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蒼空のシリウス 四話

最終話まで平日の夜9時に毎日更新します。

(注)カクヨムでも掲載されています。


 一通りの説明を終えた天野は乾いた喉を潤すためにお茶を飲んだ。


「で、結局、話って何なんだよ」


 それまで黙っていた神住が天野に鋭い視線を向ける。

 戦闘中シリウスのコクピットに座っている時と変わらない目をしている神住に水戸は思わず息を呑み表情を強張らせていた。


「私を睨むんじゃない。別に難しい話をしようってわけじゃないさ。いつものように君に仕事を頼みたいだけだ」

「その割には随分と言い渋っていたみたいじゃないか」

「そうかい?」

「俺のジーンのことが直接関係しているような仕事なのか?」

「直接はないだろうね」

「だったらどうして」

「完遂する実力があると知ってもらうためさ」


 天野はすっと立ち上がり自分の机から一つのファイルを取り出した。


「受けるつもりがあるのなら見てくれ」

「ちょっと待ってください」

「何かね?」


 テーブルの上に投げ出されたファイルを取ろうとする神住の手を真鈴は慌てて掴み制止した。


「艦長に言われてるんです。神住さんが変な仕事を受けないように見張ってくれって」

「ほう。君のお目付役ということか」

「どうだ。頼もしいだろ」

「まったくだ」


 真っ直ぐ自分の目を見てくる真鈴に神住は笑いかけると、自分の手を引っ込めていた。


「悪いなオッサン。そういうわけだ。今回は他を当たってくれ」


 きっぱりと断りを入れた神住はもうファイルに手を伸ばしたりしないだろう。神住が一度決めた事を容易く覆す性格ではないことを天野は十分すぎる程に理解していた。

 仕方ないと出したばかりのファイルを仕舞おうとしている天野に水戸は小声で「よろしいのですか?」と問い掛けていた。


「急を要する仕事ではあるけどね、何も彼じゃなければできない仕事というわけでもない。水戸君、この内容を鑑みて適切なトライブにこの仕事を持ち掛けてみてくれるかい」

「それは構いませんが」

「頼むよ」

「わかりました」


 ファイルを受け取り一礼してから出て行く水戸を三人はそれぞれ異なる表情で見送った。

 三人に戻った室内で天野は姿勢を崩して浅く椅子に腰掛ける。


「何となく断られるような気がしていたんだ。尤もそれがその子によってだとは思いもしなかったがね」

「だろうな」

「ああ」

「それで、実際どんな仕事だったんだ? 俺達を帰らさないってことは話だけでも聞かせるつもりなんだろう」

「ええっ!?」

「心配しなくとも強引に仕事を受けさせようとは思ってないさ。それに君達以外にもこの仕事を完遂できるだけの人員はギルドにはいるからね。ただ……」

「何か気掛かりがあるってことだろ」

「そうだ」

「だいたい、オッサンは分かりやすいんだよ。何かあるといつも本題の前に別のこと言って話を逸らそうとするからな」

「普段はそんなことないと思うんだがな。御影が相手だとどうも調子が狂う」

「君、じゃなくていいのかよ」

「今更、御影相手に畏まる必要などないだろう」

「確かに」


 穏やかに笑い合う二人の間には先程までの剣呑な雰囲気が無くなり、安心したようで真鈴はほっと胸を撫下ろしていた。


「で、あるんだろう」

「ん?」

「さっきのファイルの予備。一応俺も目を通してみるからさ」

「神住さん?!」

「わかってる。仕事を受けるつもりはないさ。けどオッサンがわざわざ俺を呼びつけてまで頼もうとしていた仕事(こと)なんだ。少なくとも情報くらいは把握していたほうが良いと思ってさ」


