに光学迷彩によるものなんだろうけどさ、この姿を現わす感じはどちらかといえば映像の投影に近いように見える。昨今の映像が飛び出す映画などに使われているホログラム投影技術だな。もっともその精度は比べるまでもないが」


 そう言ってまた神住は別の場面で映像を止めた。

 ホーネットがランスを持ってフェイカーに突撃していく場面だ。角度によってはフェイカーを貫く軌道を描いているように見えるが、別の角度からは全く見当外れの場所にランスを突き出しているようにも見える。

 その直後、ランスがフェイカーを貫いた瞬間に正面のフェイカーは掻き消えるように霧散して、代わりにホーネットの横から手を伸ばしてランスを掴んでいたのだ。


「掴んでいるのは実物のようだが」


 静止した映像を見ながら天野が言った。


「だろうな。流石に投影された映像が実体を持つことはないだろうからさ」

「ではホーネットが狙っていたフェイカーがホログラムによる(デコイ)だったというのか」

「多分な」

「それにしてもホログラムの投影と光学迷彩の併用か。なるほどな。俄には信じられんが、攻撃を受けたはずのフェイカーが目の前で消えたように見えるのは間違いない上に、遠く離れた場所に出現したようにも見えていたというわけか」

「かなり高性能な光学迷彩技術と投影技術だと思うぞ。それにいくら俺達が光学迷彩技術に対して知見が劣っているとしてもさ、ここまで綺麗に機体を隠せてるのは称賛ものじゃないか」

「冗談でも笑えんな」


 眉間に皺を寄せながらきっぱりと言い切る天野に美玲は「そうね」と深く頷いていた。


「事前に言っておくが、御影もフェイカーを解析するのは構わないが、同じ物を作ろうとはするな。ジーンに光学迷彩を搭載するのは国際条約違反になる」

「わかってるって。それに対オートマタ戦に限れば光学迷彩は必要ないし、使用した方が危険だからな」

「そうなんですか?」

「そうなんだよ」


 当然のことであるように答えた神住にこれまで沈黙を貫いていた水戸が素直な疑問を投げかけると、神住に代わり天野が説明を始めた。


「基本的にオートマタとの戦闘は複数対複数になる。そこに姿を消すことのできるジーンが参戦しているとしたらどうだ?

 そうだな、仮に水戸君がライダーだったとして考えてみてくれればいい。もし自分が知らないトライブが高性能な光学迷彩の機能を持つジーンを使っていると判明したら、どう思う? いつ激突するかと知れないジーンが共に戦っているんだ。あるいは自分が攻撃を仕掛けたオートマタの近くいるかもしれない。その反対もありえる。自分を狙っているオートマタの傍に姿を消したジーンがいるかも知れない。そう考えると多少なりとも普段通りに行動なんて出来なくなるだろう」

「…そうですね」

「事前にそういう機能が搭載されているジーンが参戦していると周知されていたとしてもだ。自機が探知できないジーンが近くにいた場合に事故は起こらないと思えるかい」

「いえ」

「では今度は自分が光学迷彩の機能があるジーンに乗っていると想定してみてくれ。誰の目にも映らなくなった自機で戦場の真っ只中に飛び込んだとして、水戸君は満足に戦えると思うかい? 自分の事が見えていない友軍とオートマタが放った攻撃がいつ自分に命中するか分からない。それは姿が視認できている普通の状態であったとしてもあり得ることだが、姿が見えないとすれば危険性は格段に増すだろう」

「そうですね」


 説明している天野の言葉を受けて水戸は納得したと頷いていた。

 国際条約によって禁止されている技術でありオートマタ戦では使えないとされている技術は一般的なギルド職員である水戸にとっては知らないことだった。知る必要のないことだとも言える。精々そういう技術があるとだけ認知していればいい。公式の記録では実際にそれを使う人など、これまでは皆無だったのだから。


「尤もそれだけが理由ではないがな」


 ポツリと小さく呟かれたその言葉が意味することは光学迷彩技術の兵器流用の危険性だ。

 根本的にジーンは兵器である。その力が振るわれる対象がオートマタという存在にであるためにそれほど忌避感はないが、その使い方を誤れば容易く多くの同胞の命を奪うことができるものであることには変わらない。

 姿を消して急襲することができる技術など、その最たるものの一つだ。

 オートマタ戦でのメリットの少なさはそのまま対人戦におけるメリットの多さに繋がることがある。

 いくつもの可能性を考慮して作られたのが光学迷彩技術の使用禁止という国際条約だった。


「とにかくだ。フェイカーが光学迷彩を搭載しているのは確実と思っていた方が良さそうだな」

「まあな」


 肯定する神住に天野は話題を変えることなく浮かんだ疑問を言葉にする。


「姿を消している時に攻撃を仕掛けないのは何故だ?」

「搭載されている武装があの外付けのパイルバンカーだけということを考慮すれば、光学迷彩の装置やホログラム投影の装置はそこまでの小型化はできていないんだろ」

「なるほど。だからこそデルガルの姿を使っているというわけか」

「たぶんな」

「どういうことなの?」


 納得したように呟いた天野に対して、同じ話を聞いていた美玲はわからないと疑問を投げかけていた。

 神住は静止した映像に映るフェイカーを拡大しながら説明を始める。


「アルカナ軍で正式採用されているデルガルの外見的特徴は頭部の単眼のカメラアイと全身の丸みを帯びたぶ厚い装甲にある。それに対してこのフェイカーが纏っているデルガルを模した全身の装甲はおそらくだけど本来のデルガルの物に比べてかなり薄く作られているはず。防御力を高めるための装甲の内側の厚みを削ってできたスペースには光学迷彩とホログラム投影のための装備があるはずだ。

