蒼空のシリウス 五話
最終話まで平日の夜9時に毎日更新します。
(注)カクヨムでも掲載されています。
神住と真鈴がアルカナ軍の聴取を受けてから二日後の昼の十二時を過ぎた頃。
ドーム都市アルカナでは天候すらもコントロールできる。
とはいえど夏に雪を降らしたり、冬に真夏の日差しを作り出すようなことはできない。基本的には外界の天候をトレースしてアルカナで再現するだけだ。
敢えて外界と異なる天候にする時は台風などの荒天から逃れることが目的であり、例えるなら外が嵐の日にはアルカナでは普段より強い雨が降ったり、外が台風の時にはアルカナでは普段より強い風が吹くように、ある程度軽減された天気になるのだった。
この日、アルカナには雨が降っていた。
つまり外界でも同じように雨が降っているということだ。
外界の空を投影する果てが見えない天井には曇り空が、風と共に黒い雲が流れる様子が映し出されていた。
待機港区画に設置されたアルカナ軍の駐屯地の一つ【第十二駐屯地】には普段見慣れないジーンが二機並んでいた。
二機のジーンの近くにはアルカナ軍正式採用量産機【デルガル】が何機も整列している。
見慣れない二機のジーンと複数のデルガルを合わせた総数十四機にも及ぶジーンが野晒しの状態で降り注ぐ雨をその身に受けていた。
「あなた方がギルドからの増援ですね」
駐屯地基地にある建物の一室でアルカナ軍の制服を着た男とラフな格好をした男達が緊迫した雰囲気で向かい合っている。
会話の口火を切ったのは屈強な肉体を持つアルカナ軍の男。胸の名札にはテレス・ホーガンと記されている。鍛え上げられた肉体と日に焼けた褐色の肌が殊更健康的な印象を与えているために到底四十歳には見えないテレスは目深に被った帽子の下から鋭い眼光をテーブルを挟んで正面に立つ二人の男に向けていた。
「ええ。私は【女王蜂】所属の植戸泰斗です。トライブの副リーダーを務めさせて頂いています。彼は私の直属の部下の」
「楢章久ッス」
植戸泰斗は三十三歳の男性。着ている服はライダースーツではなく、山登りに着る水を弾く素材でできたカラフルな服。髪は短く、髭の剃り痕など微塵も見られない清潔な肌を持つ好青年である。
人当たりの良さそうな印象の植戸の隣に立っている楢章久は植戸より五歳年下の男性である。植戸とは違い着ている服はジーン用のライダースーツ。派手な黄色と白の生地で作られているそれには様々な形をしたエンブレムがいくつも縫い付けられている。
「二人だけですか」
「不満ですか?」
思わず溢れたテレスの言葉に植戸は訝しむような視線を返す。
「いえ、そういうわけでは。確認しただけですのでお気を悪くしないで頂けると有り難い」
「そういうことでしたら。事前にギルドから私達のトライブの詳細が届いていると思うのですけど」
「ええ、確認してあります。有力なトライブの方が協力して頂けると言う話でしたからね。確かに女王蜂といえば私でも知っている実力のあるトライブなのは承知しています」
「あいにくと少数精鋭でやっていましてね。それに、リーダーを含めた他のメンバーは現在、別の仕事で留守でして。今回は私と彼が担当することになったのですが安心してください。自分で言うのもあれですけど、彼も私もかなり強いですから」
名刺代わりに手渡された端末と植戸と楢の二人の顔を確認したテレスは納得したように頷くとアルカナ軍の制服の胸ポケットから携帯端末を取り出した。
「言い遅れました。私はアルカナ軍第十二駐屯地基地隊長、テレス・ホーガン中佐だ。そして彼が今回の事件の捜査を担当している」
「自分は叶上駿河警部補です」
「ああ、警察の方でしたか」
意外だというように植戸が呟く。
叶上の格好はくたびれたトレンチコートとその下には糊の利いていないスーツ。履いている革靴も何年も同じ物を使っているかのようにボロボロだ。皺が深く刻まれた顔に適当に切り揃えられた痛んだ黒髪。五十歳になったばかりだというのに実年齢よりも老けて見られがちな叶上は淡々と自分がここに来た理由を話し始めた。
「我々は今回の事件を襲撃事件として捜査していますからね。次の襲撃が予測されている場所にはこうして誰かが出て来ているというわけですな。念の為に言っておきますが、自分はジーンを持ってませんし、動かすこともできませんがね」
はっはっはっと笑う叶上に不満を言う人はいない。それは警察がジーンを使わないと知っているからだった。
