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蒼空のシリウス 十九話

最終話まで平日の夜9時に毎日更新します。

(注)カクヨムでも掲載されています。


 長い廊下と階段を無言で歩くラナとステファン。

 外から入る時とは違い内側から出て行こうとする時は扉はひとりでに開かれる。

 明るい研究所の中とは異なる薄暗い階段を抜けて建物の外に出るとそこはまだ太陽が沈む前で、眩しくも温かいオレンジ色の光が降り注いでいた。


「あなたを上官に引き渡す前に聞いてもいいですか?」


 慎重に言葉を選びながらラナが問い掛ける。


「何かしら?」

「どうして私の弟を巻き込んだのですか?」

「そうね。偶然と言ったら信じるかしら」


 淀みなく答えたステファンにラナが即座に怒りを含んだ視線を向けた。


「偶然、貴女の弟さんがあたしが募集していたホープのライダーに応募してきた。ホープを動かせるのならば誰でも構わなかったあたしは偶然にも彼を雇うことを決めた。それだけよ」

「ジーンで戦闘をするとなれば断られることもあったはずです」

「その点は心配無用よ。予めシミュレーションだと、訓練なのだと言ってあるもの。彼等はそれを信じたのね」

「でも! 普通はアルカナ軍の駐屯地を襲えば捕まると分かるでしょう!」

「分からなかったのはあたしじゃないわ。彼らよ。彼らはみんな、目先の利益しか見ていないの。そしてその真偽を確かめることもしない。ただ言われたことをそのまま何も考えもせず、何の疑いも持つことなく実行するだけ」

「だとしてもやらせる方が悪い!」

「いいえ。何も考えずにやった方“も”悪いのよ」


 笑みを浮かべて断言するステファン。そんな彼女の様子にラナはステファンが自身の既知の外側にある理論で動いていることを悟った。

 自己の責任を認めていないわけではないだろう。

 巻き込んだという自覚もあるのだろう。

 けれど、それだけだ。

 (おこな)った人も、(おこな)わせた人も、同じだけ悪い。そこに何も違いはない。


「あなたに自分は何も責任がないだなんて言わせません」

「あら? あたしそんなこと言ったかしら?」

「……っ!?」

「心配しなくてもあたしも悪いのよ」

「違う! あなた“が”悪いんだ!!」


 激昂してステファンの襟首を掴むラナ。

 一瞬戸惑う素振りを見せたもののステファンが浮かべている笑みに変化はない。「あなたがいなければ……」そう繰り返し呟いていたラナは力が抜けたように掴んでいた服を手を放した。

 ステファンは乱れた襟を直すこともしないでただ変わらない笑みを浮かべて立っていた。


「どうして、私に素直に捕まったのですか?」

「あの状況から逃げ出すことなんておばあちゃんには無理よ。それに、そもそもあたしは逃げようだなんて考えてなかったもの」

「何故?」

「だってそうでしょう。あたしが作り出せたホープは今のが最後。これ以上は作り出せないわ。それに、分かっていたのよ。当時彼を追い詰めた人も、あたしたちを切り捨てた人も、もうどこにもいないってことはね」


 すっとステファンが空を見上げた。

 年齢の割に背筋が伸びていて、かつ身長の高い彼女の顔は横に並んでいるラナよりも十センチほど上にある。そんなステファンが上を見ればその表情はラナには見えなくなってしまう。


「あたしの思いは全部ホープに込めた。あたしが指定した目的に沿って動くとはいえ、動かしているのは本当に名前も知らないライダーよ。百パーセントその通りにするとは思っていなかったわ。だからこそあたしはこう思うことにした。あたしの意に反して動いたとしても、それがホープの意思なんだって」

「ジーンに意思なんてあるはずがない」

「本当にないと思う? そうね、機械に意思なんてあるわけがないのかも知れない。けどね、あたしにはそう思えなかったの。ホープはあたしと彼の意思を継いで、あたしや彼が出来なかったことをしてくれているんだって思えたの」

「違う!」


 叫び否定するラナを驚いたような顔で見るステファン。


「あなたは間違っている。あなたは全部を他人に任せているだけです。自分では動かせないからといって実際に襲撃することですら他人に任せて。自分がしたことだというのに、それすらも機械のせいにして! ただ責任逃れしているだけです。口では責任を負っているなんて言っても、実際は何も責任を取ってなんかいない!」


