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蒼空のシリウス 二十五話

最終話になります。ありがとうございました。

(注)カクヨムでも掲載されています。


 トラムプル・ライノ討伐戦から三日後。アルカナではとある式典(パーティー)が催されていた。

 名目はもちろん、トラムプル・ライノ討伐を祝して。

 アルカナ存続の危機を回避したことを祝い、アルカナ軍、ギルド、警察に加えて諸々の関係者が参加するパーティーが開催されることとなったのだ。

 会場の様子は中継でアルカナ全域に放送されている。

 だからだろうか。普段はきちっとした格好とは縁遠いはずのトライブの面々もそれぞれスーツやタキシード、ドレスなどといった華美な衣装に身を包んでいた。


 パーティーで最初に行われたのはアルカナ軍長官の挨拶。次にギルドの代表の挨拶、アルカナ警察の副所長の挨拶がそれに続く。

 アルカナ軍の長官は軍服を纏った五十代半ばほどの身綺麗な男性。

 ギルドの代表は華美なドレスを纏った三十代の綺麗な女性。

 アルカナ警察副所長は警察の制服を着た六十代には見えないほど若々しい女性。

 総勢三名による代表挨拶が終わるとパーティーは賑やかな立食会へと移行した。その間も絶えず聞こえているのはアルカナにある有数の交響楽団による生演奏だ。

 どこかのホールを借りて催されているのではなく、アルカナが直接管理している広大な自然公園で行われているパーティーは真昼の太陽の暖かい日差しを受けながら終始和やかに進められていた。

 次々と催される歌やダンスなどの余興。それもこのアルカナで有名な歌手やパフォーマーによって行われているものだった。

 パーティー会場の隅で音楽や人々の会話の声に紛れるように小声で話している人たちがいる。ラナとリューズ、そして天野の三名だ。彼等は皆、片手に飲み物が入ったグラスを持ちこの場に相応しい格好をしているが、他の参加者たちに比べると些か表情に疲労が滲んでいた。


「これが今回の襲撃事件の報告書の写しになります」


 掌に収まるほどの小さな記録メモリをリタが天野に手渡した。


「確かに」

「詳細は後に確かめてもらうとして、彼らがどうなったか簡単にお教えしましょうか?」

「お願いします」


 天野に促されリューズは自身が把握している事柄について語り始める。


「では。まず今回の首謀者であるステファン・トルートは現在アルカナ軍によって逮捕され拘束されています。これから裁判が行われて刑が確定することでしょう。実行犯であるフェイカーやホープのライダー達についてはステファン・トルートに誘われる形で罪を犯したということははっきりしているのですが、それでも実際に襲撃したという事実は変わりません。全員が無罪というわけにはいきませんが、当初ルーク・アービング一人にだけ罪を掛けられた頃に比べればかなり軽減されるはずです。

 事実、ステファン・トルートが捉えられて一通りの事情聴取を終えた段階で一度ルーク・アービングは釈放されました。翌日には再び実行犯の一人として再逮捕されたのですが、それでもこの一日の間にラナ少尉によって全て説明されたことでルーク・アービングは素直に自身の罪を認めてアルカナ軍や警察による取り調べにも協力的な態度を取っていると聞きます。

 他の三名のライダーについては協力的な態度を取る者と罪を認めない者にはっきりと分かれてしまっているらしいのですが、ステファン・トルートが提出した彼らとの連絡の記録を見せられると観念したように肩を落としてすぐに罪を認めたようです」


 頭の中で天野は自分が知る情報とリューズの話す内容を照らし合わせながら耳を傾けていると次いでラナが言葉を続けた。


「ステファン・トルートが作成したフェイカーやホープについてですが、それぞれの残骸は引き続きアルカナ軍で調査されることになりました。とりあえず光学迷彩技術に関しては東条さん達が目論んでいた通りに秘匿することで進みそうです。副長官の指示で再現しようとしていた機関も密かにこちらが流出させた設計図の通りに完成させたと聞きます。その結果は言うまでもないでしょう」