警察が使っているのは工事作業用の強化外骨格【ワーカー】を暴徒鎮圧用に改良調整した【ローダー】である。武器を持った凶悪犯を確保したりするのにジーンは過剰戦力でしかなく、その巨体は戦力としては申し分ないのだが、それはオートマタなど同程度の大きさや戦力を持っている相手に限った場合のこと。ジーンは街の中を逃げ回っている人を捕まえたり、暴れ回っている暴漢に対応したりするのには全くと言っていいほどに向かないのだ。
適材適所。その言葉を表わすようにこの場には叶上が普段使っているローダーはない。襲撃者の対処はあくまでもジーンを扱っているアルカナ軍に任せているということだろう。
「まずは、アルカナ軍を代表して私が皆さんの協力に感謝します」
「いえ、こちらも皆さんには強力して頂くことも多いと思いますので、お互い様ですよ」
「事件の解決は我々警察の仕事でもありますからな」
「そう言ってもらえると助かります。では、取り急ぎ情報の共有をしましょう」
事前に用意してあった端末を操作して部屋の壁に設置されているモニターにこれまでの襲撃事件の情報が画像付きで映し出される。
テレスはその画像を示しながら事件の概要を説明し始めた。
「襲われているのはどれもアルカナ軍の駐屯地ばかり。幸いまだ一般人に被害は出ていませんが、これ以上アルカナ軍の戦力が削られてしまえばオートマタの迎撃戦にも支障が出てくるでしょう。襲撃があるのは現状三日間隔で行われており、次の襲撃が予測されているのが今日。
犯人だと想定されているのは元技術開発部隊のテストライダーのジュラ・ベリーという男。しかし、その部隊は二十年も前に解散されており、当人も既に死亡しているのが確認されています。よって現状では別人による成り済ましの可能性が高いと考えられます」
テレスの言葉に誰一人として驚いた様子は見せない。事前に自分たちが今回の襲撃事件について調べてきたことと差異は見受けられなかったからだ。
承知済みといった全員の様子を受けて叶上がテレスの話を引き継いだ。
「つまり、真犯人の正体は未だに不明というわけですな」
「付け加えるのなら時間までは予測できていないと」
腕を組み眉間に皺を寄せながら植戸が問い掛ける。それに答えたのはテレスだった。
「残念ながら。しかしこれまでの傾向から襲撃が起こるのは十八時から十九時の間になるはずです」
「だったらそれまでおれたちは待機ってことでいいってことッスよね」
「楢! 口調に気を付けろ」
「あ、すいませんッス」
「構いませんよ。確かにお二人には何かが起こるまで待機してもらうことになるのですから」
それぞれが持つ情報を互いに伝えると襲撃に備えたブリーフィングは終わった。
雨が弱くなり始めた頃を見計らって、植戸と楢は自身のジーンに乗り込み機体の最終確認を行い、テレスは部下にデルガルの最終調整を行うように命じた。
デルガルは単眼のカメラアイが目立つ頭部に丸みを帯びたフォルムのボディを持つ機体だ。機体の色は深い緑。それは自然のなかに紛れることを目的とした迷彩色であり、駐屯地に並ぶ全てのデルガルが同様の色をしていた。
その手に持たれているのは全て実在の銃火器をそのまま大きくジーンのサイズにしたもの。特別な機能は無い代わりに扱いやすい武器ばかり。
この場に集まった人で唯一ジーンを持たない叶上は駐屯地基地にある司令室に身を置いて戦闘員以外のアルカナ軍隊員の協力のもと、事態の把握と情報の整理に勤しんでいた。
襲撃の予想時間は刻一刻と近づいている。
予測時間になる前にテレスは戦力を二つに分けることにした。一つはデルガルの大半を第十二駐屯地の後方に置いた部隊。もう一つは駐屯地の前面に配置したテレスと女王蜂による三人部隊。戦力の偏りは否めないがそれでも変に連携を崩すことがないように気を配った上での戦力の分散だった。
部隊配置を終えるとテレスたちアルカナ軍のパイロットは皆、警戒を怠ることなく、それでいて無駄に疲弊しないように心懸けながらそれぞれが乗り込んでいるデルガルのコクピットで待機している。
一時は止みかけた雨もまた一段と強くなった。
完全防音に近しい構造であるコクピットにいるというのに機体を打ち付ける雨音が生音で聞こえてくるかのよう。
陽が落ちて、一段と辺りが暗くなる。
雲が出ているせいで星明かり一つ見られない。外界の空を投影したアルカナの空であろうとそれは変わらなかった。