 ステファンに面と向かって言い放つラナ。

 程なくして離れた場所から一台の車が近付いてくるのが見えた。ラナが階段を上っている途中に呼んだ今回の事件を捜査している仲間が運転するアルカナ軍の車だ。


「あなたは、何も分かっていない」


 絞り出すような声で告げるラナにステファンは無言で項垂れた。


「何も分かっていない……か」


 おもむろにステファンが呟く。

 手錠に繋がれた自分の手を見て初めて笑みを崩した。


「そうね。彼が言っていたようにあたしが間違っていたのね」


 隣に立つラナですらも聞き取れないほど小さな声を発した後、ステファンは一筋の涙を流した。

 後悔か、それとも。

 彼女の涙の意味は誰にも分からない。

 ただ、留まることを知らない大粒の涙が乾いた地面にいくつもの跡を作り出していた。

 自分たちの前に停車した車からアルカナ軍の軍服を着た男たちがダダダっと立て続けに降りてきた。襲撃事件の犯人を警戒してかその手には拳銃が握られている。


「良くやった。ラナ・アービング少尉」

「はっ。不破少佐が自ら来られるとは」

「彼女が今回の襲撃を起こした首謀者か」

「その通りです」


 男たちの中から一歩前に出た男にラナが敬礼で答える。

 男の名はリューズ・不破(ふわ)。階級は少佐。ラナの直属の上官であり、今回の事件の真相を突き止めようとしている人たちの現場のリーダー的存在である。

 着崩すことなくアルカナ軍の軍服を身に纏い、清潔感を失わないように髭も伸ばさず、暗い金色の髪も短く切り揃えている。軍服の上からでも見て取れる筋骨隆々な肉体は日々のトレーニングの賜物で、比較的背の高い他のアルカナ軍の兵士よりも高い身長に整った顔。正義感に溢れ、戦場でも怯むことなく戦う勇敢な姿から部下や同僚からの信頼が厚い人物であるが、その正義感故に一部の軍の上層部からは煙たがれているとの噂がある。


「元技術開発部隊所属の技術士官、ステファン・トルートで間違い無いですね」

「ええ。そうよ」

「貴方には黙秘権があり、弁護士を呼ぶ権利も――」

「そんな説明は必要ないわ。これでもあたし元軍人だもの」

「これから貴方は本部で事情聴取を受けてもらいます。ですがその前に、貴方にはこちらの要望を飲んで頂きたい」

「なにかしら?」

「貴方が作ったとされる光学迷彩技術。それを秘匿してもらいたいのです」


 事情を知る部下だけを連れてきたのだろう。リューズの言葉に戸惑う素振りを見せた人は誰一人としていなかった。


「あれは戦争の種になります。このアルカナは誰一人として戦争を望んでいない。そうでしょう」

「そうね。わかったわ」

「…理解が早くて助かります」


 多少説得に手こずると思っていたのかすんなりと受け入れたステファンにリューズは一瞬虚を突かれたような顔をしていた。


「あの、不破少佐」

「どうした?」

「フェイカーが現われて現在交戦中という情報は入っていないのでしょうか?」


 敢えてホープと呼ばずにフェイカーと呼んで訊ねるラナ。その言葉を疑うようにざわつくアルカナ軍の面々だったがリューズが一つ咳払いをするだけですぐに静かになった。


「アービング少尉、それは何処からの情報だ?」

「襲撃を受けているトライブ、ニケーの人から直接聞いた話です」

「ほう」


 振り返ってリューズが部下の一人に視線を送る。すると部下の一人は大きく首を横に振って答えた。


「こちらに通報は入っていない。が、それは事実なのか?」

「はっ、間違い無いかと」


 ちらりとステファンを見たラナにリューズは考える素振りで答える。


「ステファン・トルート。何か知っていることがあれば話してください。話せば我々に協力したとして少しは減刑にも繋がりますよ」

減刑(そんなこと)は必要ないわ。でも、彼女が言っていることは本当よ。ホープは今、交戦中のはずよ」

「ホープとは?」


 聞き慣れない単語に思わず聞き返すと即座にラナが「フェイカーの正式名称です」と告げた。


「情報が止められているというのか。すぐに本部のデータベースを調べろ。現在戦闘中のエリアはあるか?」


 小さく呟いてからリューズは部下に指示を送る。


「現在戦闘が確認されているのは四箇所。ですが、そのどれもがオートマタとの戦闘として報告を受けています」


 手早く調べたアルカナ軍の兵士が答える。


「ならば、戦闘が起きたという通報がありながら既に抹消されている履歴があるかを調べろ」

「はっ」


 数名の兵士が持つ端末を操作して該当する情報を精査していく。

 するとものの数分で答えが出た。一つだけ、僅か五分ほど前に待機港区画で戦闘が起こっているという通報がありながらろくに対応されることなく、通報があったという事実そのものが抹消されている痕跡があったのだ。


