表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/25

蒼空のシリウス 二話

最終話まで平日の夜9時に毎日更新します。

(注)カクヨムでも掲載されています。


 【トライブ】というのはアルカナ軍以外の小規模、大規模問わずジーンを運用している集団を指した言葉である。

 アルカナ軍の駐屯地基地にいながら戦場を監視、あるいは戦況を分析していたアルカナ軍のオペレーターの一言を合図に戦場にいる多くのジーンは自分の仕事が終わったというように対峙している目の前のオートマタを討伐してからアルカナへと帰還していった。

 現在、戦場に残っているジーンの大半は待機命令が出されているアルカナ軍の機体だけとなっていた。

 ちなみにこの時に追撃を仕掛けるジーンが少ないのは熟練のライダーになればなるほど追撃戦は効率が悪いと理解しているからだ。だというのに追撃を行うのは今回の戦闘で得られる報酬に満足していないか、個人的にオートマタに怨みを抱いているかのどちらか。


 引きずってきたジーンをその辺に適当に置いたことで余計な荷物が無くなって身軽になったシリウスはアルカナの外壁の外側と内側の狭間にある通称【待機港区画】へと向かう。

 そこには全長百メートルを優に超える戦艦が規則正しく並んでいた。最も多く見られるのは三百メートル級の中型艦であり、百メートル級の小型艦がそれに続く。数は少ないが五百メートルを超える大型艦も待機港区画にあった。これら戦艦は各トライブが所有しているジーンの母艦でもあり、整備工場も兼ね、トライブのメンバーが暮らす生活拠点でもあった。


 シリウスが向かったのは中型艦が多く並んている場所。そこにある二百メートル級の中型艦にしてはやや小型の戦艦である【ニケー】が神住の、延いてはシリウスの母艦である。

 艦体の前方が大きく、後部は魚の胴体のようにスマートな形状をしているニケーはジーンの最大積載量こそ他の中型艦に比べて少ないものの、高速移動艦に区分される戦艦の中でもかなりの速度を出せる戦艦である。搭載している武装もそれなりに充実しており、ニケーだけでも各アルカナ間を往復できるだけスペックを持つというのがこれが開発された当初の謳い文句であったほど。

 なのにニケーと同型艦が普及しなかったのはリリースされてすぐ後にやはり搭載するジーンの数が戦力に直結する、多い方が良いという風潮が広まってしまったからだ。

 シリウスがニケーに接近すると、それを感知したニケーの前方下腹部にあるハッチが開いた。

 ハッチ内部から発せられる誘導ビーコンに従ってシリウスはニケーの中へと収容されていった。


「神住さん。おつかれさまでした」


 再びコクピットの360モニターに真鈴の顔が映し出される。

 ショートボブに切り揃えられた灰色の髪。猫のように大きな目。どこかの軍服のような服を着た彼女は若干十三歳でありながらもニケーとシリウスのオペレーターを任されている才女だ。

 真鈴の持つ電子戦技術は専門家も舌を巻くほど。それを誰に教わるでもなく自己流で身に付けていったというのだから、正真正銘の天才なのだろう。


「回収したオートマタは全て査定申請に出しておきましたよ」

「ありがとう。いつもながら仕事が早い」

「いえいえ。これがわたしの仕事ですから」

「つーか、お前ら、話は後にしろ。坊主もいつまでもぼーっとそこに突っ立ってんじゃねえよ」


 神住と真鈴の会話に割り込むように無精髭が目立つ男の顔が映し出された。

 男の名はオレグ・ベルナル。このニケーにいる唯一の専任メカニックだ。


「了解。オレグさん、そっちの準備は出来てるってことだよな」

「おいおい、誰にものを言ってやがるんだ。坊主が戻ってくる頃にはこっちも準備万端になっているに決まってるだろうが」

「さっすが。オレグさんも仕事が早いね。頼もしい限りだ」

「世辞はいらん。さっさとシリウスをハンガーに固定しろ」

「はいはい」


 険しい顔をしながらどこか照れた様子のオレグが自分の頭をわしゃわしゃと掻く姿が映し出された。

 長年日焼けしたような浅黒い肌に短く切られた白髪交じりの頭。どれだけ洗っても取れない油汚れが染み付いた着古したツナギを着た現在六十二歳の彼はまさに熟年の整備工といった風貌を醸し出している。