弱まる気配のない雨が視界を遮るなか、それは突然現われた。
敵機の襲来を告げる警告音が第十二駐屯地に鳴り響く。
それと同時に全てのデルガルのコクピットでも同種のアラームが鳴り出していた。
「総員、第一種戦闘配備!」
駐屯地基地にいるアルカナ軍オペレーターの声が全ライダーに届く。
一瞬にして騒がしくなった駐屯地基地ではライダー以外の兵士たちが忙しなく駆け回っていた。
「あれが襲撃者のジーンというわけか。実際に目の当たりにしてみると本当にデルガルそっくりだな」
姿を見せたジーンを見て植戸が呟く。
暗い夜の闇の中、雨が視界を遮る。
植戸と楢が操るジーンは同一の機体で、違いは外部装甲の一部に刻まれている個人を現わすライダー固有のエンブレムとそれぞれが装備している武器のみ。女王蜂が採用しているカスタム機【ホーネット】は一般的なジーンに比べて機動性と俊敏性に長けた機体である。
植戸が乗るホーネットの頭部カメラアイが襲撃者にピントを合わせる。高精細の映像が植戸のコクピットのモニターに映し出される。同時に駐屯地基地の作戦室に中継されるその姿はアルカナ軍正式採用量産機デルガルに酷似していた。
事前に襲撃者の姿を捉えた映像を解析した時に話題になったその姿。アルカナ軍ではない植戸たちからすればその呼称がデルガルのままでも大して影響はないが、同じアルカナ軍であるテレスたちにとってはそうではない。
実際に見たら違うと分かるのだろうが、音声だけを聞けばアルカナ軍機と区別が付かない。それ故にアルカナ軍は襲撃者の機体に【フェイカー】という呼称を与えていた。
フェイカーの姿をより注視してみるとその装甲がツギハギだらけであることが分かる。腕、胴体、頭部、下半身、足。全ての外装が正規のデルガルから剥ぎ取って再利用されているかのように、僅かに大きさのバランスが狂った装甲となっていたのだ。
「先陣はおれが切らせてもらうッスよ!」
「待て、足並みを揃えるんだ」
「大丈夫。おれなら確実に当てられるッス」
植戸の制止を聞かず、楢は自身のホーネットをフェイカーへと向かわせた。その手に持たれているのはジーンサイズで作られたショットガン。それはデルガルが装備している武器と同じ既存の武器を巨大化させた量産品の武器だった。
量産品だからと侮ることなかれ。撃ち出されるショットガンの散弾は並のオートマタならば直撃すれば蜂の巣になるほどの威力がある。難点となるのはその射程が他の銃火器に比べると短いことだが、それをカバーするのがホーネットの機動性だった。
背負ったバックパックのブースターを噴かしてフェイカーに接近していく楢のホーネットはすかさず引き金を引いた。
雨のカーテンの奥に佇むフェイカーに向けて散弾を放つ楢のホーネット。
ショットガンの側面から排出された薬莢が無造作に地面に落ちて転がった。
「喰らえぇえ!!!!!」
断続的に繰り返される発砲音。
しかしどういうわけか雨の向こうにいるフェイカーはその弾丸を避ける素振りも防御する素振りすら見せず、加えて反撃を試みる素振りも見せなかった。
指示を待たずに動き出したといっても楢はそれなりに熟練のパイロットである。だからこそ一度目の発砲で自分の攻撃が全くフェイカーに通用していないと理解しながらも攻撃の手を止めないのは後ろに控えている植戸が何か突破口を見つけてくれるだろうと信じているからに他ならない。
事実、楢のホーネットの背後から飛び出してきたもう一機のホーネットは植戸が操る機体だった。両手持ちのランスを構えて背中のブースターから炎を吹き出す急加速に乗った植戸のホーネットが雨の中に見えるフェイカーにランスを勢いよく突き出した。
「さっすが、副リーダー」
「いや、外したようだ」
「ええっ!? マジっスか!?」
二機による連係攻撃は雨の中のフェイカーを確実に捉えていたはずだ。
楢の射撃がフェイカーの動きを止めて、後ろの植戸のホーネットがランスで仕留める。
流れるような連係攻撃。二人が同じトライブに所属しているからこその息の合った攻撃だったが、その結果はあまりにも空虚。
機体を通して何の手応えもなく、そして雨のなかに見えていた機影は今や何処か。
この僅かな距離と時間で突然相手を見失ってしまうことなどありえるのだろうか。それが少し離れた場所からショットガンを構えながらも立ち尽くしてしまっている楢が抱いた感想だった。