 真鈴にそう説明していた神住に天野が先程と同じファイルを差し出してきた。

 ペラペラとファイルのページを捲って目を通していく。

 写真と文字で構成されたファイルのとあるページで神住の目が止まった。


「正体不明のジーンによる襲撃事件、か。言っちゃ悪いけど、たいして珍しくもない事件に思えるな」

「問題はその先だ」


 促されるがまま神住はファイルのページを捲っていく。


「襲撃してきた機影がアルカナ軍の正式採用量産機に酷似している、か。そしてこれまでの襲撃場所はって……嘘だろ」

「残念ながら事実だ。襲撃場所は待機港区画内にあるアルカナ軍駐屯地。つまり、アルカナの外ではなく内側で起きた事件だということだ」


 横からファイルを覗き込んでいた真鈴が驚き言葉を失う。


「外から侵入してきたってわけじゃないんだな」

「わからないが、確率は低いと考えている」

「クーデターの可能性は?」

「ない。それは確認済みだ」

「だったら問題は機体が盗まれたことになるのか」

「それも違う。公になっているアルカナ軍機の総数と現在運用されている機体の総数に差異がないことは確認済みだ。あるとすれば登録外の機体か極秘裏に運用されている機体がある可能性だが」

「それは低いってことか」

「ああ。根本的なことを言うが、ジーンの兵器流用は他のアルカナに対する戦争行為に該当する。それは言い訳のしようがない程に国際条約違反だ。軍という公的機関がそれをしているとは考えたくはない。加えてオートマタという共通の脅威に晒されている現状、不用意な戦争は避けたいと考えるのが普通だろう。それに兵器として使うにしても僅か一機のジーンではたかが知れている。そもそもジーン単機で外界を移動して他のアルカナに攻撃を仕掛けることなど不可能に近いはずだ」

「ってことは、わざわざ誰かがアルカナ軍の機体に似たジーンを作って、わざわざアルカナ軍の駐屯地の傍で暴れているっていうのか」

「現状、最も可能性が高いのはそうなるな」

「何のために?」

「さっぱりわからん」


 きっぱりと言い切る天野に神住と真鈴は互いの顔を見合わせた。


「そんなことをするメリットが分からん。そもそもの目的も分からん。一体何のために襲っているというのだか」


 顔を顰めながら疑問を声に出す天野に神住は苦笑しながら思いついたことを口した。


「その様子だと犯人の目星はついてなさそうだな」

「いや、一応目星は付いているぞ」

「なんだって?」

「次のページにあるだろう。ジュラ・ベリー。アルカナ軍の元技術開発部隊のテストライダーだった男だ」


 ファイルに張られている写真にはアルカナ軍の制服を着た坊主頭の男が写っていた。


「それがわかっているならその人を捕まえれば解決するんじゃないのか?」

「無理だな」

「どうしてさ?」

「その部隊は今から二十年も前に解散しているからだ。当時の人員も全員がその時にアルカナ軍を辞めている」

「現在の所在は?」

「全員確認済みだ。ちなみに襲撃があった時のアリバイも確認してある」

「このジュラ・ベリーという男もか」

「ああ。その男もだ」

「だったら何故この男が犯人だって言うのさ。それに、これが二十年も前の写真だっていうのなら、今は容姿だって変わっているんじゃないか」


 写真に写る男はこの時既に三十代後半に見える。そこから二十年近くも経過しているのだとすれば最低でも五十代後半になっているはず。大人になってから容姿の変化は少ないといってもさすがにその年月は人の容姿に多大な変化をもたらすはず。


「対峙したジーンが残した映像データには確かにこの写真のままの姿をした男が映っていた。そして当時、開発部隊に在籍した人に確認をとった結果、あり得ないがこの映像に映っている人物はこのジュラ・ベリー本人で間違いないという証言が取れた」