「シリウス、整備ハンガーに固定完了です」と真鈴が適宜報告をする。

「よっしゃ、オッケーだ。それよりもよ、坊主、実はちょっとした相談があるんだけどよ」

「何だ?」

「整備の人員を増やしてくれないか? 俺一人でニケーもシリウスも整備するのはちょいとばかし大変なんだがよ」

「あれ? オレグさんが選んだ人ならいいって随分前から言ってなかったっけ」

「あ、いや、そうなんだがよ。めぼしい人のスカウトを頼みたいって言ってるんだよ。前に来たような奴らじゃなくてよ」

「そうは言ってもいつも面接に来た人を駄目だって言って突っ返しているのはオレグさんのほうじゃないですか」


 困ったように真鈴が言った。


「いやいや、中途半端な腕で何でも出来ますよって顔してんのが悪いだろ」

「あれでも一般的には腕が良いと言われている人達だったんですよ」

「んなこと知るかよ。俺の目で見て駄目だと思ったからには駄目なんだよ。そもそも普通程度の腕の奴がまともに使えるかってんだ。その辺は坊主も分かってるんだろ」

「それは、まあ」

「ほら見ろ。だから少なくとも坊主の目から見て使えそうな奴を探してくれってんだよ」

「あー、わかった、わかった。とりあえず覚えておくよ」

「頼んだぜ」


 一見オレグが要求する基準が高いように思えるが、それはオレグがこのニケーやシリウスのことに人一倍の責任を持っているからこそのこだわりであることを神住と真鈴は知っている。敢えて伝えてはいないが、その基準を満たすことが容易ではないことも同時に理解していて、それがニケーの慢性的な整備員不足を招いている理由であることは今や公然の秘密だった。

 整備ハンガーに固定されたシリウスから武装が外されていく。

 最初は左腕のシールドと右手のライフル。その後に続き背部のシールド・ウイングに備わる四本の剣と背部にマウントされている直剣が。それら全ての武装が機体から取り外されて整備ハンガーから伸びる専用のアームに固定された。


「おう、坊主。もういいぞ。降りてこい」


 シリウスの胸部ハッチが開く。中から出てきた神住は青を基調としたライダースーツに身を包んでいる。

 コクピットの前で停止した可動式の通路を歩きながら神住はヘルメットを外して深く息を吸い込んでから、ゆっくりと吐き出した。


「使ったのはライフルとシールドだけだったみたいだな」

「武器を持ち替える必要が無かったからさ」

「そりゃあ頼もしいこって」

「オレグさんが作ったライフルが良い物だからこそさ」

「言ってくれるじゃねえか。まあ一応使っていない方の剣も整備しておいてやるよ」

「ああ。頼んだ」


 オレグに機体を任せて神住はニケーのメインブリッジへと向かう。

 ニケーという戦艦において整備ハンガーがある格納庫が占める割合は全体の三分の一程度でしかない。残る三分の二のうち半分はニケー自体が持つ武装とその弾薬類の保管庫であり生活物資の保管庫。そして残る三分の一が乗員が普段生活している生活区域となっている。

 艦の操縦や活動中に乗員が座っているそれぞれの席があるメインブリッジはそれらには含まれず、また同時に全体の施設からして見れば一割にも満たない程度の大きさでしかない。

