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蒼空のシリウス 六話

最終話まで平日の夜9時に毎日更新します。

(注)カクヨムでも掲載されています。


「無事ですか?!」


 コクピット内部の植戸の声が拡声器を通して周囲に響き渡る。本来は無線で話をしているのだが、この時のテレスは植戸の声が届いているとは思えないほど一心不乱にマシンガンで撃ち続けていた。その為に外部にも届くように音量を最大にまで上げて声を掛けることでようやく届いた。


「テレス!」

「あ、ああ……すまない」


 植戸の声を聞いてはっとしたようにテレスはマシンガンの乱射を止めた。


「落ち着いてください。熱くなりすぎています」

「だが、あいつが……」

「状況は分かっています。ですが、こうも視界が悪くなるとこちらが攻撃をすることさえも難しくなってしまいます」

「――つっ。そうだな、すまない。私は冷静さを欠いていたようだ」


 降り止まぬ雨の中、ジーンの挙動によって飛び散る泥と舞い散る薬莢と漂う硝煙によって向こう側にいるはずのフェイカーはその姿を隠してしまっていた。

 植戸のホーネットとテレスのデルガルはそれぞれ探すように頭を動かす。二機のジーンの頭部にあるのは同タイプの単眼カメラアイ。それが頭部の内側で拡大と縮小を繰り返しながら視界のノイズを自動的に除去していく。

 自動補正が働いたことで視界がクリアになっていくが、それでも雨の残滓は残ったまま、足下に転がっている薬莢も消えることはない。

 冷静さを取り戻したテレスが手掛かりを求めてぶつぶつと呟きながら忙しなく視線を巡らせていた。


「どこだ…どこにいる……?」

「泥濘みを辿れば位置が掴めるのでは?」

「いや、不自然なほど足跡は残されていないようだ。目立つのはどれも我々が付けたものばかり。奴がいた痕跡は何処にも……」

「見つけた。見つけました」

「どこだ!?」

「前方左斜め。景色に僅かな違和感がある場所があります」


 ホーネットの横に並ぶデルガルのカメラアイが植戸が示した場所を拡大してコクピットのモニターに映し出した。


「あそこかっ!」


 カメラの補正が働いたことで最初の頃よりは幾許かマシになっていた視界の先に植戸が見つけた違和感が色濃く現われている場所がある。

 この場で隠れた何かがあるのならそれがフェイカーであることは疑いようがない。

 姿は捉えられないにしてもフェイカーを見つけたと判断した途端、テレスのデルガルは再びマシンガンの銃口を向けていた。


「待ってください。今度は私が先に攻撃を仕掛けてみますからテレスさんは後方から支援をお願いします?」

「しかし……」

「私が使う武器はランスですから。つまり、前に出るのは私の役割です」

「確かにそうですね。わかりました、貴方に任せます」

「では、行きます。タイミングを合わせてください!」

「応!」


 ホーネットがランスを構えてフェイカーに向かって駆け出した。

 突進を仕掛けた瞬間、背部に備わるブースターが炎を噴き急加速していく。

 船が海を移動する時に水面を割るように、ホーネットは前に進む度に泥濘んだ地面を切り裂いていく。


「捉えた!」


 勢いに任せて突撃槍を突き出す。

 超重量の武器から繰り出されているとは思えないほどの素早い攻撃はこれまでにも狙ったものを的確に、且つ確実に貫いてきた。

 動かずに植戸の攻撃を待ち構えているフェイカーはランスの刺突を受ける直前にゆらりと上体を揺らした。

 水面に小石を投げ入れた時のようにフェイカーの全身に波紋が広がっていく。すると突然ホーネットのカメラアイは捉えていたはずのフェイカーの姿を見失ってしまった。


「――何っ!?」

「止まるな!」


 ブースターを逆噴射することで急ブレーキを掛けて立ち止まろうとするホーネットをフォローするようにテレスのデルガルはフェイカーがいた場所に目掛けてマシンガンを撃ち出した。

 しかし撃ち出された弾丸は一つとしてフェイカーに届くことはない。


「くそっ」


 まるで蜃気楼を射貫いたかの如く、着弾すると思われた弾丸は後方へと過ぎ去りその代わりとでもいうようにあらぬ方向から衝撃がテレスのデルガルを襲った。


「馬鹿なっ、後ろからだと?! まさか、あり得ない!」


 テレスはコントロールステックに掴まることで全身を揺らす衝撃を堪えてみせるも機体はそうはいかない。自重を支えるバランスを崩してしまったデルガルは泥濘んだ地面に足を取られ、正面から倒れ込んでしまった。


