蒼空のシリウス 二十四話
最終話まで平日の夜9時に毎日更新します。
(注)カクヨムでも掲載されています。
「ダメだ、仕留め損なった!」
叫ぶ陸が素早くニケーを移動させる。
前のめりになって倒れそうになるトラムプル・ライノは傷ついた両の前脚でどうにか踏み止まっていた。
血のように流れる体皮の欠片。
一つを失い五つになった瞳がニケーを追いかけて来る。
「くそっ、逃がさないってか!」
「どうにか逃げ切って!」
「やばっ、追いつかれる!」
トラムプル・ライノが頭を動かして鼻先の刃を水平に地面を薙ぎ払う。範囲の広い薙ぎ払いに巻き込まれてしまう大勢のジーンと戦艦。
徐々に死屍累々の光景が広がっていく。
「やらせませんっ」
トラムプル・ライノの後ろから姿を現わした三機のデルガル。ラードのジャックシップで補給を終えて再び出撃したラナたちがギリギリのタイミングで到着したのだ。
それぞれが持つイプシロンの銃口がトラムプル・ライノを捉えている。
「二人とも、私にタイミングを合わせてください」
「はい」
「分っかりました」
短く答えるシャッドに反して軽薄そうに答えるケビン。
「3、2、1、発射!」
ラナのカウントダウンに合わせて三機のデルガルが持つイプシロンから光弾が放たれる。
グンッと機体を襲う反動を堪えて照射され続けているそれはトラムプル・ライノの後頭部で弾けた。
鬱陶しそうに振り返り、攻撃の狙いを変えるトラムプル・ライノ。
急激に方向転換したトラムプル・ライノの刃が三機のデルガルに迫った。
「回避!」
「間に合いません」
「逃げられないっ」
イプシロンの発射直後という動けない状況にいる三機のデルガルのライダーが目の前に迫る死神の足音に身を竦ませた。
三機のデルガルに影が差し込む。
上空では体勢を整えたシリウスがライフルを構えていた。
「そこの三人! イプシロンをトラムプル・ライノに向かって投げろ!」
「はい!?」
「いいから――早く!」
「わ、わかりました。二人とも!」
「了解!」
「どうにでもなれってんだ」
聞こえてくる神住の言葉に従って三機のデルガルはそれぞれが持つイプシロンを迫るトラムプル・ライノに向けて投擲する。
それと同時に上空から三つの光が伸びて、三つのイプシロンを同時に貫いていた。
瞬間、巻き起こる強大な爆発。
三機のデルガルはおろか、トラムプル・ライノの攻撃すら中断させるほどの威力を持つそれは、どうにか三人の命を救っていた。
「そのまま逃げるんだ!」
「ですが…」
「武器がないのに無理はするな!」
呻きつつ顔に広がる炎と熱を振り払っているトラムプル・ライノ。
ラナたちは助かったが、トラムプル・ライノに有効な武器を失ってしまった。母艦に戻ってもイプシロンの予備はない。これではもう戦うことなんてできない。
忸怩たる思いで逡巡しているラナに再び神住が語りかけた。
「いいから離脱するんだ。後は……俺がどうにかしてやるよ」
覚悟を決めて神住が告げる。
その覚悟が伝わったのか、ラナのデルガルは踵を返して母艦であるジャックシップに向かって駆け出した。ラナのデルガルの後を追い駆ける二機のデルガル。
「申し訳ありませんが、後は任せます」
「お願いします。トラムプル・ライノを倒してください」
「たのみますよっと」
ラナとシャッドとケビンがそれぞれ神住に声を掛けて走る速度を上げた。
既にニケーはトラムプル・ライノの攻撃範囲外へと移動している。
同時に二つの得物を逃がしたことにトラムプル・ライノが腹を立てたというのだろうか。意思を持たないオートマタのはずだというのに五つの瞳には怒りの感情が覗えた。
「そうだ。俺を……俺だけを見ていろ」
ちらりとコクピットの中で後ろを振り向く神住。