 格納庫から続く直通のエレベーターに乗り、数分も掛けず神住が辿り着いたメインブリッジでは専用の椅子に着いている三人の乗員がいた。

 一人は先程まで通信で神住と話していた怜苑真鈴。

 一人はメインブリッジの中心に近い椅子に座っている女性。真鈴と同様のデザインをしたパンツスタイルの服を着ている彼女は癖の強い灰色の髪を後ろ側で一纏めにしていて、顔の作りや纏う雰囲気はどこか真鈴と似た印象がある。それもそのはず、この女性、怜苑美玲(れおんみれい)はその名の通り怜苑真鈴の母であり、ニケーの艦長を任されている人物だ。

 そしてもう一人。メインブリッジ前面にあるフルスクリーンの巨大メインモニターの前にある操縦桿の付いた椅子に座っている三十代半ばの男性、美玲や真鈴と同じ意匠の服を着崩して着ている彼の名は片桐陸(かたぎりりく)。ニケーの操舵手を務める彼はニケーの乗員としては最古参となる人物の一人である。


「お疲れ様。御影君」

「美玲さんもお疲れさま。ついでに陸も」

「ついでかよ」

「ついてだよ。ニケーを動かしていないんだから陸が疲れるようなことは何もなかっただろう」

「ばっか、俺だってな、いつ発進してもいいように気を張ってここで待機してたんだって、おいっ、無視すんなっ」


 立ち上がって熱弁する陸を無視して椅子を回して振り返った美玲に挨拶をした神住は空いている手近な椅子に腰掛けた。

 実はニケーにおいて人員不足なのは整備員だけではない。全ての場所で人員が足りていないのだ。

 神住が基礎を組んで真鈴が仕上げたニケーを動かすための補助プログラムがあってこそ問題が無い現状だが、本来ならば戦艦を動かす時にはこの何倍もの人員が必要になる。その証拠にメインブリッジに設置された椅子はいくつも空席のままとなっている。

 座った神住に美玲が話しかけてくる。


「今日はいつもにまして倒してたみたいね」

「まあ、成り行きでね」

「でも、それだけ今回はオートマタの数が多かったってことよね?」

「だと思うよ。こっちの戦力は普段と同程度だったんだろ」

「そうなのよね。報知された戦局図を見てもいつもとそう変わったようには見えなかったし」

「アルカナ軍の奴らが慌ててなかったってことはさ、オートマタの数が多かったにしてもよ、それは予想の範囲内だったってことだろ。つまり何か特別なことが起きたわけじゃないってことだな」


 心配ないと大口を開けて笑う陸。

 報告も兼ねた他愛もない話をしている三人にいつも通りの作業を終えた真鈴が加わった。


「査定が終わったみたいですよ」

「どうだった?」


 前のめりになって陸が聞き返した。


「神住さんが討伐して転送してきたオートマタの数が28体。状態云々を考慮した上で提示された金額は百九十万クレジットです」

「妥当なところね。それで受けると返事してちょうだい」

「はい。わかりました」


 程なくして今回のオートマタ迎撃戦が無事に終了したことを告げるサイレンが鳴り響いた。これにより戦場で待機していたアルカナ軍はそれぞれの駐屯地基地へと戻り、各トライブの面々も自由に出歩くことが許されるようになった。


「そういや、これから神住は何か予定はあるのか?」

「ん? どうしたのさ」

「いや、どうせなら美味いもんでも食いに行かないかって思ってさ」


 陸が神住にそう提案するのは珍しくはない。戦闘が終わったときはいつもこうして勝利を祝う目的で普段とは違う物を食べに行ったりすることがあった。


「確か、何もなかったような気がするけど」


 平然と答える神住。すると慌てた様子で真鈴が言った。


「ちょっと待って下さい。神住さんはギルドに呼び出されてましたよね」

「そうだっけか?」

「間違いないと思いますよ。……ほら」


 真鈴が手元のモニターに乗員全員のスケジュールが載ったカレンダーを表示して神住に見せてきた。そこにある神住の項目には確かに今日の日付と時間が『ギルドに行く』という注意書きと共に記されていた。