「くっ、だが、今なら! 植戸さん!」

「わかってます!」


 咄嗟にホーネットが向きを変えて、ランスの先をテレスのデルガルが倒れた場所に向ける。

 再びブースターを噴かして突撃を試みる植戸。しかしそれよりも先にフェイカーは矛先を向けたホーネットを一瞥すらすることなく、またしてもゆらりと全身を歪ませてその姿を消してしまっていた。


「くそっ。また消えた……」


 飛び出すことが出来ずにその場に立ち続けていたホーネットは攻撃を諦めて、倒れているデルガルを抱え起こすことを優先することにした。

 ボタボタと全身の装甲から垂れて落ちる泥。

 頭部にまでかかった泥がカメラアイを塞ぐも、デルガルは乱暴にそれを掌で拭ってみせた。


「動けますか?」

「問題は無い……と言いたいところですが、先程の衝突で左腕に異常が出たみたいです。左手は指先一つ動かせません」

「戦えますか?」

「この程度ならまだなんとか。それに、これを撃つくらいでしたらどうにかしてみせますよ」

「では、どうにかしてあいつを倒しましょう」

「植戸さんに作戦はあるのですか?」

「いえ、正直何も思いついていません。それにあの姿を消す仕組みが分からないことにはこちらの攻撃が当たらないでしょうね」

「同感です。ただ、これまでの感じから確実なことが一つ」

「それは?」

「奴が攻撃を仕掛けてくる瞬間だけは奴も姿を消すことができないはず」

「攻撃を仕掛けてくる瞬間って……まさか、何か変なことを考えるんじゃないでしょうね」

「別に変なことなんて考えてませんよ。ただ、片腕が動かない私は囮にするには最適だと思いませんか?」

「危険すぎます」

「私はアルカナ軍の軍人です。アルカナの危険を取り除くのは私が負うべき役割であり、私にはそうするだけの責任がある。だが、私では手が足りないのは明白。だからこそ、植戸さん。私に力を貸して頂けますか?」

「わかりました。でも、死なないでくださいね」

「元より自殺願望など持ち合わせていませんよ」


 テレスのデルガルが片手で弾丸を撃ち尽くして空になったマシンガンのマガジンを射出して新しく腰の装甲に装備されている予備の弾倉を装填してみせた。

 二人が息を殺して待ち構えているとまたしても二機のジーンが向いているのとは異なる方角からフェイカーが姿を現わした。

 予め出現に備えていたためにテレスは即座に現われたフェイカーにマシンガンの銃口を向けることができた。

 そのままテレスは躊躇うことなくに引き金を引く。

 断続して聞こえてくる短い銃声と共に無数の弾丸が撃ち出された。


「やはり照準が狂っているか。だが私の役目は果たさせてもらう」


 狙いとは異なり地面を穿つ弾丸も予想していたというようにテレスは構わず撃ち続ける。

 乱雑にばら撒かれる弾丸の何割かはフェイカーに当たる軌道を描いて飛んでいく。だが、その何割かですら姿を揺らめかせたフェイカーに当たることはなかった。


「――来い」


 突撃槍(ランス)を構えるホーネットのコクピットで植戸が小さく呟く。

 姿を消して攻撃を躱した後には必ずフェイカーの攻撃がある。

 一連の挙動がパターン化しているのだとすれば、その一瞬こそが二人が狙っている瞬間だった。


「――来いっ」


 自ら囮になると言い出したテレスは自分が攻撃される瞬間を狙い防御するために神経を研ぎ澄ましていく。その後ろではホーネットが急加速に備えてバックパックのブースターを限界まで稼働させていた。

 ホーネットのカメラアイが捉えているフェイカーがいる場所とは異なる、テレスのデルガルがマシンガンを乱射している場所の近くで空間が揺らめいた。

 目に見えているものは信じることはできない。

 それがフェイカーとの戦いで学んだこと。注意するべきは僅かに起こる変化の兆しだけ。そう念じながら目を凝らしていた植戸だからこそ、その一瞬を逃すことなく捉えることができた。