「それならすぐに捕まえれば良いじゃないか」

「不可能だ」

「どうして」

「あり得ないと言っただろう。このジュラ・ベリーという男の現在の所在だがな、確認が取れたのはその死亡だ」

「は?」

「ええっ!? つまり死んだ人が映っていたってことですか?」

「証言通りならそういうことになるな」

「ジーンじゃなくてゾンビの開発でもしてたんじゃないか」

「そんな報告は残されていない」

「いや、冗談だから」

「わかっている。つまりは誰かがこのジュラ・ベリーという男に成り済ましているということだろう」

「どんな目的で?」

「それも分からん。ただ何らかの目的とカラクリがあるのは間違いないはずだ」


 そう言って天野は大きく溜め息をついた。


「だから御影に頼みたかったんだ。件のジーン討伐は他の者でもできるだろう。しかし、事件の解明は人を選ぶ。そもそも他言されるわけにはいかん。そういう点で御影は信用できるからな」

「オッサンがそこまで慎重になってるってことは依頼主はアルカナ軍か」

「ノーコメント」

「言ってるようなもんだからな、それ。とはいえ、自分の不祥事にもなりかねない事件の調査と解決をギルドに頼み込んでくるあたり、随分と切羽詰まっているみたいだな」

「――っ、そうだ!」

「だとしてもさ、ギルドはどうにかできる当てがあるんだろう」

「当然だ」

「だったらとりあえずはその人に任せてみればいいじゃないか。それよりもだ」


 すうっと神住の目が鋭くなる。


「俺が気になるのはこっちだな」とファイルにある一枚の画像を指差した。


 自ずと真鈴と天野の視線が神住が指差した先に集まる。


「ここに映っているジーン。俺は見たこともない機体だ」


 そう言った途端、二人は“またか”といった顔に変わった。


「外装はツギハギだらけ。だけどその中には見たことも無いパーツが混ざっている。こいつの調査なら俺が個人的に受けるぞ」


 にやりと笑いながら告げる神住に天野はふんっと鼻を鳴らして「断る」と言い切った。


「今この瞬間にもそれぞれのトライブでは自らのジーンを改良し続けている。御影が知らない機体があったとておかしな話じゃ無い。何よりも御影のジーンの方が特異なんだ。お前が言うなという話だ」

「特にここ。ここが気になるんだ」


 天野の言葉を無視して神住はじっと写真に写るジーンを見つめていた。


「調べたかったら勝手にしろ。ただしギルドから報酬は出さないし、御影に何か常軌を逸した行為が報告されれば絶対に罰則を加えるからな」

「だ、だめですよ、神住さん。罰則はだめです。ニケーにはライダーが神住さんしかいないんですから、もし資格停止にでもなったりしたら困ります」

「だそうだぞ」

「わかった。俺はコイツを調べたりしない。それでいいか?」

「ほんとうですね? 信じますよ」

「俺を信じろって。嘘は付かないからさ」


 真鈴を宥めるように優しい声色で言った神住は天野に視線を移した。


「次の襲撃場所の予測は付いているのか?」

「ん?」

「できるだけそこに近付かないようにしようと思ってさ」

「ああ、それだったら」


 ページを捲る天野の手がファイルの後半、犯人の行動予測と書かれたページで止まる。


「襲撃は現状三日間隔で起きている。次に起こる場所はこの丸で囲まれている場所のどこかだと予測されている」

「全部アルカナ軍の駐屯地の傍か。それで前の襲撃はいつだ?」

「昨日」

「つまり次の襲撃は明後日というわけか」

「そうなるな」

「わかった。俺達はそこに近づかないようにするよ」


 襲撃されるとされている場所。ファイルの地図に大きく赤いペンで丸が付けられる所を見て神住が言う。

 ファイルを天野に返してから神住は立ち上がった。無言の天野に見送られて部屋を出た二人はそのまま来た道を戻って行った。


「それでは、またいつでもお越し下さい」


 エレベーターを降りた二人を待ち構えていた水戸に見送られて神住たちはそのままギルドを出て行った。

 ギルドを出た二人の次の目的地は真鈴の用事を済ませるための【商業区】。

 商業区というのは様々な商店、そして様々な会社が数多く存在する場所である。居住区の近くにあることで利便性に長けた食料品店ではなく商業区のみに建つ大型の商業施設がある。そこで売っている商品の数も種類も豊富だが、戦艦やジーンのメンテナンスに使用する物資、弾薬の類を売る店は商業区にはない。それがあるのは待機港区画だけ。それは荷の配送と扱っている品物の安全面を考慮した上で自然と商業区と分けられるようになった結果だった。