増援は望めそうもない。第一艦隊は壊滅状態。第三艦隊は負傷者の救助に、第二艦隊は周辺のオートマタの殲滅で手一杯のようだ。
奇しくも天野の言葉通りになってしまった。
トラムプル・ライノを倒せるのは神住だけ。
根拠は天野の勘。
眉唾物だったその言葉もこの状況になってしまえば馬鹿にはできない。
苦笑を浮かべて神住は正面を見る。
「いいさ。だったら俺がやってやるさ」
シリウスが背部にマウントされている剣を抜いた。
クリスタリウム製の剣の刀身に青い光が宿る。
全身から煙を立ち込ませているトラムプル・ライノがただ一機、シリウスだけを見ていた。
「行くぞっ!」
神住が叫ぶ。
応えるようにトラムプル・ライノが鼻先の刃をシリウスに向けた。
トラムプル・ライノの巨大な体では少し頭を動かすだけで攻撃になる。
人同士、あるいはジーン同士が剣を合わせるのとはわけが違う。獣と人、それぞれが己の武器を振るっているのだ。
回避して空振りさせたとしてもごうっという強い突風が機体を揺らす。
バランスを取りながらシリウスは左手の剣を振るう。
光を宿した刀身はトラムプル・ライノの装甲を斬り裂いた。装甲の端とはいえ斬り裂かれたことに驚いたのかトラムプル・ライノが低く唸る。その隙を狙うようにシリウスは新たに付けた傷に向けてライフルを放つ。
斬って、斬って、撃つ。
撃って、撃って、斬る。
トラムプル・ライノに比べて小さな体を有効に使い、シリウスは縦横無尽に動きながら攻撃を仕掛けていく。
「このまま押し切れれば――って、うおっ」
倒せると希望が見えてきたのも束の間、トラムプル・ライノが大きく吼えた。
大気が震え、シリウスの動きが止まる。
思わず瞑りそうになる瞳を必死に見開いている神住の目にトラムプル・ライノの鼻先の刃が展開した。
「あれは、さっきのヤツか。やらせるかよっ」
思い起こされる先程の一撃。しかしその記憶は神住に致命的な誤解を与えてしまう。
トラムプル・ライノが嗤ったような気がした。直感に従ってシリウスを後ろに退かせると、それまでシリウスがいた場所を蛇腹状に伸びたトラムプル・ライノの刃が通り過ぎたのだ。
「そう来るかっ」
機体を翻して飛び上がっていくシリウスを追いかけてくるトラムプル・ライノの刃。まるで意思を持つ生き物のように迫ってくる刃をシリウスは左右にスライドしながら飛び避け続けていた。
「どこまで追いかけてくるんだ」
シリウスが到達した最高高度は地上17000メートル。まさかとは思うがそこまで追いかけてくるというのだろうか。
地上を見て顔を引き攣らせる神住。自身の攻撃が届かない距離にシリウスが行ってしまった場合、トラムプル・ライノは狙いを変えるかもしれない。だとすれば届くか届かないかというギリギリの距離を保って蛇腹状の刃を引き付けつつ避け続けなければいけなくなる。
右へ左へ、縦横無尽に飛ぶシリウスを追いかけて刃が迫る。途中振り返ってライフルで刃を撃つも伸び続けている状態では当たったところで光弾が弾かれて霧散してしまう。ならばと左手の剣で切り払うとようやくトラムプル・ライノの刃の一部が千切れ飛んだ。しかし、すぐに伸びて元に戻ってしまう。
「斬ることはできても、効果は薄いってか。ったく、面倒だな」
愚痴を溢しながら神住はシリウスで飛び続ける。
時折速度を落として刃の一部を斬り飛ばすことで攻撃を自分に引き付け続けているのだった。
「キリがないな。それならっ」
神住は自分の背中にあるシールド・ウイングを強く意識した。
羽を広げるようにシールド・ウイングに備わる四本の剣が展開する。以前はそれでフェイカーが撃ち出したワイヤーを切断した。けれど今回は違う。今こそこの四本の剣の本来の使い方をする時だ。
「行けっ、【ソード・ビット】!!」
神住が叫ぶとシールド・ウイングから刀身が青く輝いている四本の剣が全て同時に射出された。
