蒼空のシリウス 二十一話
最終話まで平日の夜9時に毎日更新します。
(注)カクヨムでも掲載されています。
「……あ。まあ死んではいないか」
コクピットの高さはジーンが立っていればそれなりにあるが、今のホープのように身を屈めていたりすればそれほどでもない。せいぜい建物の二階から落ちたくらいだ。打ち所が悪ければ問題だが、基本的にはそこまで大怪我をするような高さではない。
しこたま背中を打ち付けた郷良は「……ぅう」と呻きながら地面で丸まっていた。
ヘルメットが外れて素顔が剥き出しになっている郷良は見て分かるほどに体格がいい。街の不良だというのならばケンカは相当強いのだろう。半ば意識を失っている状態でも強面で、一般人が対峙すれば確かにそいれだけでも恐怖を抱くことは間違いなさそうだ。しかしジーンのライダーとしては失格。恵まれた体格を活かすほどの挙動を見せることすらなく、ただ強力な武器を与えられただけの素人以下だ。
冷淡に評価を下しながら神住は地面で横たわる郷良を見ていた。
次にホープに視線を向けるとその装甲の隙間から覗く素体骨格を見てやはりフェイカーのそれと同規格のものが使われていることを確信した。だとすれば自分が戦ったフェイカーと同等の格闘戦ができたはずと勿体なく思えて仕方なかった。
機能を停止したホープを一瞥して地面にいる郷良をどう捕えるべきか悩みながら神住はシリウスの視点から彼を見下ろしていた。
「とりあえず、終わったぞ」
無線を通して戦闘が終わったことをニケーの仲間たちに知らせる。すると殆ど間を置かずに「お疲れさまでした」と神住を労う真鈴の声が返ってきた。
「彼の身柄とホープはどうするつもりなの?」
美玲の顔が真鈴の顔の隣に表示される。
「アルカナ軍に引き渡すことにはなっているけど、その前に、真鈴。天野とラナ少尉に連絡を取ってくれるか」
「ギルドやアルカナ軍にではなくてですか?」
「ああ。今回に限れば組織よりも個人のほうが信頼できるからな」
「わかりました」
神住に言われた通り真鈴は二人に連絡を入れた。
それから暫くして天野からは『了解した』という短いメッセージが返ってきて、ラナからは『その場から動かずに待っていて下さい。私達も合流します』という返事が送られてきた。
ラナを待つこと約十分。アルカナの方からアルカナ軍が持つ小型艦が一隻近付いてきた。
アルカナ軍の戦艦は大きく三種類。大型艦である【キングシップ】と中型艦である【クイーンシップ】と小型艦である【ジャックシップ】だ。それぞれ基本的な設計思想は共通しており、違いは文字通りの大きさとそれぞれが搭載している武装とジーンの数くらい。全てを通して形状は旧来の海で使う戦艦と似通っている。海を渡る船と違うのは航空機のような推進器を兼ねた大型のエンジンが複数装備されていること。
アルカナで使われている武装が施されていない民間の艦とは異なり、トライブが保有している戦艦とアルカナ軍が使用している戦艦とではそこまで大きな違いはない。
ニケーに近付いてくるジャックシップから連絡が入った。
メインブリッジのモニターに映し出されるラナの顔。その後ろには彼女の上官であるリューズが艦長の席に座っていた。
『お待たせしました』
ラナが率先して話しかけてくる。それに答えるのはニケーの艦長である美玲だ。
「ホープのライダーは外に捕えてあります。ホープもこちらで確保済みです」
『こちらに引き渡して頂けますか?』
「ええ。私達としては構いませんが」
『何か?』
僅かに言い淀んだ美玲にラナが首を傾げながら問い掛けた。
「いえ。何でも。それよりもすぐに引き渡してしまいましょう」
美玲の申し出を受けてジャックシップから二機のデルガルが発進された。
実際に会って話すことになり通信が切れる。
ニケーのメインモニターの映像が外を映したいつもの映像に切り替わった。
「艦長、どうかしたのですか?」
心配するように真鈴が話しかけた。