「あー、十四時に天野とギルドで会うことになってるな。うーん、これってさ、無視するわけにはいかないよな。やっぱり」

「当たり前です。神住さんはわたしたちニケーの代表なんですよ!」

「艦長は美玲さんなんだけどね」

「あら? 艦長と代表は別物よ。それに、私たちをニケーに誘ったのは他ならぬ御影君自身じゃない。御影君がシリウスに乗り込んで戦うから艦長は引き受けたけれど、ニケーの代表まで引き付けたつもりはないわよ」

「わかってるよ。それじゃあ、陸は………ダメかっ!?」

「おいっ!!!!!!!!」

「オレグさんも断るだろうし、だとすれば――」

「いやですよ」

「だよね」


 きっぱりと真鈴に断られたこのやりとりも最早何度目になるか。神住がギルドに呼び出されたり、面倒な申請書類が出てきたりする度にする“お約束”のやりとりだった。


「それじゃあ、さっさと行ってしまいますか」

「ちょっと待ってください」

「何?」


 観念したように立ち上がった神住を真鈴が呼び止めた。


「まさか、その格好で行くつもりじゃないですよね?」

「駄目か?」

「だめです!」

「そうねえ、ライダースーツのまま外を出歩くなとは言わないけれど。戦闘から帰ってきてそのままってのはちょっとねえ」

「別に汗臭くはないと思うけど」

「そういう問題じゃありません! っていうか艦長もライダースーツで出歩くのを止めてくださいよ。それに、そもそも清潔にしておくことは人と会うときの最低限のマナーです。わたしはわたしたちの代表がそんなマナーがない人と思われたくはありません!」

「お、おう。でもさ、約束の時間まであと一時間くらいしかないんだぞ。遅れるよりはこのまま行った方が――」

「でしたら、三十分で支度してきてください」

「や、流石に慌ただしいし――」

「何ですか?」

「わかりました」


 有無を言わさない真鈴の迫力に負けて神住はただ頷くしかなかった。

 とぼとぼと歩いてメインブリッジを出て行く神住の背中を見送って、真鈴は事前に用意していたリストを見せつつ美玲に話しかけた。


「あの、ついでにわたしも買い物に行ってきても構いませんか?」

「えっと、物資の補給だったわね。もちろんいいわよ。でも、こっちに配達してもらうようにして注文するだけでもいいのに?」

「いえ、じぶんの目で見て買いたいので」

「あら、そう。なんだったらついでに街を散策して来てもいいのよ」

「いえ、すぐに帰ってくるつもりです。別に何か欲しいものがあるわけでもないですし、一人で見て回ってもつまらないですから」

「それなら御影君を誘えばいいじゃない」

「えっ?!」


 何てこともないように言ってのける美玲に真鈴は思わず顔を赤くする。


「御影君のあの感じだとギルドに行ってもちゃんとしているか不安なのよね」

「確かにな。基本的にアイツは自分の興味あること以外は無頓着だからなあ」

「そうなのよね。だから真鈴が御影君に付いて行ってくれると安心なんだけど」

「いえ、でも……」

「アイツ、前も勝手に変な仕事を引き受けてきたことがあったなー」

「そうだったわね」


 わざとらしく言葉を投げかける陸と困ったというように頬に手を当てて微笑んでいる美玲。

 どんなに賢くても真鈴はまだ子供。大人二人の口車に乗せられて、いつの間にか真鈴は「わかりました」と言って、神住と共にギルドに行くことを引き受けてしまっていた。

 そんな自分の娘の様子を見つつ、美玲は少しばかり過去を思い出していた。


作者からのとても大切なお願いです。

ほんの少しでも続きが読みたいと思ってくださったのならば、この下にあるポイント評価欄を【☆☆☆☆☆】→【★★★★★】にして『ポイント評価』をお願いします。

この10ポイントが本当に大きい。

大切です。

製作のモチベーションになります。

なにより作者が喜びます。

繰り返しになりますが、ポイント評価を宜しくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