「これか」


 確認するようにリューズが手の中の端末の画面をラナに見せる。


「間違いはないかと、私が知る情報と合致しています」

「ここからそのジーンを止めることはできますか?」


 部下の一人に拘束の為に手錠にワイヤーを通されているステファンにリューズが訊ねる。


「無理ね。こちらからの連絡手段はないわ」

「そうですか。――ならば、迎撃に出るぞ」


 瞬時に部下に指示を出すリューズ。


「ちょっと待って下さい。ホープがフェイカーと同種ということはアルカナ軍のデルガルでは一方的にやられる可能性があります」

「では、何も手を出さずに見ていろと言いたいのか」

「現在、ホープが襲撃を加えているのはアルカナ軍の駐屯地ではなくニケーです。彼らは先の襲撃でフェイカーを撃破した実績があります。この場は彼等に任せてみてはいかがですか?」


 ラナの提案にアルカナ軍の兵士の間に動揺が走る。

 リューズはそれを収めることなくラナに説明を続けさせた。


「私達は彼等(ニケー)にはできないことをするべきです」

「というと?」

「実は――」


 ラナは地下の研究所でギルドと元技術開発部隊の人たちが作り上げた物とギルドの計画について説明した。

 話を聞いていたアルカナ軍の面々は最初こそ信じられないと一蹴していたが、より詳細な計画の内容を耳にする度に考えを改めたのか一考の価値があるというような風潮に変わっていった。


「つまりアービング少尉は彼女を本部に連れて行くのは我々が全ての準備を整えた後にするべきだというのだね」

「はい。事前に必要な準備の大半は終わっているも同然です。後は私達が…」

「それを受け入れるかどうかということか」


 僅か数秒考えてからリューズは「いいだろう」と言って決意する。


「確かにそれは我々でなければ出来ないことだ」

「話し合いは終わりましたか?」


 突然自分たちの後方から声を掛けられて一斉にアルカナ軍の兵士が銃口を向けた。


「東条さん? どうしてここに?」

「知り合いか?」

「はい。ギルドの役員の一人で、今回の計画の発案者の一人でもあります」

「待て、銃を下ろせ!」


 リューズに一喝され兵士が戸惑いながらも銃口を下げていた。


「申し訳ない。が、この状況で突然現われた貴方にも原因がある。ということで問題にしないてもらえると助かるのだがね」

「わかっています。それにこれからは皆さんに任せる必要がありますからね」

「なるほど。ところで貴方は?」

「ああ、言っていませんでしたね。私はギルド第三管理部部長、東条天野です。そして彼等が――」

「彼らの顔は把握しています。元技術開発部隊の人達ですね」

「迷彩技術に関する詳細と私達の計画については彼等から聞いた方が分かりやすいでしょう。そして(ギルド)からはこれを」


 天野が用意されていた小さなメモリを投げ渡した。


「そこにはギルドが手に入れた今回の光学迷彩技術に関してとある方々が裏でとある企業と目論んでいた計画の情報が入っています。ちなみにコピーはとっていませんからご安心を」

「出所については聞かないでおきましょう」

「懸命です」

「詳細は省かせて貰いますが、光学迷彩技術に関して戦争の種にはしないと約束しましょう」

「信じます」


 そう告げて天野は一人この場から去って行った。

 残っているのはアルカナ軍と元技術開発部隊の人たち、そしてクラエスたちが呼んだ若者三人だけとなった。


「とりあえず全員の身柄は我々が拘束します。が、それは皆さんの身の安全を確保するためと考えて頂きたい。よろしいですね」


 リューズが全員に行き渡るように声を張り伝えると誰一人として首を横に振る人はいなかった。

 三人の若者とアルカナ軍の兵士の一部を地上に残して研究所へと向かう。

 研究所の中にある光学迷彩を打ち破るための装置である“塔”。

 アルカナ軍の企みを打破するための決して“成功しない完成した設計図”。

 天野によってもたらされた情報と事前に自分たちが掴んでいた“情報”。

 それぞれが異なる陣営だからこそ手に入れることのできた、事件を解決に導くためのピースが揃ったのだ。

 この時のリューズはそれを知る立場にいなかった為か気付くことができなかった。

 自分たちが向かっている研究所とは異なる方角の景色の一部が普段と違っていることに。

 本来は無いはずの山の影がそこにあることに。


作者からのとても大切なお願いです。

ほんの少しでも続きが読みたいと思ってくださったのならば、この下にあるポイント評価欄を【☆☆☆☆☆】→【★★★★★】にして『ポイント評価』をお願いします。

この10ポイントが本当に大きい。

大切です。

製作のモチベーションになります。

なにより作者が喜びます。

繰り返しになりますが、ポイント評価を宜しくお願いします。

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