「ここです」

「いつもの店だな」

「一番品揃えがいいですから」


 真鈴の用事は買い物。その内容はニケーで消費する食料や生活用品など。一度に大量の品物を購入する時に使う店は商業区でもある程度限られてくる。普通の店では戦艦用の物資を補給するには在庫の量が足りず、そのため専用の店というものがある。

 真鈴が選んだ店では客が商品の見本を見て選び、購入する時は専用の端末を使用するようになっていた。

 次々と商品を端末の買い物カートに入れていく。

 一通り店舗を見て回った後にはカートに多くの品物が追加され、総購入額はかなりの金額になっていた。


「これで全部か」

「はい。綺麗にぜんぶ揃いました」


 手ぶらながら満足そうな真鈴とあからさまに疲労を滲ませている神住は大きな倉庫のような店舗の前にあるカフェで休憩していた。

 買い物に掛かった時間は3時間。それが短いとみるか、長いとみるか、感想は個人によるが、神住にとってはとてつもなく長い時間に感じられた。

 それでも必要なことであるのは理解しているから文句を言うことは無かったが。


「つき合ってもらってありがとうございました」

「構わないさ。自分で見ることが大事、だったな」

「そうなんです。こうして実際にお店に来て見てみないと品質や値段が変化しているのもありますから」


 無駄な出費は許さないと、しっかりとした金銭感覚の真鈴に神住は苦笑しながらも頼もしさを感じずにはいられなかった。


「これからどうする? まだ時間はあると思うけど」

「えっと…」

「真鈴が行ってみたい店とかはないのか?」


 遠慮がちに真鈴が自分の携帯端末を取り出した。そこに映し出されているのは表通りの端にあるとある店の写真。


「実はわたしが好きなブランドの新製品が発売しているはずなんです。いつか見に行きたいと思ってたんですけど…」

「だったらこれから行ってみればいいさ。俺も一緒に行っていいか?」

「は、はいっ! もちろんです!」


 喜びの表情を浮かべた真鈴に引っ張られながら神住は表通りを進む。

 カフェやレストランが並ぶ表通りには映画館やゲームセンター、通りの道向かいには服や雑貨が売っている店がある。

 老舗の店舗を除いてこの商業区にある店舗は奥に行くほど人気が無い商品を売っている店になっている。

 真鈴と神住の二人が目指しているのはその中でも最奥に近しい場所にある店だった。

 店の外観に特出すべきものはなにもない。小さな建物の中にある棚に乱雑に並べられた品々。軒先にある店名が記載されている古めかしい看板。薄暗い店内とそれが醸し出している怪しい雰囲気は少なくとも十三歳の少女が自ら好んで足を踏み入れるような場所には思えない。

 何より店に客が訪れたというのに店主は店の奥から姿を見せることもなく、カウンターの奥に引っ込んだままだった。


「見てください神住さん。これ、フロンティア社製の新製品ですよ。あ、こっちにはギャラクシ社製のもありますっ」


 目を爛々と輝かせた真鈴が見せてきたのはいくつもの小さな部品が組み込まれた基板。およそ普通の少女が喜ぶ代物ではないが、それを見つけ喜んでいる様は決して嘘をついているようには見えなかった。