シールド・ウイングに接地する面に内蔵されている小型のブースターとスラスターによって挙動が自動制御されたソード・ビットは神住の意思に従ってシリウスを離れ追ってくるトラムプル・ライノの刃を斬り付けていた。
自らの手で一度斬り付けただけでは意味が無い。ならば同時に何カ所も斬り付ければいいのではないか。
先行するソード・ビットを追いかけるように進行方向を変えたシリウスは真っ直ぐトラムプル・ライノを目掛けて急降下していく。
数メートル間隔で切り刻まれて落下していくトラムプル・ライノの刃の欠片。
降り注ぐ刃の欠片のなかを飛ぶシリウス。
いつからかこの光景を戦場から距離を取った人たちが固唾を飲んで見守っていた。その中にはイプシロンを失いジャックシップに戻ったラナたちいる。
文字通りに一騎当千の活躍を見せるシリウスに自分たちの命運を預けてしまっていることすらも忘れ、ただその戦いに目を奪われていた。
「行け、坊主」
ニケーの格納庫でオレグが言った。
「頑張って、御影君」
ニケーの艦長の席で美玲が祈る。
「行っけえッ。神住!」
ニケーの操縦桿を握り締めて陸が叫ぶ。
「…神住さん」
モニターを見つめながら真鈴が強く手を握る。
「あれが、シリウスというジーン。あれが、御影神住……」
「凄まじいな」
「勝ってくれよー」
ラナ、シャッド、ケビンの三名はデルガルのコクピットの中から戦いの行く末を見つめていた。
「勝て……」
誰かがそう言った。
「負けないで」
誰かがそう祈った。
「トラムプル・ライノを倒して!」
誰かがそう叫んだ。
神住にとっては名も顔も知らない人たちだ。
けれど共に戦った人たちだ。
彼等の声は神住には聞こえない。
だけど、彼等の声は確かに戦場に希望を生み出していた。
「頑張れ!」
誰かの声が、誰かの声を呼ぶ。
一人では小さな声も多くが集まれば大きな声になる。
いつしか自身を脅かすほどの大きな声になったそれはトラムプル・ライノに恐怖を抱かせた。
獣のような叫びを上げてその声を打ち消してしまうことを強いられるほどに。
叫声の後、一瞬にして戦場は静まりかえる。
蛇腹状に伸ばした刃ではいとも容易く斬られてしまうことを学習したのか、あるいは元の刃でも届く距離にまでシリウスが近付いたことに気付いたのか、降り注ぐ刃の欠片を顔に受けながらもトラムプル・ライノが鼻先の刃を元の状態に戻した。
しかし、完全に元の状態というわけにはいかないらしい。幾度となく切り刻まれたことでそれを構成している物質の総量が足りなくなったのか、最初に見た刃に比べて今のトラムプル・ライノの鼻先にある刃は使い古したナイフのように無数の刃毀れを起こしてしまっている。
急停止してトラムプル・ライノの頭上に佇むシリウスは自身を見上げてくるその五つの瞳と向かい合う。
「これで一気に決める! 来いっ! ソード・ビット!!」
シリウスの周りに浮かび停止していたソード・ビットが刀身の光が弱くなっている左手の剣に組み合わさっていく。
一振りの剣と長短二本ずつ、計四本のソード・ビットが合体して一振りの大剣に。
【バスター・ソード】。
五つの剣が一つになったこの状態の剣を神住はそう名付けていた。
弱まっていた剣の光が大剣になったことでより強く輝いた。
片手で扱うにはどう見ての大きすぎるバスター・ソードをシリウスは軽々と左手だけで構えてみせる。
「ハアッ!!」
気合いを込めて叫ぶ。
ソード・ビットを射出して一回り小さくなったシールド・ウイングから巨大な青い光輪が放たれた。
シリウスはその光を受けてこれまで以上の速度でトラムプル・ライノに攻撃を仕掛ける。
現われる度に掻き消える青い光輪。
空に広がる光の残滓。
巨大なトラムプル・ライノを斬り裂くのは一筋の青い斬撃。
サイのようなトラムプル・ライノの頭部が大きく砕ける。