 杭の発射にはそれほどエネルギーを使わないパイルバンカー以外の武装がないことを鑑みれば、フェイカーが消費するエネルギーは機体を動かすことを除けば光学迷彩とホログラム投影に使われている可能性が高いってことだ」

「冷静になれば攻撃力はそこまでじゃなかったってことか?」


 説明を聞きながら抱いた感想を声に出した天野に神住は「それはどうかな」と即座に否定していた。


「姿を消して接近して攻撃することができる以上、武装の威力はそこまで攻撃力に影響していないと思うぞ。それにパイルバンカーのような機体の性能に左右されない武器を使えばすぐに解決できる問題だろ」

「パイルバンカーの最大の欠点である最接近しなければ攻撃が届かないという点も、光学迷彩とホログラム投影の併用でカバーできていたってことか」

「そうなるな」


 最初に見た時よりも危険な印象を持つフェイカーに鋭い視線を向ける神住は更に言葉を続ける。


「ホログラム投影の技術もさ、高密度、高精細のホログラムをスクリーンではなく何もない空間に投影するにはかなり高い技術力が必要になるはずだ。それこそ外でビルの壁や広げた布に映画を映すなんてこととは天と地ほどの差があるくらいに」

「それに加えて言うなら相対しているアルカナ軍や女王蜂(クイーンビィ)の二人にも気付かれないほどの映像だったことも警戒すべきか。一体何に投影していたんだ? 流石に何もない虚空になどとは言わないよな」


 神住の説明を受けて浮かんだ疑問を天野は素直に声に出していた。


「俺が思いつくとすれば“水”かな」

「みず?」

「より正確に言うのなら、周囲を漂っている霧くらいに微細な水の粒」

「確かにこの襲撃が起きた日は雨が降っていたな。だが、以前の襲撃の時には雨が降っていない晴れの日もあったはずだ。その時の前日も、前々日も晴れていたはず。それだと空気中の水分を利用するにはホログラムを投影できるほど密度が足りていないんじゃないか?」

「二回目の襲撃の時だったな」

「ああ」


 神住は手元の資料に視線を落とし、過去の襲撃の記録を確認していく。

 天野が言うようにこの日は晴れで且つ風の強い日だったらしい。資料に付随するその日の天気の記述を確認しながら神住は浮かんだ可能性を並べていく。


「俺が想定しているよりも僅かな水分でも十分にホログラム投影ができる技術だという可能性。あるいは乾燥して風が強かったとしたら目には見えない砂や埃が舞っていた可能性もある。それを使って投影していたのだとすれば不思議じゃないさ。

 そもそも雨が降っているなかではホログラムに乱れが生じるのが普通だし、光学迷彩の性能だって落ちるはずだろ。なのにフェイカーの光学迷彩は雨によって減衰しているようには見られない。どっちにしても俺達にしてみれば何周も先を行っている技術が使われていることに変わりはないってことさ」


 静止している映像を見ながら意見をすり合わせていく三人。

 暫くして疲れたと眉間を抑えながら天を仰ぐ天野が徐に口を開いた。


「厄介だな」


 より険しい目付きで天野は映像の中のフェイカーを睨む。


「こいつは私が考えていたよりも随分と面倒な相手だったらしい」


 自らの失策を嘆くよりも、次に打てる挽回の一手を必死に考えている。そんな表情で映像を見ている天野に神住はふと浮かんできた疑問をぶつけることにした。


「情報が足りていなかったとしてもさ、事前にもう少し検証することはできなかったのか?」

「この仕事がギルドに回ってきたのはこの襲撃からだ。それより前はアルカナ軍だけで対処しようとしていた。当初は警察の介入も拒んでいた程だからな。となれば当然資料が送られてきても全てが記載されているわけではない。今、御影が見ている資料は前回の襲撃の記録と一応送られて来ていたアルカナ軍の記録を照らし合わせて作ったギルド独自のものだ」

「へえ。それにしてもギルドは一番最後だったってわけか」

「まあな。自分達の手で解決できないと思われるのを嫌ったらしい。大方誰かのプライドの問題だったのだろう。まったく馬鹿げている。そのせいでこんな事態になってしまっているというのに」

「そう言うなって。自分達だけで解決できるとアルカナ軍は考えてたんだろ」

「その結果がこれだ。まあ、渡された資料にある情報だけフェイカーが使っている光学迷彩やホログラム投影のことを正確には把握出来なかったギルドにも落ち度はあるが」

「仕方ないだろ。実際に相対してみないと分からないことは多いってことさ」

「仮に襲撃の度にフェイカーの性能が上がっているのだとすれば、次の襲撃では今よりもフェイカーの性能が上がっているのは確実だ。例えそれがどのようなものであったとしてもな」

「俺には性能の向上というよりは、ゆっくりと完成に近付いているように見えるけどな」


 ジーンの完成は一朝一夕では不可能だ。失敗と成功を繰り返して少しずつ完成に近付いていく。どんなに優れた腕を持つ開発者だろうともその歩みを止めてしまえば技術者として失格だと神住は考えていた。

 そういう意味では今回の襲撃者、延いてはフェイカーの開発者は神住が考えるまっとうな技術者ではあるらしい。


作者からのとても大切なお願いです。

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この10ポイントが本当に大きい。

大切です。

製作のモチベーションになります。

なにより作者が喜びます。

繰り返しになりますが、ポイント評価を宜しくお願いします。

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