「ええ。そうですね」

「二機のジーンに関しては調査が終わったのちに完全に分解された後、公的にはデータも抹消することになりました。奇しくも二十年前、ジュラ・ベリーが行ったことを今回はアルカナ軍の手によって正式に行われる形になったということのようです」

「成る程」


 リタの説明を受けても特別な驚きはしないという態度で天野が相槌を打つ。


「元技術開発部隊の方々に関しても、今回研究したことについて一切口外しないという機密保持の契約を結んだ上で元の生活に戻って頂きました。ギルドやトライブの方々にも後に同様の連絡が行くと思いますので、宜しくお願いします」

「解りました」


 ある意味で全てがなかったことにされた。

 秘匿された襲撃事件の裏で起きていたことに関する情報が世に出回ることはない。天野が受け取った報告書も当然部外秘。加えてリューズやラナが語ったようなことは記されていない、形だけの報告書なのだろう。だとしてもそれが作成されたこと自体に意味がある。とりあえずフェイカーの襲撃事件に関する全てが終わった。そういう証になるのだから。

 三人が会話を終える頃にはパーティーも中盤に差し掛かっていた。

 そんな中、パフォーマンスの間という絶妙なタイミングを狙ってか一人の男が壇上に上がった。その人物はアルカナ軍の副長官。対外的には何も失態を起こしてなどいない彼だったが、当人の中では指揮をとった先の戦闘で大敗したことが自身の汚点になったと思っているという噂がある。

 アルカナ軍副長官という立場があるために、誰も壇上から彼を下ろそうとはしない。いや、できない。

 この時既に別の用事があるからと会場を離れてしまっていたアルカナ軍長官の代わりに何かすることがあるのだろうと、パーティーに参加している事情を知らない大半の人は何気なく彼に注目しているのだった。

 ガーッとマイクの電源が入り、短いノイズが響き渡る。

 参加者の何人かはノイズに顔を顰めていた。


「あー、これより私によって今回の功労者にアルカナ軍から勲章を授与することとなった」


 副長官が胸を張り告げる。

 アルカナ軍の面々はそんなこと聞いていたかと互いに顔を見合わせるも、首を横に振って答えるだけ。上官の一部がすぐにアルカナ軍本部に事情を確認するとどうやら急遽決まったことであるらしいと返答がもたらされた。


「名前を呼ばれた者は壇上に上がってくれたまえ」


 脇に控える部下を顎で指示する副長官。

 部下は渡された紙を読み上げた。そこに記されている名前はトラムプル・ライノとの戦闘で第一艦隊に配備されたアルカナ軍とトライブの戦艦の責任者たちのものだった。

 名前が呼ばれていくと第二艦隊に参加していたトライブの中には多少の不満を抱く者が出てくる。立食会で振る舞われた酒も多少影響していたのかもしれない。不満が溢れそうになることを予想していたのか、部下は最後に会場を見渡して言葉を付け足した。


「第二艦隊、第三艦隊に参加した者にも勲章は授与されますが、数が多いために今回は第一艦隊だけの表彰とさせて頂きます」


 この一言により一応の不満は収まった。

 最初はアルカナ軍の各戦艦の艦長が代表として呼ばれた。彼らは皆、首を傾げながらも渋々壇上に上がっている。ギルドからはトライブ、恐竜隊(ダイナソー)の代表者が呼ばれると彼はどこか照れくさそうに前に出たのだった。

 そして、もう一つ。トライブ、ニケーの代表、御影神住の名前が呼ばれた。しかし何時まで経っても御影神住は現われない。部下は再び彼の名を呼んだ。けれど返ってくるのはひそひそと話す会場のざわめきだけだ。