「彼らは“あれ”に気付いていないのかしら?」
ジャックシップの面々には言わなかったことを美玲は真鈴には素直に問い掛けていた。
「“あれ”というと、“あれ”ですか?」
「ええ」
真鈴が確認したのは遠くに見えている山が昨日よりも大きくなっていること。その正体に心当たりがある二人には未だにギルドやアルカナ軍からも何の通達も無いことに不安を感じていたのだ。
「あの小さな山っぽいのがトラムプル・ライノっていう超大型のオートマタなんだよな」
あまり不安そうでもない陸が確認するように聞いていた。
「確証はまだないですが、おそらく、ほぼ間違いないかと」
「そりゃそうだ。“あれ”がある方角も進路も、おれが予測していた通りなんだからな」
「だとしたら彼等はそれを知っていて敢えて隠しているのかしら」
「隠す意味があるとは思えませんけど」
分からないと言うように真鈴が美玲に答えていた。
「何がともあれ、まずはホープのことを片付けてしまいましょう。彼等に引き渡せば私達の役目は終わりでしょうから」
「そうだな。それでいいか、神住?」
『ああ。一応ニケーの艦長として美玲さんには同席してもらうけど。いいよね?』
「構わないわ」
自分の席から立ち上がりメインブリッジから出て行く美玲。
すぐに外でシリウスから降りていた神住と合流すると、シリウスが立っている場所に二機のデルガルが到着した。
シリウスと二機のデルガルの間には動かなくなったホープが鎮座している。
デルガルのコクピットではなく、その手の上から降りてきたラナが軽く一礼をして気を失って寝かされている郷良を見た。
「彼が今回のホープのライダーなのですね」
ラナに声を掛けられて目を覚ましたものの口を塞がれ両手を縛られているために動けない郷良は目の前に現われたラナを睨み付けていた。
ラナや美玲に比べても郷良は体が大きい。それだけで自分は負けないと思ったのか、郷良はどうにかこの場から逃げ出せないかと目論んでいるようだ。
美玲に並ぶシリウスから降りてきた神住はいち早く郷良の変化に気付いたものの敢えて何も口を出すことはなかった。そうする必要がなかったからだ。
二機のデルガルにはライダーが乗り込んだまま。郷良はおろか神住たちが何かしでかそうものならば即座に鎮圧することができるように備えているのだろう。
ラナが降りてきたのとは別のデルガルの手から降りてきたアルカナ軍の兵士が駆け寄って来た。小声でホープの搬入の準備が整ったことを告げるとラナは小さく「お願いします」とだけ答えていた。
再びデルガルのもとへと戻っていくアルカナ軍の兵士。
この瞬間、この場には郷良よりも体が大きい人は居なくなった。
「んんんんんんんんんんんん!!!!」
口を塞がれたまま郷良が暴れ出した。
デルガルのもとへと駆けて行ったアルカナ軍の兵士は慌てて振り返る。咄嗟に戻ろうとした彼をラナが静止した。
後ろで手を縛られたまま郷良がラナに向かって駆け出す。美玲を狙わないのは彼女を庇うように神住が前に出たから。郷良は少しでも反撃の危険を減らそうとしているらしい。
体格が劣るとはいえど、ラナは訓練を受けた歴としたアルカナ軍の兵士。当然生身での格闘もただのケンカ慣れした程度の素人とは比べるまでもない。
熟練した動きでラナは襲い掛かる郷良の首元を掴み、彼の突進の勢いを利用して綺麗に投げ飛ばして地面に叩きつけていた。
ホープから落ちた時よりも強く体を打ち付けた郷良は一瞬呼吸ができなくなってしまったようで咳き込んでいる。荒く息をして呼吸を整えている郷良にラナはアルカナ軍で使用している手錠を掛けた。元々縛られているために無意味な行動にも見えるが、警察のそれとは異なり、アルカナ軍が使っている手錠には嵌められた者が暴れないようにちょっとした電流が流れるようになっている。あまり使われない機能ではあるが、郷良のように暴れ回る対象を黙らせるのには便利な機能である。