「何故攻撃を仕掛けない! フェイカーはまだそこにいるのだろう」
植戸のホーネットに遅れること二分弱。テレスが乗り込むデルガルが合流した。その手にあるのはジーン用のマシンガン。植戸たち二人が攻撃を仕掛けていた方へと銃口を向けるも、そこから弾丸が放たれることはなかった。
「バカな…どこに行ったというのだ?」
雨の中、完全に見失ってしまったフェイカーを探しながらテレスは植戸たちに問い掛けていた。だが、二人から返ってくるのは「わからない」という言葉だけ。
二機のホーネットは互いに背中を合わせて周囲を警戒しながらもどこに攻撃を仕掛ければ良いのか分からないといった様子だった。ホーネットと合流するために歩いてきたテレスのデルガルの足音が雨の中でも妙にはっきりと聞こえてくる。
雷鳴が轟き、唐突に空が光る。しかしそれはアルカナの天井に再現された雷だ。
一瞬の光の後、見えたのは闇の中の赤。揺らめくその赤色は遠く第十二駐屯地基地を挟んだ向かい側にあった。
「あの明かりは何だ?」
デルガルのコクピットで独り言ちたテレスの疑問に答えたのは突然の爆発音。雨のなかでありながら燃える炎と立ち上がる煙がそれが起きた場所を知らせてきた。
「燃えてる?!」
「何が起こったんッスか!?」
「わからん。だが、あれは基地がある方か」
驚き叫んだ楢の声が聞こえてくる。そんな声に続いて植戸の耳に届いたのはあらぬ方向で起こる二度目の爆発音。
それは植戸と楢が配備されていたのとは真逆の方向であり、テレスが自分たちを除いた残りのアルカナ軍のライダー全員を配置させていた駐屯地の裏側だった。
『皆さん聞こえますか? 駐屯地基地後方にてアルカナ軍機が襲われています。テレス・ホーガン中佐、植戸泰斗さん、楢章久さんの三名は急いで後方の部隊と合流してください』
「了解。急いで向かう」テレスが即座に答えて、
「私も行こう。楢、お前はこの場に残れ」と植戸が楢に指示を送る。
「どうしてッスか」
「こちら側に誰もいなくなるわけにはいかないだろう」
「でも……」
「議論している暇はない。仮にこちらから襲撃があった場合は私達が到着するまでなんとしても持ち堪えろ。いいな」
「はい。任せてくださいッス」
「話は終わったみたいですね。なら急ぎましょう」
「わかりました」
コクピットに聞こえてきたアルカナ軍のオペレーターの声に促されテレスは自らが乗るデルガルを方向転換させて駆け出した。
アルカナ軍正式採用量産機であるデルガルは機動性よりも防御力を高く作られているのが特徴である。
量産機というものは性能は高水準ながらも運用コストが低く、操縦に対する癖もないものだ。汎用機と名高いそれは本来ならば、たかだか一機の襲撃者などにいいようにやられる機体ではない。加えてデルガルのライダーは正規の軍人。植戸たちのような常日頃オートマタだけを相手にしているライダーに比べて対人戦の経験が多いのだ。
だというのに飛び込んでくる情報はアルカナ軍が一方的に蹂躙されているというものばかり。
テレスと植戸がその場所に辿り着いた時、既にそこには数多のデルガルが多大な損傷を受けながら倒れ伏しており、無事なのはその向こうにいる歴戦の戦士を彷彿とさせるボロボロでツギハギだらけの装甲を纏うデルガルもどき、もといフェイカーだけだった。
「奴が皆を――!」
バックパックのブースターから限界以上の可動で煙を吐き出しながら機動性で勝るホーネットよりも先に現場に辿り着いたテレスのデルガルは到着するや否や装備しているマシンガンの銃口をフェイカーに向けた。
ほぼ無意識にテレスはコクピットで握っているコントロールステックにあるトリガーを引くとそれに連動して彼が操るデルガルが持つマシンガンから無数の弾丸が撃ち出された。
暗い夜の闇に連続して明滅する閃光が迸る。
マシンガンから吐き出された薬莢が地面に降り注ぐ。
雨音すら掻き消すほどの轟音が鳴り響く。
一心不乱に撃ち続けているテレスの背後から植戸のホーネットがようやく追いついてきた。
作者からのとても大切なお願いです。
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大切です。
製作のモチベーションになります。
なにより作者が喜びます。
繰り返しになりますが、ポイント評価を宜しくお願いします。