折れた鼻先の刃が砕けて欠片の豪雨へと姿を変える。
降り注ぐ欠片の豪雨が周囲にいる無数のオートマタと参戦しているアルカナ軍とトライブの残存戦力を削り取っていく。
「まだだっ!」
バスター・ソードの一撃だけではトラムプル・ライノを仕留めるには至らない。けれどシリウスが振るう剣はそれ一つだけではない。
咄嗟にトラムプル・ライノの顔の下に潜り混み、右手のライフルを上空へと構える。
「貫けぇっ!!!」
引き金を引き、シリウスが持つライフルが銃口のすぐ上に出現した青い光輪を貫く光弾を放つ。
一連の攻撃の間ずっと溜め続けた光粒子を一度に放つ砲撃だ。
実弾では不可能なチャージ攻撃を可能にするのもビーム武器ならでは。
ルクスリアクターがもたらす光粒子エネルギーの特性か、一定の出力を超えるとそこには青い光輪という特殊な現象が現われる。こればかりは制作者である神住にとっても未だに解析仕切れていない現象で、オレグからはそのまま【光輪現象】と呼ばれていた。
この砲撃、ライフルの銃口から放たれるにしてはあまりにも太く高出力な光弾だった。
放てば銃口が歪み修理するまでは射撃することができなくなることは分かっている。けれどトラムプル・ライノの頭部を貫こうとするのならば、これだけの威力は必要になるのだ。
下顎から眉間を抜けて天高く伸びる青い光。
並みの相手ならばこれで仕留められる。しかし、トラムプル・ライノは並みではない。
砲撃の光が消え大きな穴が頭部に空いているというのにトラムプル・ライノは最後の抵抗とでもいうように全身の力を抜いて真下にいるシリウスを押し潰すべく倒れ込んできたのだ。
シリウスの周囲に他の人はいない。
どうやら退避が間に合ったようだ。
ならば後は自分が生き残るだけ。
バスター・ソードとなった剣に備わるソード・ビットが前方にスライドして展開する。一振りの大剣という形から音叉のような形になったその先端の間から青く輝くエネルギー状の光の刀身が現われた。
ソード・ビットとその基軸となっている剣に蓄積された光粒子を一度に開放することで出現する光の剣。これを使うと再び粒子をチャージしなければ中心となっている一振りの剣も四本のソード・ビットも切断力など微塵もないただの棒と化してしまう、謂わば最後の切り札とも言える光の剣だ。
「全てを斬り裂け!」
気合いと覚悟を以て宣言する。
頭上の闇を青い光が斬り開いていく。
一瞬の静寂。
バスター・ソードが分解して光を失ったソード・ビットがシールド・ウイングに戻っていく。
左手に残った一振りの剣も同様に光を失い刀身が暗く曇った剣になっている。
シリウスを覆う影に一筋の亀裂が入った。
自重と重力に従い二つに分かれる影。それはトラムプル・ライノの首と胴体が両断されたことによってできたものだ。
シリウスの向こう側にトラムプル・ライノの頭部が落ちて、シリウスの前方にトラムプル・ライノ胴体が倒れ込む。
誰もがその光景に目を奪われている。
刹那、大気を震わせるほどの喝采が沸き起こる。
アルカナ軍も、トライブも関係ない。誰もが勝利を叫び、生存を喜び、互いの健闘を称え合う。生き延びた。勝った。倒した。と思い思いに感情を爆発させた言葉を発していた。
『馬鹿者が!!! オートマタはまだ残っている! 喜ぶのは全てを殲滅してからにしろ!』
程なくして戦場全域に行き渡るリューズの声が轟く。
慌ててアルカナ軍のデルガルが生き残っているオートマタを掃討し始めた。
勝利は何物にも勝る活力剤。普段以上の動きを発揮して残っているオートマタが殲滅されるのに十分と掛からなかった。
作者からのとても大切なお願いです。
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