案の定、息を整えた郷良が再び暴れようとしたために手錠から軽い電流が流れた。
軽いと言っても静電気がバチッとくるようなレベルではない。身体に異常が出ないように計算された電流は警察が使うテーザー銃から流される電撃と同程度の威力がある。
全身を痙攣させたように蹲った郷良は反抗の意思が削がれたのか、それ以降大人しくなっていた。
「引き渡し有り難うございました」
一礼をして郷良を引き連れてジャックシップに戻っていくラナ。彼女に続けて二機のデルガルは沈黙するホープを両脇から掴み持ち上げて戻っていくのだった。
彼等の背中を見送っている最中、不意に神住のポケットが振えた。正確にはポケットの中にある携帯端末がだ。
何気なく携帯端末を取り出して画面を見ると連絡をしてきたのは天野だった。
「どうした、オッサン。こっちは無事に終わったぞ」
『拙いことになった』
聞こえてきたのは天野の真剣な声。
すぐに表情を変えた神住は携帯端末をスピーカーホンに変えて天野の声を隣にいる美玲にも聞こえるようにした。
『トラムプル・ライノの出現は把握しているな』
「ああ」
「ええ」
開口一番そう問い掛けてきた天野に神住と美玲はそれぞれ異なる言葉で肯定を示す。
『それの進路はどうだ? どこまで把握している?』
「確か、陸が予測したのではここのアルカナが進路に重なっているみたいだけど」
『そうか。ならば話が早い。トラムプル・ライノが想定していたよりも早くアルカナに接近することがわかった』
「早くって、何時だよ」
『このままの速度を維持するのならば五日以内。こちらが想定していたよりも速度が上がれば、最速で明日』
「そんなっ」
驚き息を呑む美玲。
神住は天野の言葉を聞きながらその通話がニケーのメインブリッジにも聞こえるように携帯端末を操作していた。
「迎撃はどうなっている?」
『現状アルカナ軍の指揮の下、行われているが、ギルドが掴んだ情報だと全滅に近い状況らしい』
「仮にトラムプル・ライノが大型だとしても、そこまで被害がでるのか? まさかアルカナ軍が戦力をケチったとか言うんじゃないよな」
『いや、情報の通りならば戦力を出し惜しみしたという感じではない。これまでも大型のオートマタを殲滅するときと同等の戦力が投入されている』
「だとしたら、どうして?」
美玲が神住の手の中にある携帯端末に向かって問い掛けた。
『記録にあるトラムプル・ライノと今回出現したトラムプル・ライノとではサイズが違っているということだ』
「そんなこと、俺達が調べた時にはどこにも書かれてなかったぞ」
『仕方ない。トラムプル・ライノが現在のサイズになったのはこのアルカナの近くに来てからだと報告を受けている』
「どういうことだ?」
『原因はわからん。が、現在のトラムプル・ライノは大型ではなく“超級”とも言える個体だ。ギルドでは急激に肥大化したというわけではなく、こちらに近付いてくる最中に徐々に体躯を肥大させていたと想定している』
「根拠は?」
『接近するまでの記録を解析した結果だ』
きっぱりと言い切る天野に神住は眉間に皺を寄せていた。
「何故このタイミングで俺達に連絡してきたんだ」
『ニケーにトラムプル・ライノの討伐に参加してもらいたい』
「わざわざ聞かなくてもギルドが命令を出せばいいんじゃないか?」
『いや、今回ギルドは命令を出すことはない』
「どうして?」と訊ねる美玲。
『生存率が低いと判断しているからだ』
「成功率じゃなくてか?」
『ああ。実は既にアルカナ軍と合同でギルドからいくつかのトライブがトラムプル・ライノ討伐に向かった。結果は先程にも言った通りほぼ全滅。生き残ったのはごく僅かだけだった』
淡々と告げる天野は一度区切って深く息を吸い込んだ。
『御影達が参加を断ったとしても誰も責めたりはしない。今回のトラムプル・ライノはそういう相手だと思ってくれ』
「アルカナの避難はどうなっているの?」