「欲しいものがあったのか」

「はいっ! でも、うーん、どうしましょう」

「別に遠慮することはないんだぞ。さっきの戦闘で臨時収入もあったからさ、買うなら今だろ。ほらどれだ? 俺が買ってくるから渡してくれ」

「ええっ!?」

「量があるならそこのカゴに纏めて入れてからでもいいけど」


 店の入り口に積まれた買い物カゴを指差して言う。


「あ、いえ、悪いですよ。わたしもお金持っていますから」

「いいんだよ。でも、そうだな、気になるっていうなら、さっき天野の所で俺が勝手に仕事を受けそうになったことを黙っていてもらう代わりってことで」

「何ですかそれ」

「いいから。好きなだけ選んでこいよ」


 カゴを渡して促てくる神住に真鈴は最初こそ遠慮がちだったが、何度も構わないと言っていると次第に目に付いたパーツををカゴに入れ始めた。

 真鈴がブランドと呼んでいるのは各種電子機器パーツメーカーのこと。ジーンに使うパーツに比べて小さなそれは一般的に自作コンピュータなどに使われているもので、真鈴にとっては趣味で作っている子犬や仔猫、小鳥を象った愛玩用のロボットに使う部品だった。

 程なくして満足そうにカゴ一杯のパーツを持ってくる真鈴。


「それでいいのか?」

「はい。でも、本当に良いんですか」

「もちろん。払ってくるから少し待っててくれよな」


 申し訳なさそうにしている彼女から少し強引にカゴを受け取った神住は未だに顔を出してこない店主の下へと向かった。

 カウンターの奥で座っているのは使い古されたエプロンを纏った初老の男性。


「すいませーん」


 モノクルのように付けられたルーペを通して何か手元の部品に集中している店主に声を掛けてカゴをカウンターの空いている場所に乗せた。

 ちらりと神住の顔を一瞥した店主は直視線をカゴの中へと移す。


「会計をお願いします」

「……全部で十七万だ。端数はまけといてやるよ」

「わー、ありがとうございます」


 思わずというように真鈴が身を乗り出してお礼を言った。


「ただし」


 モノクルを外してカウンター越しに立つ真鈴に視線を向ける。


「次に来る時お嬢ちゃんが作ったものを何でもいいから見せてくれないか? 儂の見る目が鈍ってなければ、これを使うのはそこの兄ちゃんじゃなくお嬢ちゃんだろ」

「えへへ。そうですよ」


 店主はカゴを持ってきた神住ではなく、付き添うように後ろに立っていた真鈴が使用者であることを一発で見抜いていた。

 店の中は静かといっても常に何かしらの音楽が流れている。開けっぱなしになっている店の入り口からは外の雑踏の音が入ってくるし、どんなに人気がないといっても表通りを行き交う人はいる。外から聞こえてくる音と店の中でかかっている音楽に掻き消されて客の話し声は聞こえてなかったはず。余程大声で騒いだりしていれば別だが、二人の話し声は常識の範囲内。

 つまり店主は二人の印象と己の勘だけで正解に辿り着いたということのようだ。

 渋い初老の男性が優しげに微笑んでいる。

 真鈴は頷き満面の笑みで「いいですよ」と答えていた。


 それから神住は言われた代金を支払い終えると、真鈴はカゴの中のパーツを入れる為に持ってきていた折り畳みの買い物バックを神住に手渡してきた。

 神住が袋にパーツをパズルのように詰めている最中、始めて訪れる店だというのに真鈴は店主と気が合ったのか楽しそうに談笑している。

 二人の話が終わるのを待って、頃合いを見計らい真鈴に声を掛ける。


「そろそろ帰ろうか」

「あ、はい。わかりました」


 外が暗くなり始めた時間。

 店の中から見える通りには帰宅する人がちらほらと見受けられ、行き交う人の数が増えていた。


「おっと、これ以上引き止めるわけにはいかんな」

「また来ますね。おじいさん」

「楽しみにしておるぞ。お嬢ちゃん」


 年の離れた友達ができたことと喜ぶ真鈴に神住は「よかったな」と素直に言った。

 店主と別れの挨拶を交わした神住たちはニケーがある待機港区画に続く道を歩き始める。

 表通りの街灯が明るく道行く人を照らしている。学校帰りの学生や仕事帰りの大人たち。商業区の表通りに見かける人の数はさらに増えていった。

 今の時間は夕方の五時を過ぎたばかり。

 このくらいになると商業区は原則車両進入禁止となる。例外なのは商品の補充などを行う運搬トラックだけ。それも表通りは通れずに裏通りの規定の道しか使えなくなるのだが。この施策は歩行者が増える時間帯の事故を減らすという目的があって、商業区に店舗が増えてきた頃に実施された。