 暫くして壇上の脇から現われた部下が小声で「トライブ、ニケーはパーティーに参加していないようです」と副長官に告げた。副長官は一瞬不満そうな顔をするが、自分が壇上にいることを思い出してかすぐに取り繕ったような笑顔に変わっていた。

 パーティーの参加は個人の自由。ここに御影神住がいないことは全く問題にはならない。部下がマイクを通してニケーの不参加を告げるといよいよ副長官の手によって勲章の授与が行われることになった。

 御影神住(ニケー)を除いて壇上に上がった全ての人たちに勲章が与えられていく。

 相も変わらずアルカナ軍の面々は少し困った顔をしているが、恐竜隊(ダイナソー)の代表だけは自慢げな顔をして勲章を自身の仲間に見せびらかしていた。

 満足そうな笑みを浮かべる副長官。一応の対応として部下がこの場にいないニケーを称えた瞬間にだけ僅かに歪んだその笑みは浮かれるパーティー会場では誰にも気付かれることはなかった。


 実の所この時の勲章の授与は副長官の完全な独断というわけではない。元々そういう話も出ていたが、最初の戦闘では死傷者も多く出してしまったことから自粛しようということで棄却された案の一つだったのだ。しかし、勲章の授与となれば授与する側の人物は目立つことができる。誰であろうと功績を称える懐の深い人物であると知らしめることができると、副長官はアルカナ軍を統括している世界本部に掛け合いそれを行うように手配した。

 アルカナ軍長官もそれには気付いていたが、ここまで話を纏められたら反対するのも憚られる。黙認という形で認めることにしたのだ。

 勲章の授与も終わり、パーティーは和やかに終焉へと向かう。

 終始パーティー会場に現われなかった御影神住は何処で何をしているのかといえば、それは。

 ………

 ……

 …



「おっ、これでようやく完成するのか」


 ニケーの格納庫でオレグが神住に話しかけていた。

 彼らの眼前にあるのは整備ハンガーに収まっているシリウス。壊れた箇所だけではなく全身くまなく修繕という名の調整が施された機体には戦闘の痕跡など微塵も残っていない。外部装甲(アウターアーマー)内部装甲(インナーアーマー)も新品同様の輝きを放っている。全ての武装が外されているいるからこそ機体が持つ洗練された印象が際立っている。


「まあね。皆のおかげだよ。俺一人でしていたらもっと時間が掛かっていたと思う」


 神住の言葉にオレグがニヤリと笑った。


「ほーう。完成できなかったとは言わないんだな」

「言わないさ。どんなに時間が掛かっても必ず完成させていたからな」

「そうか」


 目を細め穏やかな笑みを浮かべるオレグ。その視線の先にいる神住はシリウスを見上げたまま視線を外そうとはしなかった。

 格納庫の壁際に立っている陸が腕を組み感慨深そうに頷いている。


「いやー、ほんっと、ようやくって感じだよな」

「ああ」

「神住がニケーを結成する前からだから、三年ちょいくらい前か」


 目を細めしみじみとした口調で陸がいった。


「もっと前さ。俺がジーンを作ろうと思ったのは俺に何の技術もなかった頃からだからさ」

「へえ」

「陸と知り合った時には既に自分だけのジーンを作るって決めていたんだ。って、陸に話したことなかったっけ?」

「どーうだったかな。昔に一度だけ聞いた気もするけどさ、正直そこまではっきりとは覚えてないし。神住だってさ、俺が言ったことを逐一覚えているわけじゃないだろ」

「まあな」


 陸に答えつつ見上げている神住は目線を動かす。シリウスが立つ整備ハンガーの左側の壁にマウントされているのはシリウスの背中の右側にあるものと同じシールド・ウイング。これまで片翼だったそれがもう一つ、整備ハンガーのアームにマウントされる形でシリウスに取り付けられる瞬間を今か今かと待っているようだ。