『順調とは言い難いな。アルカナ軍もギルドも先の討伐作戦でトラムプル・ライノを倒せると考えていたんだ。パニックを避けるためにトラムプル・ライノの出現は報じてもこのアルカナが進路上にあることも、討伐に向かったことも報じていない。だが、今になってはそれは裏目に出たと言えるな。先程アルカナ全域に避難勧告が発令されたが、案の定アルカナの中はパニック状態だ。ギルドは討伐に参加できるほどの実力がないトライブに避難を手伝わせているが、最短でトラムプル・ライノが接近した場合、全員の避難が間に合う保証はない』
「アルカナ軍の動向は?」
『部隊の再編に苦労しているようだ。最初に討伐に向かったのはアルカナ軍の主力部隊とのことで、残存している戦力だけでどうにかできる確証はないと考えているのだろう』
主力部隊とそれ以外であったとしても運用している武装や機体は同じ。異なっているのはそれを操る個人の力量。
俗にエースと呼ばれるようなライダーや熟練した部隊が戦ったのに結果は全く芳しくない。自分たちがアルカナを守る立場にいながらも、自分たちの力が及ばない相手というのはどうしても二の足を踏む要因になってしまう。
兵士は命令があれば戦いに赴かなければならないと理解しながらも、命令を出す人からすれば無為に死なせる訳にはいかない。一度でも迷いを抱き戦うことを躊躇してしまえば強大な相手に向かって行くことなどできやしない。それがアルカナ軍に再編を滞らせている理由のようだ。
「わかった。俺達が行く」
『すまない』
「だけど、天野が持っているトラムプル・ライノの情報はもらうぞ」
『当然だな。アルカナ軍の記録もどうにか手に入れられればいいんだが』
「それに関してはこっちでどうにかなるかもな」
『何?』
未だに動き出さないジャックシップを見つめつつ神住が言った。
「真鈴、ラナ少尉にもう一度連絡を入れてみてくれ」
『はい』
天野と繋いでいる携帯端末ではなく、シリウスの無線を遠隔操作して使い話しかけた。
暫く返答を待っていると真鈴が『すぐに来るそうです』と伝えてきた。
天野と通話を繋いだまま待っていると、今度は一機のデルガルが近付いて来た。その手の上にはラナともう一人別の男が、ラナの上官であるリューズが乗っている。
「我々に何か話があるみたいだな」
デルガルの手から降りたリューズが開口一番にそう問い掛けてきた。神住と美玲は頷くと、
「トラムプル・ライノが出現していることは知っていますか?」と訊ね返した。
突然の問いに思わずに顔を見合わせたラナとリューズ。二人とデルガルのライダーを合わせた三名のなかでこの場の主導権を握っているのは確実に彼だ。
少しだけ考える素振りを見せるとリューズは頷きながら、
「ああ。そういう情報は得ている」と答えていた。
「では、現在の戦況についても?」
続けて聞いてくる神住にリューズはまたしても少し考えて「多少は」と明確な回答を避けながら答えていた。
『変われ御影。私が話した方が早そうだ』
「ああ。頼んだ」
『先程ぶりです、リューズ少佐。東条天野です』
神住に代わり通話越しに天野が声を発した。
すぐに神住は携帯端末の画面をリューズたちに向ける。
『緊急事態です。手早く情報の共有をしましょう』
「いいでしょう」
『私達が掴んでいる情報ではトラムプル・ライノが対峙していた討伐部隊を壊滅しました』
「何だと!?」
『そして、交戦の結果、トラムプル・ライノの進路に変化は見られませんでした』
そう前置きをして天野は先程神住たちにした話を語り始めた。
暫く黙って聞いているリューズだったが、天野の説明が終盤に差し掛かった頃に耳に付けている小型の通信機を通して部下に確認するように命じていた。
回答がもたらされたのはそれから直ぐのこと。天野の話が真実であるということと部隊の再編に手間取っているという情報が真っ先に飛び込んできた。加えてその戦闘を指揮していたのがアルカナ軍の副長官だったという事実。