 学生にとっては生まれる前からの当たり前のことであり、仕事帰りの大人たちにとってもその半数以上が同じ感覚だった。


 今日の昼間に戦闘があったとは思えないほどに平和な光景。

 慣れたとはいえ、通りを歩いている神住達はその落差は感じずにはいられない。

 だけど、それが日常だ。


 真鈴とはぐれないように注意しながら神住は進む。

 程なくして人込みを抜けて、二人は商業区の中心部から少しだけ離れた場所を歩いていた。

 神住たちの目的地が待機港であるためか、行き交う人の数は徐々に減っていき、また同時に街灯の明かりも少なくなっていた。

 それでもまだ五時半であるために周囲が暗闇に包まれることはない。

 待機港区画に入ってしまえば停泊している戦艦から漏れる明かりがそれこそ街灯のように道を歩く人達を照らしてくれる。


 昨今、無人の自動運転が主になっているレンタル車両に乗り込みさえすれば待機港区画までそれほど時間は掛からない。

 近くにある車両の停留場を目指して歩いていると突然パンッと炸裂音のようなものが鳴り響いた。

 すかさず神住は真鈴を庇うように前に出て音がした方に目を向ける。


「銃声か」


 聞き慣れた音に呟いた神住に真鈴が心細そうに訊ねてきた。


「な、何が起きたんですか」

「さあ、わからないが」


 暫くして何が起きたのかと周囲の人達が騒ぎ出し始めた。

 それでも思ったよりも冷静な人が多く見られるのは銃声を聞き慣れていないが故に何が起こったのか理解していない人が多いからなのだろう。

 多少銃声に聞き覚えがある人はその場で頭を守ってしゃがみ込んでいる。神住は狙撃手を探しているために立っているが、真鈴は神住の体の影に隠れる位置で身を屈めていた。


「お前たち止まれ! 止まれと言っているんだ!」


 男の声がして、続け様に二度目の銃声が響く。

 今度こそ殆ど人が音の正体を理解したようで悲鳴をあげながら逃げ出す人、その場で蹲ってしまう人が多く見られた。

 そんな中でも逃げ出した人たちを押し退けながら数人の人影が駆け出していくのが見えた。

 駆け出していった人の格好はどれも似たような感じで顔を隠すためかロングコートのフードを深く被っている。その下にはどこにであるような無地の服を着ているようだ。特徴らしい特徴の無い服はそれが変装の類であることは明らかだった。


「散開して追いなさい。誰一人として逃がさないように」

「「「はっ」」」


 銃を持った男たちを引き連れて現われた一人の女性が声を張り上げて指示を送る。

 男たちは声を揃えて返事をするとそのまま走り去った人たちを追いかけて行く。

 人混みを掻き分けて逃げる人たちを追っている人の多くは制服を着た警官。その先陣を切って走っているのは警官とは異なる制服を着た男たちだった。この制服がアルカナ軍のものであることは此処にいる誰もが知っていること。珍しいのは警官とアルカナ軍が協力して逃げる人たちを追いかけているという事実だった。

 状況を見極めるためにこの場に残り無線を使って指示を送っている女性もアルカナ軍の制服を着ている。襟元に付いた階級章から察するにこの場にて最も階級が高いのがこの女性のようだ。

 女性が周囲で固まってる民衆を見ながら告げる。


「私はアルカナ軍第七小隊所属、ラナ・アービング少尉。申し訳ありませんが、この場にいる皆さんには状況の確認に協力してもらいます。その場から動かずに警官、あるいはアルカナ軍の聴取があるまで待っていてください」