 新規のシールド・ウイングには武装は取り付けられていない。素の状態のそれは配色から形状まで全てが現在のシールド・ウイングを鏡映しにしたよう。

 整備ハンガーにあるコンソールを操作していた真鈴が駆け寄ってくる。彼女の後ろには美玲が同じ速度で歩いている。


「どうですか?」

「ああ。良い感じだ」

「ありがとうございます」


 自らが組み上げたプログラムを神住に見せて得た感想に真鈴は満足そうに笑みを溢した。


「真鈴のおかげで制御プログラムもより精度の高いものが完成したからさ。それにある意味でぶっつけ本番だったけどトラムプル・ライノ戦でソード・ビットを使ったのも良いデータになったよな」

「そうですね。自律プログラムの調整には実際に使用してみるのが一番でしたから」

「俺が戦っている間にデータ収拾してくれていて助かったよ。ありがとうな、真鈴」

「そんな……神住さんの役に立てたなら良かったです」


 満面の笑みで答えている我が子を見て美玲がにこやかな笑みを浮かべている。


「それにしても、この子の趣味の玩具(ロボット)作りがこれに役に立つなんて意外だったわね」

「そうでもないさ。元々趣味といっても真鈴のプログラム作成の腕は中々のものだったからな。今やプログラム作成なら俺よりも上手いのは間違いないな」

「あら。それほどなの? 凄いじゃない真鈴」

「もうっ、お母さんも神住さんもわたしをおだてるのはやめてくださいよっ」


 美玲と神住に褒められて赤面する真鈴を見て、ニケーの格納庫にいる全員が声を出して笑い合って顔を緩ませていた。


「さて。そろそろこっちも最終調整に入るぞ。真鈴、坊主、手を貸せ」

「はい! わかりました」

「了解」


 オレグに呼ばれ真鈴と神住は早足で駆けて行く。

 三人がいる整備ハンガーではシールド・ウイングから取り外された状態で整備されている四本のソード・ビットと一振りの剣が右側の壁に並べられて規定の位置にマウントされている。床には修復されたライフルと再建されたシールドが並び、反対側の壁には長短二つずつ、計四つのグリップが格納されて銃身部分だけとなっている小型の銃器が並べられていた。

 こうして武装が増えてくるとそろそろ真面目にそれぞれの武装に名称を付けた方がいい気がしてくる。せめてソード・ビットと同じように一つ一つの呼称ではなく武装そのものを示す名称くらいは考えておくべきだと近頃、神住は思うようになっていた。

 とはいえ今大事なのはそれではない。整備ハンガーにあるコンソールを操作して各種設定画面を確認していく。


「制御プログラムも正常にインストールされています。各武装チェックします。……チェック完了。システム、オールクリア。異常は検出されていません。新規シールド・ウイング、完成です」