彼は多くの人員と部隊に被害をもたらしたとして責任を取らされるだろう。これにより光学迷彩技術の使用による戦争の危険は避けられるのは確実だ。しかしそれを喜んでなどいられない。せっかく戦争を回避できたとしてもトラムプル・ライノによってアルカナが破壊されては元も子もない。
リューズたちに知らされていなかったのは別の任務を担っていたからというだけが理由ではないだろう。戦争を避けるために副長官の立場を危ぶませる証拠を掻き集めていたことに気付いたからこそ敢えてリューズたちを討伐部隊から省いたのだ。
仮に何か証拠が掴まれたとしてもトラムプル・ライノ討伐の指揮という功績があれば揉み消せると考えたのかも知れない。しかしその目論見は大きく外れ、アルカナ軍に多大な被害と自分に大きな責任が降りかかる結果になってしまった。
『皆さんに戦闘参加の命令は出ているのですか?』
通話越しに天野が問い掛ける。
「いいえ。私の所には何も……」
『では、皆さんはどうなさるつもりですか?』
歯切れ悪く答えるリューズに天野が詰め寄る。
「命令が無い限り、私達が勝手に動くことはできません」
命令無視ではなく独断専行になってしまうことを懸念するリューズにラナは目を伏せていた。ラナが勝手なことを言うわけにはいかない。それが軍という縦社会の規律だから。
「ギルドはどのくらいの戦力を用意できるのですか」
『確実にトラムプル・ライノを倒せるとは言い切れません。とはいえこのまま手を拱いていてはアルカナが破壊されてしまうだけですからね。どうにか時間を稼げるだけの戦力は投入するつもりです』
「そう…ですか」
重々しい口調で答えたリューズは何か思案している。
暫く沈黙が続くと唐突にリューズが部下に告げた。
「残存する各部隊に通達。我々アルカナ軍はこれよりトラムプル・ライノの討伐を行います。指揮は私、リューズ・不破少佐が行います。同時にこの戦闘で発生する全ての責任は私が取ると伝えてください」
突然の宣言に驚く神住たち。
通達を受けてリューズと親交のある人たちは総じて討伐に参加する意を示してきた。彼等の多くは副長官によって意図的に討伐から外されていたメンバーだ。奇しくも彼等はジーンの操縦に長けており、選ばれて参加していた先のライダーたちにも見劣りしない。
続々と集まっていく戦力の報告を受けながらもラナはどこか心配そうな顔をしていた。それもそのはず、リューズはラナの上官とはいえ軍を独断で動かせるほどの権力は持っていない。明らかな越権行為だと言われれば返す言葉もない。それを承知で命令を出したリューズは確実に生き残ったとしてもアルカナ軍には居られなくなるだろう。
そんな心配をしているのはラナだけではない。リューズを慕う多くの部下たちが同様の心配をしているのだった。
「不破少佐」
「わかっている。だが、アルカナが無くなればそんな心配も出来なくなってしまう」
「……はい」
渋々頷くラナにアルカナ軍のみに聞こえる通信が入る。
『聞こえているかい、不破少佐』
「はっ」
『責任を取るのは長官である私の役目だよ。今後この作戦における現場の指揮は各部隊の部隊長に任せる。全体の指揮を不破少佐、君が行うように』
「長官。宜しいのですか?」
『構わないとも。君が言うようにアルカナが無くなっては本末転倒だからね。ただし、生きて返って来てくるように。死して救おうなどとは考えてはいけないよ。生きているからこそ救える命があるのだと心に刻み戦いなさい』
通信が切れる。
この時の会話はアルカナ軍全体に届けられていた。一度戦闘に敗北を喫した副長官はそれを耳にしてわなわなと振えていたという。誰も副長官を責めなかったのはトラムプル・ライノが全滅してもやむを得ないと思える相手だったことを考慮しているからこそ、だがこの時の副長官には自分は責めるまでもないと軽んじられているように感じられたのだという。