 周囲にどよめきが起こる。

 人が集まり騒ぎが大きくなることは予測済みなのだろう。後から遅れて現われた警官とアルカナ軍が迅速に近くにいる人に声をかけて聴取を始めていた。


「少しよろしいですか?」


 手元の携帯端末に自分の身分証を表示しながら神住たちに声を掛けてきたのは先程から指示を送っていたラナ。肩まで伸ばした明るい栗色の髪、着崩すこと無く軍服を着ているラナは「はい」と答えた二人に質問を続けた。


「改めて、先程逃走していった人達について話を伺いたいのですが」

「あ、はい。いいですよ」

「念の為、お二人の身分証を見せて頂けますか」


 通例としての確認作業があるのだと付け加えられると神住と真鈴はそれぞれラナと同じように自分の携帯端末に自身の身分証を表示して見せた。

 神住たちの端末を見てデータと照合して確認するラナ。それと同時に言葉でも確認を行うのだった。


「御影神住さんに、怜苑真鈴さんですね。お二人ともギルドに登録されているということは同じトライブ所属ということでしょうか」

「はい」

「ライダーは御影神住さんだけのようですね」

「ええ」

「それでは、お聞きします。お二人は逃走していった人たちに心当たりはありますか?」

「いえ、わたしの知らない人でした。神住さんはどうですか?」

「俺も同じだな。そもそもフードを被っていて顔をはっきりと見たわけでもないし」

「そうですか」


 ラナは自分の端末に神住と真鈴の答えを記入していく。


「他に何か気になるようなことはありませんでしたか?」

「気になること?」

「あの…逃げた人は何をしたんですか?」


 神住の隣に並ぶ真鈴が聞き返す。


「えっと、それは…」


 聞かれたから聞き返しただけ。だというのに何故か言い淀んでしまったラナはまるで助けを求めるかのように辺りを見渡した。その視線に気付いたのか、駆け付けてきた警官の一人がラナに代わり答える。


「逃げていったのは先の宝石店を襲った強盗犯です」

「え、ええ。そうです。拳銃を所有しているためにこうして迅速な逮捕が必要でして」

「ラナ少尉。お話し中申し訳ありませんが、こちらに来てもらえませんか」

「あ、はい。わかりました。すいません。私はこれで失礼します。ご協力ありがとうございました」


 誤魔化すように早口で告げてからラナは慌てて駆けて行く。

 その後ろ姿を見送って神住と真鈴は互いの顔を見た。


「強盗犯って、本当なんでしょうか?」

「どうかな。秘匿事項ってやつなんだろうさ」

「ということは?」

「そうだ、と言い切ることはできないけどさ、もしかするとさっき天野が言っていた事件と関係があるかもしれない」

「どうするんですか?」

「どうもしないさ」


 心配そうに見上げてくる真鈴に神住は穏やかな笑みを向ける。


「真鈴と約束しただろ。俺達はこの件に手を出さないってさ」

「でも、気になっているんですよね」

「なっていないと言えば嘘になるけどさ、今更追い駆けるつもりなんてないよ。それに」

「それに?」

「アルカナ軍の人に疑われるようなことはしないさ」


 ちらちらと自分達の様子を窺っているアルカナ軍の視線を辿りつつ神住が告げる。

 平然と言った神住は真鈴と共に聴取を終えて帰って行く人と同じように自らの帰路につくことにした。

 程なくして人集りは散り散りとなり、時間を経て人通りも少なくなっていく。

 明日になればここで何かが起きたなんて気にする人はいなくなるだろう。

 陽が落ちて、夜になり、星が出て、月が輝く。

 商業区にいるのは夜の時間に食事や遊びに出ている人だけ。

 それもまた日常と変わらないいつもの光景だ。



作者からのとても大切なお願いです。

ほんの少しでも続きが読みたいと思ってくださったのならば、この下にあるポイント評価欄を【☆☆☆☆☆】→【★★★★★】にして『ポイント評価』をお願いします。

この10ポイントが本当に大きい。

大切です。

製作のモチベーションになります。

なにより作者が喜びます。

繰り返しになりますが、ポイント評価を宜しくお願いします。

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