「よっしゃ。ひとまずは電源を落としとけよ」

「はい」

「良くやった。流石だな真鈴」


 くしゃくしゃと乱暴に頭を撫でてくるオレグに真鈴は「やめてくださいよー」と言いながらも顔はどこか喜んでいるようだった。

 ひとしきり頭を撫で終えたオレグは視線を神住に向ける。


「んで、こっち側のシールド・ウイングはすぐに取り付けるんだろ」

「もちろん。シールド・ウイングに内蔵されているサブリアクターと本体のルクスリアクターとの同機も確認しないといけないからさ」

「わかった。準備するから坊主はコクピットで少し待ってろ」

「ああ。頼んだ」


 神住はコクピットに乗り込む。

 機体に電源が入り、格納庫の様子を映し出す360モニターに表示される機体の情報。

 可動する整備ハンガーのアームが新たなシールド・ウイングを掴みシリウスの背後に運んできた。


「坊主、準備はいいな?」

「ああ」

「よっしゃ、いくぞ。自動接続開始だ」


 オレグがコンソールに打ち込んだコマンドを受けて整備ハンガーのアームが動く。

 シリウスのバックパックの左側に隠されていた接続部が露出するとそこにシールド・ウイングの接続部が繋がれる。

 接続部同士がガチリと噛み合って固定される。


「新規シールド・ウイングの接続完了。坊主、そっちはどうだ?」

「確認した。エラーは出ていない」

「よっし、それじゃあ、とりあえず、いつものように右側のシールド・ウイングだけを動かしてみろ」

「了解。本体ルクスリアクター、起動する」

「確認しました」


 シリウスのオペレーターは真鈴の役目。オレグの隣に並んで格納庫にあるコンソール操作しながら言った。


「続けて右翼シールド・ウイング、サブリアクター起動」

「確認しました」

「おーしゃ。問題ないみたいだな」


 右側のシールド・ウイングと同じような挙動をして動かされる左側のシールド・ウイング。翼の表にある盾の部分が機体の斜め後ろ側から前方へと移動する。

 シリウスが正面で盾を構えるように右のシールド・ウイングが停止した。数秒間同じ状態で同じ位置に止まっていたシールド・ウイングが今度は機体の横側へと移動した。


「次は左だ。設計上は本体が起動していれば内蔵のサブリアクターを起動しなくても動かせるはずだ」

「わかっているさ」


 右側のシールド・ウイングと同じように左のシールド・ウイングを動かしていく。

 機体の斜め後ろから前へ、次いで前から横に。

 両方の翼を機体の横で停止させているシリウスは鳥が翼を畳んで佇んでいる時のよう。両翼を携えたシリウスは当初に比べて一回りほど大きく見える。


「右シールド・ウイング内蔵のサブリアクターと本体ルクスリアクターにて光粒子の相互循環を確認。光粒子エネルギー生成量、想定値内で安定しています」


 胴体胸部に内蔵するメインのルクスリアクターが右のシールド・ウイングに内蔵されてるサブリアクターという名の小型ルクスリアクターに光粒子を送っている。それと同時に右のシールド・ウイングに備わるサブリアクターからも光粒子がメインのルクスリアクターへと送られた。


「次は左のサブリアクターだ。坊主、起動してみてくれ」

「了解」


 モニタリングしているオレグの指示通りに左のシールド・ウイングに備わるサブリアクターを起動する。途端シリウスの機体内部に駆け巡っている光粒子の量が爆増した。


「余剰粒子放出するぞ」

「わかりました」


 ルクスリアクターが生成する光粒子はジーンを動かすには十分すぎるエネルギー量を持つ。それをサブリアクターと循環させることでより効率的に光粒子を生成、運用することができるのだが、戦闘中でも無い限り生成されるエネルギーは余ってしまう。余剰エネルギーの対策として光粒子を放出するようにしているのだ。

 本来は装備している武装にチャージされる光粒子も今は全て機体のバックパックと右のシールド・ウイングから放出されていく。

 光粒子の色は全てが澄んだ青。しかし未だに左のシールド・ウイングから光粒子は放出されていない。


「粒子生成が安定していないのか? いや、これは――」


 ぶつぶつと呟きながらコクピット内のコンソールに何か打ち込んでいく神住。それは機体のプログラムの調整で、徐々に左のシールド・ウイングが正しく機能し始めた。

 両翼から光が放出される様子を見てオレグが告げる。


「どうにか動き出したみたいだな」

「ああ。けど、まだ不完全だ」


 神住が言うようにどことなく左のシールド・ウイングから放出されている光粒子の色が右に比べて濁っているように見える。それは粒子の循環不全を招いている結果であり、人で言うならばまさに血の巡りが悪い状態であるといえる。


「出力のバランスが崩れています。一度実験を止めますか?」

「いや、このまま続けるさ」

「わかりました」


 真鈴に答えと神住は敢えて本体のルクスリアクターの出力を上げた。それに伴い左のシールド・ウイングにあるサブリアクターに送られる光粒子が増加した。同時に右のシールド・ウイングにあるサブリアクターに送られている粒子量も増えるが、こちらは正しく本体のルクスリアクターと循環していた。