全体の指揮という立場から外された副長官は誰も居ないアルカナ軍本部の自室で荒れに荒れた。山よりも高い自身のプライドが傷付けられたことだけが彼の頭の中でループし続ける。自分の指揮によって命を散らせていった同胞達のことなど微塵も思い起こされないまま。
誰も知らないところで副長官が荒れているのを余所に、長官とリューズの元に集まって来た人たちの協力を得て着々と部隊は再編成されていく。
「こちらの問題は解決しました」
「みたいだな」
部隊の再編の目処が立ったことを確認したリューズは通信を切ってから告げた。
神住たちには音声は聞こえてこなかったものの彼等の様子から大体のことを察して笑いながら答えていた。
「ギルドと足並みを揃えられるならそれが一番なのですが」
『そうですね。それが良いでしょう。こちらの現在の状況も出来うる限りお伝えします』
「とはいえ、残された時間はあまりにも少ない。出来るのならば今日の夜にでも移動を開始したいのですが」
『準備は間に合うのですか?』
「間に合わせます」
複数の部隊規模で行う大規模な戦闘は普段のオートマタ戦のように各員バラバラに挑むのとはわけが違う。対象を、今回の場合はトラムプル・ライノを囲むように陣を組み、それぞれが確実にトラムプル・ライノに有効な攻撃を行う必要があるのだ。
そういう意味ではトライブは足を引っ張りかねない。ギルドの戦力として換算されているとはいえ、トライブはどこまでいっても個人の集まりに過ぎないのだから。
『そういうことでしたら、こちらの指揮も貴方に預けます』
「良いのですか?」
『ええ。じゃじゃ馬ばかりですが、上手く使ってください』
「感謝します」
通話越しに天野とリューズの打ち合わせが終わったらしい。
聞こえていた限りでは大雑把にしか思えないそれも、思想からして異なる戦力を纏めようとするには予め型を決めてしまわないほうがいいのだろう。
「聞こえてましたよね?」
「ああ」
「でしたら皆さんも我々の艦に付いて来てください」
「わかりました」
快諾した美玲が答えるとリューズは足早にジャックシップへと戻っていった。
『一つ良いか?』
「何だ?」
リューズの姿が完全に見えなくなった頃、まるでこちらの様子を把握しているかのように天野が話しかけてきた。
『私の読みでは現在の戦力だけではトラムプル・ライノを倒すことは出来ない。彼の声掛けで多くのアルカナ軍の人員が集まったとしても、それは先程の戦力と同程度にしかならないだろう』
「ギルドから増員するわけにはいかないのか?」
『流石に超級のオートマタとの戦闘経験があるライダーはいない。無駄に数だけを増やしても被害が増えるだけだろう』
“超級”というギルドがトラムプル・ライノに与えた称号はそれだけ強大な相手である証。ライダーをしていて一生のうちに一度対峙することがあるかどうかという相手だ。流石に星全体を見れば頻繁に超級の存在が確認されている。が、アルカナ単位で見ればそれはやはり限りなく稀な存在であると言わざるを得ない。
幸運か不運かで言えば、平穏に日々を送りたい人にとっては確実に不運。しかし、常に何かしらの刺激を求めている人にとっては不謹慎ながらも幸運といえる。
「だったら、どうするのさ?」
『御影。お前が倒すんだ』
「はあ?」
『無論、最初から最後まで御影一人で倒せなんてことを言うつもりはない。だが、アルカナ軍の戦力ではトラムプル・ライノは倒せないのは先の戦闘で立証済みだ。私はトラムプル・ライノを倒しきれる人がいるとしたら御影だけだと考えている』
「なんだそれ。オッサンの予想かよ」
『予想ではないさ』
「だったら何だ」
『確信だ』
作者からのとても大切なお願いです。
ほんの少しでも続きが読みたいと思ってくださったのならば、この下にあるポイント評価欄を【☆☆☆☆☆】→【★★★★★】にして『ポイント評価』をお願いします。
この10ポイントが本当に大きい。
大切です。
製作のモチベーションになります。
なにより作者が喜びます。
繰り返しになりますが、ポイント評価を宜しくお願いします。