「そこだっ」


 ホーネットは素早く体の向きを変えて、突撃すべく身を屈める。

 揺らめきの中から姿を現わして攻撃を仕掛けてくるフェイカー。いつの間にかその腕には巨大な杭を撃ち出す工事用のパイルバンカーみたいなものが装備されていた。


「あれがフェイカーの武器なのか」


 工事用の機械の一つである杭打ち機を転用した武器を振りかざしたフェイカーはマシンガンを撃ち続けているテレスのデルガルに攻撃を仕掛けてきた。

 既にダメージを負っている左腕を犠牲にして防御しようと身体の向きを変えるテレスのデルガル。しかしそんな行動を嘲笑うようにフェイカーの腕の上から打ち込まれた杭はデルガルの左腕を砕き、そしてその胴体の外部装甲(アウターアーマー)すらも貫いていた。


「今だ! やれええ!」


 テレスのデルガルがマシンガンを落としてしまう。手を離れてマシンガンが足下に落ちるのと同時に砕かれ切り離された左腕が宙を舞う。


「間に合ええぇぇぇぇ!」


 ホーネットがランスを構えて突貫する。

 デルガルに杭が打ち込まれたことで左側から破壊されていく様子が鮮明にホーネットのコクピットに映し出された。

 フェイカーが行った攻撃の刹那。植戸とテレスが狙い定めていたその一瞬を正確に捉えて攻撃を命中させたというのに機体を通して伝わってきた感触は水の塊を貫いたかのように軽いなもの。

 攻撃に失敗したと直感した植戸はすかさずホーネットを後退させようとした。

 だがその瞬間、ランスが何かに引っかかったみたいに動かなくなってしまった。


「何?!」


 (くう)を切ったランスの先を見ると、そこにはランスの先を掴むフェイカーの手があった。


「掴まれた!? まさか、罠に掛かったのは私達だったというのか?!」


 驚愕する植戸が見ているモニターには遂にテレスのデルガルが倒れて動かなくなった様子が映し出されているが、今はそれどころではない。

 植戸はテレスの無事を確認するよりも前に自分の身に襲い掛かった危機の気配に息を呑む。

 グンッと想定していない方向から機体が引っ張られた。

 重量級のランスという武器を使っているホーネットは不測の事態に姿勢制御を失いバランスを崩して両膝から跪いてしまう。


「くうっ」


 コクピットに映し出されるデルガルとそれと酷似したフェイカーの単眼が怪しく光を放つ。

 既にパイルバンカーには新たな杭が装填されている。

 フェイカーは腕を伸ばして跪くホーネットの頭部に狙いを定めた。


「しまっ――」


 ガクンッと大きくホーネットの体が揺れる。

 右肩から斜めに機体に撃ち出された杭が深く食い込んできたのだ。頭を撃ち抜かれなかったのは偶然にもホーネットが泥に滑り体勢を崩したからに過ぎない。

 結合部から破壊され落ちる右腕。

 胸部の外部装甲(アウターアーマー)が破壊され、コクピットがある腹部に杭の先端が迫る。

 頭部のカメラが伝える映像が歪み、コクピットの360モニターにノイズが走ると一瞬にして闇に包まれた。


「やられる――!?」


 植戸が覚悟を決めたその瞬間にホーネットの頭部をも貫いた弾丸がフェイカーの肩を撃ち抜いた。

 突然の衝撃を受けてフェイカーが怯んだことでホーネットの体から杭が外れて地面に落ちて転がる。それでもフェイカーがホーネットにとどめを刺そうとパイルバンカーに新たな杭を装填して再びその先を向けてきた。

 新しい杭が発射されるギリギリのタイミングで一発の弾丸が二機の間を切り裂く。


「何が起きた?」


 コクピットが闇に包まれたことで外の様子を知ることのできる手段は音だけ。それも鮮明な音とまでは言えず、植戸は自分の経験をもとに聞こえてきた音がなんなのか想像することしかできないでいた。

 続けて聞こえてきたのは大きな銃声。フェイカーの武器はパイルバンカーだけだった。ならば銃器を装備しているのは別のジーンということになる。


「誰だ?」


 銃声に混ざって聞こえるのはブースターが炎を噴きだしている音とジーンの足音。徐々に大きくなってくる足音は何者かが接近していることを如実に物語っていた。


「無事ッスか!? やっぱり心配になってこっちに来ちゃったんッスけど、ちょうど良かったみたいッスね」


 オープンチャンネルで聞こえてくる声は植戸にとって聞き慣れているものだった。

 自身の無事を伝えようと声を出すもホーネットの頭部が破壊されていて拡声機能を失っている状態ではコクピット内部の音声を外に届けることができない。それならばとライダースーツのヘルメットに搭載されている通信機を使おうと植戸はそれを起動させてみるも聞こえてくるのは耳障りなノイズだけ。