「左側のシールド・ウイングのサブリアクターに異常を検出。一旦停止してください!」


 モニターと目の前のシリウスの様子を見ていた真鈴が声を張り上げる。

 検出された異常が致命的なものならば、左のサブリアクターが壊れてしまう。停止するだけならばまだいい。もし仮に爆発してしまうようなことになれば、格納庫にいる全員が危険に晒されてしまう。


「いや、まだだ。今なら調整することができる」


 むしろ今しかできないと神住は頑なにシリウスを停止させることを拒んだ。

 声にならない悲鳴を上げているかのように光粒子を吐き出している左のサブリアクターは本体のルクスリアクターから過剰に光粒子を送り込まれているも同然。問題なのはそれを僅かにしか循環させることができていないこと。

 光の粒子量を調整して、減らしても本来の性能を発揮することはできない。ならば滞っている原因を炙り出すことができれば。

 コンソールを操作して一つ一つ洗い出していく神住。

 その間もずっと左のシールド・ウイングからは濁った光粒子が放出されている。


「循環できていない原因は――これか」


 地道に原因の洗い出しを行った結果、見つけたのは本体のルクスリアクターから送り込まれている光粒子と左のサブリアクターが生成している光粒子にある極々僅かな質量の差。それは普段ならば誤差の範疇と見逃されるものだ。

 生成する粒子を変化させることは一度リアクターを外して調整する以外に方法はない。

 シリウスを停止させようとして神住はふと手を止めた。普段は誤差でしかないそれが問題になるのならば調整を加えても同じ事が起きるのではないか。そんな疑問が浮かんできたからだ。

 ならば多少強引でもサブリアクターに本体のルクスリアクターから送られる光粒子を順応させるしかない。

 自爆しないギリギリのラインを見極めることを真鈴とオレグに伝えると神住は敢えて本体のルクスリアクターの出力を上げた。


「大丈夫。できるはずだ。俺が、俺たちが完成させたお前なら――」


 優しく語りかけるように独り言ちる神住。

 送り出すよりも明らかに多い光粒子が送り込まれてくる左のサブリアクター。過剰なエネルギーを蓄えて崩壊する寸前にサブリアクターに澄んだ光粒子が満ちた。

 途端、神住の言葉に応えるようにシリウスの内部で正しい光粒子の循環が始まった。

 本体のルクスリアクターを中心にして右のサブリアクターと光粒子が循環し、同時に左のサブリアクターでも同様の光粒子の循環が行われる。

 一方的な力の奔流では意味が無い。この光は巡ることで真価を発揮するのだ。


「覚醒しろ、シリウス!」


 左のシールド・ウイングから噴き出されている光粒子が変わる。微かな濁りは消えて澄んだ青色に変わったのだ。

 三つのリアクターによる光粒子の循環がより多いエネルギーを生み出してシリウスの全身を駆け巡る。

 左右のシールド・ウイングの先に光粒子によって形作られた光輪が放たれる。それだけではない、バックパックからもう一つの青色の光輪が放たれた。

 重なり合う三つの青い光輪。

 それは一瞬にして無数の光粒子となって周囲に舞い散った。

 頭部にある人間の瞳のようなカメラアイに光が灯り、シリウスは両翼となったシールド・ウイングから凄まじい量の光粒子を噴き出している。

 満天の星空に煌めく無数の星々のように、格納庫に漂う青く煌めく光の粒子。

 密度を増していく光粒子によって夜の闇が一変して、雲一つ無い蒼い空に塗り替えられたかのよう。

 仲間たちの手を借りて、幼い頃から思い描いていたシリウスという名の神住の夢が完成した瞬間だった。


作者からのとても大切なお願いです。

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この10ポイントが本当に大きい。

大切です。

製作のモチベーションになります。

なにより作者が喜びます。

繰り返しになりますが、ポイント評価を宜しくお願いします。

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