 舌打ちをしてコクピットハッチを開こうと試みるとロックが外れて僅かに外の光が漏れて差し込んできた段階で動かなくなってしまった。

 植戸は体ごと開きかけのハッチに体当たりして強引にコクピットを開けると一人分がやっと通れるくらいの小さな隙間から這い出るようにして無理矢理に外に出た。

 ヘルメット越しに外界の風が吹き付けてくる。

 微かに感じられる金属や剥き出しの地面が焦げた臭い。

 臭い元と頭上で瞬く閃光は合流してきた楢のホーネットによって繰り返されるライフルの射撃によるものだった。


「楢か。すまない、助かった」


 壊れたホーネットのコクピットから抜け出たことで障害が減ったのか、ノイズ混じりだったとはいえ自身の声を楢に伝えることができた。


「それよりも…これは全滅したってことッスか……」

「そうなるな」


 悲痛そうな声色で呟いている楢は半壊状態のホーネットを庇うように立ち塞がる。自分の身を盾の代わりにすることで生身の植戸も守っているつもりなのだろう。

 その手にある武器は戦闘が始まった当初使っていたショットガンではなく、アルカナ軍が使っている中距離ライフル。

 植戸の指示を無視して仲間の救援に向かうと決めた段階で楢は広範囲に向けた射撃武器ではなくより射程の長い別の武器を使うことを決めていた。しかし近くに代わりになりそうなものはない。困っている楢に手を差し伸べたのは駐屯地基地でオペレーターの手伝いをしていた叶上(かなかみ)だった。

 駐屯地基地に置かれている予備の武器を使えば良いと言われ許可を得た楢は持てる限りの武器を携えてこの場に現われたのだ。

 弾を撃ち尽くした中距離ライフルを投げ捨てて楢は別の同型ライフルを構えるとそのまま数メートル前方に移動して植戸のホーネットから離れていたフェイカーに放つ。


「気を抜くなよ楢。あれは私とアルカナ軍をたった一機で殲滅してみせた奴だ」

「――っ、了解ッス」


 同時に二つのライフルを構える楢のホーネットは地面を滑るように移動しているフェイカーに攻撃を行った。

 パイルバンカーを携えている腕を下げて水平移動しながらまたしても全身を歪ませたフェイカーを追いかけるように地面に着弾するライフルの弾丸。

 等間隔で弾ける水柱は姿の見えないフェイカーの軌道を浮き彫りにしていた。

 本来狙撃が得意な中距離ライフルでは逃走するフェイカーを捉えることができない。それならばと楢は弾がまだ残っている中距離ライフルを棄てて次なる銃に持ち替えた。

 両手に持たれたマシンガンでがむしゃらに撃つ。銃声に続いて排出される無数の空の薬莢が地面にばらまかれた。


「逃がさないッスよ!」

「――待て!」


 連射速度が増したマシンガンを撃ち続けながら逃げるフェイカーを追いかけようとする楢のホーネットを声を張り上げた植戸が静止した。

 思わず楢のトリガーを引く手が止まる。

 銃声が止み静寂が訪れるとそこにはまるで最初から何もいなかったというようにホーネットの射撃痕以外の痕跡は残されていない。

 知らぬ間にフェイカーは煙のように忽然と姿を消してしまったのだ。


「どうして止めたんッスか?」

「追わなくていい。これ以上は無駄だ。私達は、あれに負けたのだ」

「そんな……」

「楢、まだ動けるのなら生存者の確認と救助を頼む」

「分かりましたッス」


 自らの敗北を受け入れてはっきりと告げた植戸に楢は渋々といった様子で従った。

 程なくして第十二駐屯地基地から飛びだしてくる救援の人員。

 専用の重機とトレーラーによって回収されていくガラクタと化したいくつものデルガル。それと同時に多くのライダーが救助されていくのだった。


作者からのとても大切なお願いです。

ほんの少しでも続きが読みたいと思ってくださったのならば、この下にあるポイント評価欄を【☆☆☆☆☆】→【★★★★★】にして『ポイント評価』をお願いします。

この10ポイントが本当に大きい。

大切です。

製作のモチベーションになります。

なにより作者が喜びます。

繰り返しになりますが、ポイント評価を宜しくお願いします。

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